表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第8章 問い掛けの芽生え
72/121

第2話 再び繋がれた手

 アムルとパンドラは、仲良く笑い合っていた。

 昼食を分け合ったり、一緒に課題に頭を抱えたり、ありふれた日々がそこにある。


「パンドラは、なんでも半分こするのが好きね」

「いいじゃない。分け合うって、なんか嬉しいじゃない。……はい、アムルの分」


 ありがとう、と半分に割った菓子を受け取りながら、アムルはふと首を傾げた。

 どこか、懐かしいような……確かに、覚えのある動作。


「どうしたの?」

「……なんか、前にもこんな風に――」


 アムルは言いかけて、そっと笑った。


「ううん、なんでもない。気のせいだわ」

「そうなの?」


 うん、と頷いて、アムルは菓子を口に運んだ。

 美味しい、と笑顔が(とろ)ける。

 その様子を見て、パンドラが嬉しそうに笑う。


「アムル、これ好きだものね」


 パンドラはアムルの好きな味を、言われずとも記憶している。


「ええ、大好き」


 アムルが笑顔で応じる。

 そういった細やかな優しさの積み重ねが、彼女たちの「今」を形作っていた。


 周囲の生徒たちは、そんな二人の姿を「理想的」とさえ感じていた。

 明るく快活なパンドラと、時々(うれ)いを帯びたような表情をするアムル。

 性格は違うのに、不思議と呼吸が合っている。

 いつの間にか、二人の姿を目で追ってしまう生徒も少なくなかった。


 そんな日常。


 けれど二人とも、どこか違和感を覚えていた。

 説明の出来ない感情が、ふと沸き起こる。

 それは既視感であったり、唐突な焦燥感であったりした。




 その頃。

 パンドラは繰り返し、同じ夢を見るようになっていた。

 黒く燃える、輪郭の緑が煌めく炎。

 その中心に立つアムル。

 声が、聞こえた。叫びが、胸に突き刺さる。

 誰かの名を――自分の名を、呼んでいたような気がする。

 アムルの背後には、漆黒の空が広がっていた。

 雷鳴のような音と共に、緑の炎が大地を穿(うが)つ。

 その音は、鼓膜ではなく、胸の奥を揺さぶる。


(……この音、知ってる)


 夢の中で、パンドラはなぜかそう思った。

 そして涙が頬を伝っていた。理由もわからずに。


 アムルもまた、口遊(くちずさ)む歌に違和感を覚えていた。

 ふと気づけば、旋律が漏れている。

 教わった覚えはない。けれど、確かに知っている。

 それはまるで、胸の奥に沈んでいた何かが、そっと浮かび上がってくるような……。


 二人とも、どこかで知っている気持ちを抱きつつも、何となく言い出せずにいた。

 お互いに気の所為だと思っていた。思いたかった。



 そんなある日。


 不意に雷が鳴り響いた。

 ばらばらと降り始めた雨に、みんな慌てて屋根の下へと走る。


 アムルとパンドラは東屋(あずまや)へと避難した。

 東屋の屋根を雨粒が叩く音が、鼓動のように律動(リズム)を刻んでいた。

 外は白く(けぶ)り、風がぐるりと回って吹きつける。

 湿った空気が、じんわりと制服にしみ込んでくる。


 アムルの肩越しに、雨粒が跳ねた。

 その冷たさに、二人の距離が自然と近づいた。


 雷鳴が落ちた瞬間、ただの雨ではないと感じた。

 空が怒っているような、あるいは何かを訴えているような――そんな響きだった。


「降って来ちゃったわね」

「すぐ止むかしら」


 近くに雷が落ち、アムルとパンドラは揃って首を竦めた。


「近いわ」

「やだ、怖い」


 短い会話。そしてまた、雷。

 二人は手を取り合ってしゃがみ込み、お互いを庇った。


 その瞬間、時が跳ねた。


 走馬灯のように、知らないはずの光景が胸を貫く。

 パンドラが、光の中で振り返る。微笑みながら、消えていく。

 アムルが叫ぶ。

 黒い炎がすべてを覆い尽くす――



 雷鳴が激しく(とどろ)く音で、現実に引き戻される。

 パンドラとアムルは、手を繋いだまま、見つめ合っていた。


 何も言えなかった。

 けれど、何かを確かに《《知ってしまった》》という確信だけが、二人を包んでいた。


「……今度は、離れないから」


 どちらが言ったのかも、わからない。

 ただ二人は、強く、強く、手を繋いでいた。


 雨の音が強く響いていた。


 握られた手のひらには、確かに温もりがあった。

 それは、ただの体温ではない。

 時間を越えて伝わる、(かす)かな記憶の残響。


 どちらのものだろうか、ほんの少しだけ指先が震えた。

 そして二人は、より強く手を握り直した。

 東屋の中だけが、時間から切り離されたように、静かだった。


 何かが始まりそうな気がしていた。


 遠くで風が鳴く。

 まるで、祈るように――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ