沈黙の鏡
森の奥で、鏡を見つけた。
苔に沈むように置かれ、ひとすじの光だけを抱いていた。
覗けば、姿は映らない。
代わりに、心の色がゆっくりと滲む。
それは、誰のものとも知れぬ深い揺らぎだった。
少年は友達とともに鏡を街へ持ち帰り、
古びた店の片隅に小さな木箱を並べた。
“心の相談屋”。
声を潜めて来る人々は、光を信じていた。
けれど、少年は知っていた。
鏡に映るのは、他人の心だけではない。
覗くたび、ひそやかに、自分まで透かされてゆく。
ある夕方、母親が四人の子を連れて現れた。
疲れを隠せぬ眼。握られたままの財布。
「家のお金が消えたの。鏡で、誰がやったのか見せて」
子どもたちは順に鏡の前に立った。
長男は藍、次女は透きとおる青。
三女にはほの白い光があった。
末っ子の前で、鏡の奥が微かに濁った。
小さな黒が、藍の底に落ちる。
母親が息を呑む。兄たちが顔を上げる。
「やっぱり、お前だ」
「ちがう」
言葉の衝突が、部屋の空気を冷たくした。
少年は何かを言いかけたが、声にならなかった。
末っ子が泣き、やがて掠れた声で「ごめんなさい」と言った。
母の肩が静かに沈む。
鏡の光が、一度だけ瞬いた。
夜。
友達が小さくつぶやいた。
「あのとき、兄さんたちの光も、少し濁ってたね。」
少年は答えず、ただ鏡を見た。
自分の色が、わずかに影を含んでいた。
翌朝、母親がひとりで訪れた。
「お金、見つかりました」
それだけ言って去っていった。
その背に、夜明けの光が静かに崩れていた。
少年は鏡に布をかける。
鏡は真実を暴かない。
映すのは、恐れと、罪と、沈黙。
布の下で、ひそやかな光が脈を打った。
それは音にもならず、
少年の心の奥で、
水底に沈む鈴のように、遠く響いた。
この物語は心をテーマに考えました。読んでいただきありがとうございます。感想をいただけると嬉しいです!




