第4話 至誠導師の言葉
聖都アルセリア。聳え立つ生命の大樹。
そして、大樹に寄り添うように建つ大聖堂。
ここを発って、どれほどの時間が経ったのだろう。
「何だか、随分と前のことみたいなのに、昨日のことのようにも思えるわ」
「あちこち、回ったものね。四か所も祠を巡って……」
神々の加護のおかげで、普通の旅人よりは余程楽な道程だったと思う。
だが、過酷でなかったわけでは無く。
「――何て言うか、濃い旅だったな」
しみじみと述懐するロイクに、アムルは頷いて、パンドラは笑った。
聖都への帰路は、特に問題も無く速やかに済んだ。
何しろ世界各国からの道が集まる聖都だ。
道路や交通が四方八方へと通じている。
大街道へ出てしまえばもう、帰ったも同然の旅だった。
大聖堂の中にある会見室。
三人は少しだけ落ち着かない様子で、あちこちを見回していた。
会見室には聖水の香りと古書の紙の匂いが微かに混じり合い、窓から差す淡金色の光が、重厚な机の表面に揺れていた。
これから待っているのは、至聖導師との会談だ。
どんな人物なのだろうか。何を言われるのだろうか。
三者三様に、緊張した面持ちで、至聖導師の到着を待っていた。
「至聖導師ピエリックさま、入室致します」
小姓が会見室の扉を開け、畏まる。
ロイク、アムル、パンドラの三人も、跪いて頭を垂れた。
静かな足音が近付き、止まる。
「顔を上げてください」
穏やかな声に顔を上げると、思ったよりも小柄で可愛らしい老人が、目の前にいた。
だが、滲み出る威厳は隠しようもない。
――後光が差して見えた、と後にアムルは語った。
「どうぞ、席へ。長い話に、なるでしょう。寛いでください」
優しい声。穏やかで優雅な物腰。
そして溢れ出る神々しさ。流石はヴィヴァ教団の長である。
ロイクは内心冷や汗を掻きながら、椅子に座った。
国王と対面したときよりも、その存在感に圧倒される。
ピエリックは静かに頷くと、三人の顔を順に見つめる。
まずはと自己紹介をし、お互いの名と顔を一致させ、会談は和やかに始まった。
ピエリックは始終穏やかに言葉を紡ぐ。
「第一詩篇は、単なる“断章の集合”ではありません。神と人との、“問い”と“応え”とが融合し、神詩として再構築されたのです」
ロイクは静かに訊ねた。
「それは、教団にとって“異端”ではないのでしょうか」
「そう、捉える者も確かに存在します。ですがそれは教団の総意ではありません」
ピエリックは柔らかな微笑で頷き、言葉を続ける。
「教団は、長く神詩を“制御されるべき記録”、あるいは、“封じるべき祈りの記録”と捉えて来ました。なぜなら、それは神が語ったのではなく、人が“神に届いた”という、恐るべき証だからです」
アムルが僅かに息を呑み、ロイクの表情に、言いようのない重みが宿った。
パンドラの眼は静かに揺れる。
「祈りとは、本来、神のためのものではありません。人が世界に問う叫びであり、希望であり、赦しを求める声なのです。第一詩篇は、それらが神に届いた“証拠”なのです。」
アムルはおずおずと挙手をして、発言を求めた。
「これから、わたしたちは教団に、何を求められるのでしょうか……?」
ピエリックは深く、頷いた。
「貴方たちの受け取った問いは、今もそこに存在します。ですから私は――これは強制ではなく、提案ですが――あなたたち三人には、詩篇と神性との対話者として進んでほしいのです」
パンドラが目を瞬いた。
少し考えて、言葉を紡ぐ。
「それは、わたしたちが、神と、対話する……ということ、ですか?」
「はい。詩篇は、貴方たちが更に“問う”ことを待っています。まだ、問いは、始まったばかりなのです」
どくん、と聖剣が脈打つように、振動した。
ピエリックが気付いて、椅子の横に立てかけられた聖剣へ視線を遣った。
「貴方も、自由に発言をしてください。聖剣どの」
三人はびくりと身体を強張らせたが、聖剣は沈黙を守った。
至聖導師は聖剣の「意思」にも、当然のように気付いているらしい。
ピエリックの「聖剣どの」という呼び掛けに、三人は反射的に顔を見合わせた。
まるでそこに「もう一人」いたことを、改めて思い知らされたように。
……だが聖剣は沈黙を守った。
その場に、ふと風が止まったような静けさが満ちる。
黙して語らない聖剣に頷き、ピエリックは三人に向き直る。
「貴方たちが手にした断章は、神の言葉ではなく、人の祈りの“応え”です。だからこそ、それを恐れる者も存在します。教義が揺らぐという理由で、過去に我々は詩篇を封印しました。――貴方たちが、もうこれ以上、詩篇に関わることを止めたいと思うのならば、強制はしません。第一詩篇は教団が預かることとします。ですが――」
三人は顔を見合わせ、頷き合った。
「三人で、神と向き合います」
「問いを終わらせに、行きたいと思います」
「途中で投げ出したりはしません」
三人の覚悟に、ピエリックは優しい微笑を浮かべた。
「ありがとう。……その選択が、祈りを覚らせる第一歩です。私も、貴方たちを信じ、待っています。貴方たち、がそれに答える意志を持ち続ける限り、私は――それを見届けましょう」




