表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第4章 呪う言葉と祈る歌
38/121

第8話 無慈悲な答

 学問都市ルミナヴェルダ――

 (いにしえ)より「知の都」と呼ばれ、世界中から探求者たちが集う場所である。

 石畳の通りには、朝早くから分厚い書物を抱えた若き学徒たちの姿があり、道端では老賢者が巻物を手に弟子たちへ哲学を語る声が響いていた。


 風に揺れる旗には、いずれも学派や学会の紋章が描かれており、通りごとに異なる学問の香りが漂う。

 錬金術の蒸気、古文書のインク、異国の香草――

 それらが雑然と、しかし不思議と調和していた。


 街には書店が軒を連ね、文献商の露店まであるほどだ。

 初版本の競り市や、禁書に限りなく近い稀覯本(きこうぼん)を扱う裏通りの古書店まで、知識に飢えた者には事欠かない。


 活気に満ちた広場では、日々公開討論や実験が行われ、誰もが真理に向けて声を上げ、記し、問い続けることを許されていた。


 ここでは学ぶこと、疑うことこそが最大の敬意とされる。


 だが、喧騒の中心から少し外れた場所――

 ルミナヴェルダの街の端、小さな丘の上に佇む修道院だけは、どこか異質だった。

 静かで、慎ましく、まるでこの都市に背を向けるかのように建っている。


 それが、知と探求を司る選択の台座(アラフィオーロ)の眠る場所だとは、誰も思わないだろう。



 アムルは学生の風体で大通りを進んでいた。

 肩に掛けた鞄の重さよりも、胸の内に渦巻く焦りの方がずっと重い。

 一刻も早く選択の台座(アラフィオーロ)に辿り着きたい。

 だが、この街の至る所に並ぶ稀覯本の数々を読み漁りたいという欲求も、強く彼女を苛んでいた。

 まるで二人の自分がいて、内側で鬩ぎ合っているようだった。


(わたしが二人居たら)


 一人は生命の大樹(ヴィヴァルボル)に関する書物をひたすらに調査研究し、その正体と対策を徹底的に練る。

 もう一人は選択の台座(アラフィオーロ)に向かい、その意志と対峙する。


 そんな、くだらないことを考えて、アムルは少し苦笑した。

 我ながら、随分と余裕なことだ。


(本当は擦り切れそうなくらいなのにね)


 ルミナヴェルダの大通りは、今日も熱気に満ちていた。

 活気に満ちた討論は、聞き耳を立てずともよく聞こえてくる。


呪われし力(マレフォルティア)とは――」

「古代に失われた力が――」


 誰かの問い。誰かの答え。


 そのどれもが、知を渇望する者たちの熱意に満ちていた。

 ここでも「魔王」は議論の中心にある。


 それが自分を指していることを、アムルは知っている。

 けれどそれを振り切るように、再び足を速めた。


 選択の台座(アラフィオーロ)がアムルを待っている。






 まるで打ち捨てられたように――

 知と探求を司る選択の台座(アラフィオーロ)は涸れ井戸の横にひっそりと存在していた。

 生い茂った雑草が、遠慮なく絡みつき、まるでその存在を隠すように覆い被さっている。

 誰にも見い出されることを望まず、息を潜めているかのようだった。


「知り過ぎることは毒となる、みたいな格言があった気がする」


 アムルはぽつりと呟いた。

 選択肢が増え過ぎたが故に、却って何も選べなくなる――

 確かそんなことを言っていた気がする。今はもう、正確な出典も思い出せないけれど。

 遠い授業風景。

 教団に立っていたのは誰だっただろう。

 頭の片隅に浮かべ、アムルは選択の台座(アラフィオーロ)に一歩、近付いた。


 足取りに迷いはない。

 たとえどのような選択を突き付けられたとしても。

 アムルは、選び取らなくてはならなかった。


 草を掻き分け、台座に触れる。

 けれど――

 選択の台座(アラフィオーロ)は、何も言わなかった。

 何も問わなかった。


「知と探求を司るのではなかったの?

 それとも、わたしには過ぎたものだから、片鱗(へんりん)さえも与えてはくれないの?」


 ――汝の求めるもの、此処に在らざりし


 台座は応えた。

 だが、それはアムルの望む答ではなく――

 アムルは、少しの怒りと落胆の混ざった吐息を零した。


「ここに無いなら、どこにあるの。あなたが知らないなら、誰が知っているの」


 ――汝の求めるもの、此処に在らざりし


 選択の台座(アラフィオーロ)はそう繰り返すだけ。

 打ちひしがれて。けれど、絶望はしなかった。

 希望など、そもそもの最初から薄いのだから。

 それでもまだ、終わらせるわけにはいかない。

 アムルは唇をきつく、噛みしめた。血が滲むほどに。


 まるでそれが、心を支える楔であるかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ