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幕間1 「神の眼」と「夜の眼」

 エレクシア・ヴィアヴォルムには、表向きには存在すら隠されている部署がある。

 暗部(サンクタ・ノクス)と呼ばれる、ヴィヴァ教団の異端審問局。

 聖都アルセリア、大聖堂の地下深くに、それは存在する。


 ヴィヴァ教団の表側には、至聖導師(グランダルコン)を長に置いた統制機構がある。それが教団全体を公的に統制している。


 それに対し、暗部は教団の裏側――「見えざる秩序」を担う機構だ。


 暗部の長を務めるのは観察導師(ノクティアルコン)

 公の場に現れることは稀で、仮面を着け続けているため、素顔を知る者は至聖導師(グランダルコン)以外には居ないとさえ言われている。


 さて。


 教団観測局、通称「神の眼」は至聖神ルミエルの光に連なる「啓示」を観る眼。

 神威や聖兆、予言など、光の観測を主に行っている。

 一方、暗部観測局、通称「夜の眼」は闇の神ノクティリカの闇に潜む「真実」を探る眼。

 魔障や禁術、異端的現象など、公に出来ない領域を観測する。


 同日、同時刻。

「神の眼」と「夜の眼」は同一座標にて、強い神性の共鳴を観測した。

 警報が鳴り響き、観測装置が煌めくように脈動する。


学び舎(ヴィラリア)にて共鳴発生! 観測値、段階三! 属性は……風、単体神性です! 断章顕現を確認!」

「読み上げます。――風は語る。忘れられた祠が、再び扉を開く。問いを運ぶ者よ、応えを探す道へ。いまこそ歩み出せ――以上、断章確認しました」


 ゼフェリオス――忘却された風の神の声。

 それはアムルたち三人が聞いたものに他ならなかった。


「学び舎、ということは勇者か?」


 観測官は眉を寄せた。

 導師(アルコン)イアサントの名が脳裏に浮かんだのだ。

 彼は、以前から学び舎(ヴィラリア)の動向に強い関心を寄せていた。

 特に勇者ロイクと、それに関わる者たちの祈りの兆候について、繰り返し警告を発していた。


(イアサントの懸念が、的中したか……)


「共鳴点は、三。勇者の他二名、神性共鳴反応あり」

御使い(ヴィタエル)を派遣。詳細を速やかに報告せよ。影響が大きければ……議会への上申を急げ」


 ――「御使い(ヴィタエル)」とは疑似生命体であり、使用者は主に導師級(アルコン・クラス)。聖なる存在の補助や、道具的な役割を担う。単なる使い走り伝令ではなく、「聖なる代行者」である。

 特に至聖導師直属の聖なる御使い(サンクタ・ヴィタエル)は、別格として扱われる。


 しかし暗部(サンクタ・ノクス)では異なる存在が用いられる。

 黒き御使い(モルタエル)――「黒き代行者」と呼ばれ、時に「異端審問」や「断罪」の代行者として放たれる破壊者でもある。



 この情報は直ちに、「神の眼」と「夜の眼」双方の観測官から、それぞれの議会――聖導師議会(サンクタ・アルコニス)および暗部導師議会(ノクタ・アルコニス)へと提出された。


 だが、祈りの復活を「異端」と断じようとする導師(アルコン)イアサントと、それを「導き」と見做(みな)そうとする導師(アルコン)シプリアンのあいだには、すでに明確な温度差が存在していた。

 ――シプリアンは教団内の保守派によって排除の動きが強まっていたが、ぎりぎりのところで議会に留まることを許されていた。



「風の問い」は、祈りの再興か、それとも教義の危機か。

 それぞれの立場が、いまや教団内部を静かに揺るがしはじめている。


 そしてその揺らぎの渦中に、ロイクたち三人の名も、確かに刻まれつつあった――。




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