第4話 風の支援と火の導き
アムル、パンドラ、ロイクの三人は、風の神ゼフェリオスに導かれるまま、火の祠を目指していた。
微かに吹き残る風は、なおも南へ、南へと背を押す。
その足取りは、人のものとは思えぬほど軽やかだった。
草原は三人の前に自ら倒れるようにして道を開き、風は進むべき方角をそっと囁く。
まるで、ゼフェリオスが祈りの旅を肯定してくれているようだった。
しかし、空気は次第に、重さと熱を孕み始めていた。
「……不思議だね」
アムルが呟く。
風に包まれていた軽やかさが、じわじわと消えていく。
「さっきまでは風に守られてた感じだったのに……いまは、何かが、足を掴もうとしてるみたい」
パンドラが足を止め、辺りに目を凝らす。
丘の端に差しかかると、景色がわずかに変質していた。
草の色が褪せ、土は乾いて裂け、空気には焦げたような臭いが混じっている。
地面の下から、じんわりとした熱気が漂っていた。
ロイクは無言で額に手をやり、ふと目を細める。
指先に触れた肌は、わずかに熱を帯びていた。
「……風が止まった。次は、あの辺りか」
地図を思い起こしながら、ロイクは視線を南へ向ける。
そこには、地表が焼けただれたような、赤茶けた地形が広がっていた。
エラディア焦原――
小規模ながらも、かつて火山活動が活発だった土地。
今なお、地下に篭った熱が、眠れる怒りのように燻ぶっていると伝えられる場所だ。
「アムル、手……震えてない?」
パンドラがそっと彼女の手を取った。
アムルは小さく首を振る。けれど、指先の微かな震えが収まることはなかった。
「……ごめん。怖い、ってわけじゃないの。……たぶん、知ってる気がする。この感じ……前にも、どこかで……何かに触れたときに、こんな風になった」
その言葉に、ロイクはそっと襟元のブローチへと手をやった。
銀色のブローチ――
アムルとパンドラにとっては「まだ知らない記憶」を宿す、小さな灯火。
「過去」であり、「未来」でもある、異なる時空の出来事。
時空を越えて渡されたその小さな品は、今も彼の襟元で、沈黙したまま光を宿している。
「……わかってないことは、まだたくさんある。でも、確かに繋がってる。問いは今……熱の中へ向かっている」
ロイクは誰にともなく呟き、再び歩き出した。
三人の旅路は、風を越え、炎の審判へと足を踏み入れようとしていた。
やがて、三人の前に大地の色が明確に変わる地点が現れる。
焼けただれたような赤黒い岩肌。
細かな亀裂の走る地面には、所々から微かに白い蒸気が立ち上っていた。
その中央、低い丘のくぼみに、奇妙な形をした石柱が立っていた。
高さは人の胸ほどだろうか。
頂部はかすかに融けたように丸く、表面には焼け焦げたような文様が刻まれている。
「見て……あれ、火の祠への導標じゃない?」
パンドラが指差す。
ロイクが近づいて、その石にそっと手を置いた。
瞬間――
「……熱っ!」
掌に走る、鋭い熱の閃光。
だが痛みではない。
むしろ、胸の奥が脈打つような、どこか懐かしい感覚だった。
「……応えてる。祠が、俺たちの問いを、待ってる」
ロイクの言葉に、アムルとパンドラが静かに頷いた。
風の囁きはすでに遠退いていた。
代わりに、空気に混じる熱の震えが、耳の奥で騒めいている。
――問いを燃やせ。
偽りを焼け。
真なる声を、残せ。
それは声ではない。
けれど、確かに「神性」が告げる、次なる問いだった。
進む先に、赤褐色の岩山が聳えていた。
その斜面に、自然の裂け目のような黒い影――洞穴のようなものが見える。
そこが「火の祠」だと、三人にはすぐにわかった。
ゼフェリオスが風で導いたように、次なる神カルメルザは、炎で彼らを招いている。
アムルは額の紋章にそっと手を当てた。
微かに熱を帯びた光が、指先からじんわりと広がる。
「……行こう」
パンドラが隣で言った。
「この熱は、ただの自然のものじゃない。何か……私たちに答えさせようとしてる」
ロイクが鞘に収めた剣の柄を握り直す。
「神が問いを投げてきたんだ。なら、俺たちは……応えるしかない」
三人は並んで祠の入り口へと歩き出した。
熱風が頬を撫で、彼らの影を焼き付けるように、足元の岩に落とす。
祠の奥で脈打つ神性が、今まさに、彼らを見つめていた。




