雨
梅雨。
雨が降る。
それは、甘くはない温い温度でわたしを浸食してゆく。
不快程ではないけれど決して愉快ではない。
言わずと知れた明快なことだけれど。
あなたが好きだった髪をも雨は濡らしてゆく。
侵されてゆく。
雨が私の記憶を奪っているような感覚、そんなことは有り得ないのに。
少しずつ鮮明さを欠いてゆく記憶、私たちは失わなければ得ることが出来ない、それは定められたこと。
子供は清んだ心を削られ、段々大人になる。
大人になってからそれを後悔し、深い悲しみに心をえぐられる。
そして若さを失い体は朽ちてゆき、最期を迎える。
それが理不尽なこの世の摂理。
抗おうと抗わまいと、その圧倒的な力に私たちは傷をつけることすらできない。
得るものが大きくとも小さくとも、犠牲は必ず必要で、今この時にも私たちは絶えず何かを失い、命を削られている。
失うものが無くなったとき、削る命が無くなったとき、私は終わる。
この世界に生まれ落ちた時から、どんな道を歩もうとそこが最終地点。
誰しも選ぶことは出来ない、決定的な死。
死ぬために生きている。
死ねるから生きている。
理不尽な、と言うかもしれない。
しかし、私はこれが一番いいのだろうと思う。
ずるずると生き続け、感情すら削り取られ、醜態を晒す。
醜く種を繁栄させ、世界を破壊する。
それなら。
それなら、短い命でもそれを全うし、泣き、笑い、怒り、友を作り恋人を愛し家庭を築き…
愛した人に看取られて逝く。
とても幸せなことではないだろうか。
私たちは恵まれているから、ちっぽけな幸せに麻痺している。
しかし、振り返って見れば、日々の何気ない生活が幸せなのか、わかるだろう。
或は失ってからそれに気付くのだろう。
形あるものはいつか失われる。
だからこそ美しいと言えるのではないだろうか。
頬を濡らす雨が止んだ。
空を見上げる。
あなたに、会いに行こう。