表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第7章 彼女の消えた後に
62/121

第2話 名の消えた人

 一面の、白。

 パンドラが目を覚ましたとき、最初に目に映ったのは白い天井だった。

 身を起こせば、軽い眩暈(めまい)と頭痛に(さいな)まれる。


「……わたし、どうしたんだったかしら」


 どうにも記憶が曖昧だった。

 献身の儀(デヴォタリア)を、滞りなく終えた、ような気がするのだが……。


(ここ、どこかしら。天界(レミナリア)のはずは無いし)


 パンドラは身を起こして、周りを見回した。

 どうやら(カーテン)を巡らせた寝台(ベッド)に横たえられていたようだ。医務室だろうか。

 ということは、ここは大聖堂。すなわち、現界(ミディアルド)


 さっと帳が開かれた。

 白衣者(カンドレル)の女性――そう、確か、名をエメ――が現れる。


選ばれし献身者(セリアン)パンドラ! 目を覚まされたのですね。

 ああ、いえ、もう()()()()()()()()()()()ね。何とお呼びしたらよいのか……

 とにかく、医師を呼んで参ります」


 パンドラは目を瞬いた。

 セリアンでは無い、というのは、どういう意味なのだろう。

 こめかみの辺りで脈打つように鈍痛がする。


(なにかしら、この違和感――)


 パンドラは何か、途方もない喪失感を感じていた。

 胸にぽっかりと穴が開いたようだった。




帰還せし献身者(エルセリオン)、もはやあなたは霊的昇華を遂げし存在。

 神に準じる御方となられました。これよりは聖女としてお過ごしください」


 至聖導師(グランダルコン)イアサントは丁重に礼をとり、パンドラに(ひざまず)いた。


 彼の口から幾つかの言葉が続いたが、混乱したパンドラの耳には入らなかった。


 どうやら生命の大樹(ヴィヴァルボル)に召されたパンドラは、()()()()()()()現界(ミディアルド)へ還元されたらしい。

 史上稀に見る奇跡、であるらしい。ここ数百年の(ためし)は無いと云う。


 奇跡を成した存在として(あが)(たてまつ)られ、パンドラは戸惑いを隠せなかった。

 体調が整い次第、儀式を経て、パンドラのための神殿を設けるそうだ。




「聖女パンドラ。勇者が面会を希望しておられますが、如何(いかが)致しましょう」

「勇者――?」


 白衣者(カンドレル)エメは少し表情を和らげた。


「覚えてはいらっしゃいませんか? 魔王を討伐し、聖女パンドラをお救いくださった勇者ロイクを」


 覚えていない。そして「魔王」とは何なのか。それすらも思い出せなかった。

 だが、酷く胸が騒いだ。


「会わせて、ください」


 煤竹色の髪を束ねた青年に、パンドラは見覚えがあった。

 ――ああ、抱き留めてくれた人だ。


「ええと、初めまして。ロイク・ブロサール、です」

「初めまして。パンドラ・ベルティエです。あの、助けてくださった方、ですよね?」


 ロイクは群青色の目を細め、苦い顔をした。


「助けたって言うか、俺はあんたが倒れるのを抱き留めただけだから」

「でも、お礼申し上げます」


 パンドラは丁寧に会釈し、ロイクを見据えた。


「何か、わたしにご用があられるとか」

「あー、ええと、うん。そうなんだ……です」


「敬語でなくて、構いませんよ」

「……そうか、じゃあ、遠慮なく」


 ロイクは率直に切り出した。


「アムルを覚えているか」


 その名を聞いたとき、パンドラの胸がひとつ、高鳴った。

 けれど、聞き覚えの無い名だった。


「……アムル。――いいえ、ごめんなさい。知りません」


 そのはずだ。

 なのに、胸が(ざわ)めき、痛みを感じた。


 気付けばパンドラはぼろぼろと涙を流していた。

 自分でも意味がわからない。


「あら――、どうしたのかしら、わたし」


 胸の奥がぽっかりと空洞になっていて、冷たい風が吹き抜けるようだった。

 涙が止まらない。

 ロイクが手巾(ハンカチ)を差し出す。

 パンドラは受け取り、顔を押さえた。


「アムルは、魔王となって、大樹からあんたを取り戻した、女の子の名前だよ」


 ロイクは淡々と語る。


「俺は、アムルが何よりもあんたを想ってたことを、知ってる。

 ――会ったのは一瞬だけだけど」


 ロイクは顔を歪め、パンドラは目を伏せた。


「何か、大事なことを忘れている。そんな気がするの。

 でも、それが何かわからない」


「等価交換、だそうだ。聖剣、あ、この剣なんだけど、が言うには、

 世界を維持するために、あんたの魂が必要で。

 その、あんたを還して貰うために、アムルが全部を渡したんだってさ」


「全部って……」


「魂とか、記憶とか、記録とか、全部。

 だからアムルを覚えてる奴はこの世界に、居ない。

 ――俺以外はな」






 至聖導師(グランダルコン)イアサントは不機嫌だった。

 よりにもよって帰還者とは。聖女など数百年現れてはいない存在だ。


 魔王が()()()()()というのに、またも問題事が降って来ようとは。


「――秩序が乱される」


 イアサントの目指す完璧な秩序のために、不要な存在があまりにも多い。

 指先で机を苛立たしげに叩きながら、イアサントは目を(すが)めた。


「さて、どうしたものか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ