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第2話 風の祠

ゼフェリオスに導かれるままに、一路。

風の祠を目指して。

ロイク、アムル、パンドラの三人は旅を続けていた。


ラヴァリス平原を越えた先、低い丘に沿って、小さな断崖が広がっていた。

岩の間に挟まれた古い小道は、かつて何者かが整備したような痕跡を残している。


一陣の風が吹いた。

まるで霧が晴れるように、目の前の景色が鮮やかに色付いた。


「えっ」


アムルが驚いて目を(みは)った。

塗り潰されていたわけでもないのに、今まで全く見えなかった祠が、視線の先に在った。


聖剣が小さく震えた。


「幻惑の術が解けました。ゼフェリオスが貴方たちを、祠を訪れるに相応(ふさわ)しい存在だと、認めたのです」


アムルとパンドラは思わず顔を見合わせた。

二人の間に、一瞬沈黙が流れる。


「……今、誰か……話した?」

「……剣、よね? 今の」


「勇者、さん……今の、声、誰……?」

「剣? もしかして、今喋ったの、剣?」


「あれ? 話したこと無かった……かな。悪い。忘れてた。こいつ喋るんだよ」


ロイクは聖剣を鞘ごと腰から外し、二人に差し出した。


「こうしてお話するのは初めてですね。アムル、パンドラ」


硬直する二人に、ロイクは苦笑する。


「まあ、そのうち慣れるさ」


「私は、生命の大樹(ヴィヴァルボル)の枝より生まれ、誓いの中に鍛えられし剣。聖剣と呼ばれています。貴方たちが祈りに選ばれし者であるならば、恐れることは何も、ありません」


「こ、怖くなんて……ちょっと、びっくりしただけ、です……!」

「でも、本当に話すんですね。剣なのに……不思議……」


アムルは、剣が喋るという非現実を受け入れがたいと思ったが、よく考えれば書物が語り掛けてきたりすることがあるのだから、今更剣が喋ったところで、驚くことも無い。

などと、無理矢理に自分を納得させようとしていた。


ちなみに今生、というかこの時空で、アムルが書物に語り掛けられたことは無い。

あまりの混乱に、別の時空の記憶が混在したようだ。


パンドラは頬をつねった。普通に痛かった。

どうやら夢では無いようだ。

勇者の持つ聖剣なのだから、喋ったところで不思議でもない、のかもしれない。


世の中に不思議はいっぱいである。




さて。



三人が祠の入口へと足を向けたときだった。

乾いた風が一陣、足元を撫でて吹き抜ける。

その瞬間、地に風紋が浮かび上がった。

まるで「この先へ進む意思」を、もう一度問い直すように。


「……風、強くなってきた」


アムルが小さく呟く。

聖剣が応えるように低く震えた。


「これは“試練”ではなく、“確認”です。貴方がたの祈りに、()()()()()()()()()があるかどうかを、風は知ろうとしています」


「……じゃあ、試されてるんじゃないの……?」


パンドラの言葉に、ロイクが静かに首を振った。


「違う。試されてるんじゃなくて……応えてるんだ。俺たちが」


祠の前に立った三人は、自然とそれぞれの心の奥に触れていった。



風が舞った。

それは視界を覆うでもなく、心を包み込むような、優しい気配だった。


ロイク胸に浮かびあがった強い想い。

かつて「勇者」と呼ばれ、誰かを救えるはずだった自分。

だが、守りきれなかった祈りの声。

本当に問い掛ける資格が、自分にあるのか? という、痛いほどの自問。


アムルの胸に降りたのは、知らないはずの記憶。

けれど胸を焦がす、別れと涙の感触。

誰かの願いが、自分の中でまだ燃えている――そんな予感。


パンドラはちくちくと刺すような痛みを感じていた。

赦したいのに、赦せない何か。

胸の奥に残る罪悪感の正体。

それでも誰かを抱き締めたときの、あの温かさ。



風が、静かに問いを残した。



三人が、それでも歩を進めると決めたとき――

祠の扉が、音もなく、開いた。


風が止む。

中に入ると、すぐに空気の密度が変わった。

明るくはない。けれど、真っ暗でもなかった。


銀色に輝くような風が、そこに在った。

圧倒的な存在感を放つ風の塊のような存在。

あらゆる方向から集まり、ゆるやかに渦を描いて、中央にひとつの光の核を結ぶ。


それは羽ばたく風紋、宙を舞う光の螺旋――

風の神ゼフェリオスの「神性」だった。



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