表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第4章 呪う言葉と祈る歌
31/121

第1話 沈黙の蔵書庫

 古代図書館での調査を、アムルはほぼ終えた。

 埃を被った石板、破れた羊皮紙、風化しかけた写本――

 あらゆる記録を読み漁り、アムルはできる限りの手を尽くした。


 これ以上、ここで得られる新たな情報は無いだろう。

 そう考えたのは、根拠のない直感ではない。


 記録は断絶。神話は象徴に(まみ)れ、元の形を成していない。

 真実は意図的に隠されているのではないか――そう思えるほどに、情報の欠如が目立つ。


 ……単に不要なものばかりを放り出した結果、なのかもしれないけれど。

 そもそもが放棄された古代図書館なのだし。


 いずれにせよ、これ以上ここに留まる理由は無い。

 アムルは聖都アルセリアを発つ決意を固めた。


 探るべきは生命の大樹(ヴィヴァルボル)の仕組み。

 そして、選ばれし献身者(セリアン)の魂の行方。


 パンドラが、本当に高次霊魂として天界(レミナリア)に至り、永遠の安らぎを得られているのなら、それでもいい。

 安らかに眠れているのならば、無理に手を伸ばすべきではない。


 ――でも、そうじゃないなら


 助け出す。必ず。


 断章十二の詩の一節。

 ほんのひとかけら。

 それがずっと胸に残っている。


 ――幹に眠りし君を呼ぶ


 それが選ばれし献身者(セリアン)を指しているのなら。

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)の幹に、まだパンドラが眠っているのなら……。


 古書にあった諸説の断片は、言い換えるならば幾つもの可能性だ。

 ある異端の写本には、世界樹――生命の大樹――は単なる神話上の象徴ではなく、魂を循環させる「装置」であると記されていた。

 また、別の解釈では、選ばれし献身者(セリアン)の魂は大樹の果実として実り、いつか再び地上へ戻るとある。

 一方、他宗教の教えでは「死とは終焉」であり、待ち受けるのは「無」であるとされていた。


 どれも決定打には至らない。


 だが、アムルは絶望しなかった。

 胸に生じたのは、疑念も、希望も、どちらもだ。


 そもそもの記述が無い事象もあまりに多い。

 例えばアムルの身体のこと――世界霊魂(アニメスフェーロ)を吸収して生命を維持する存在――など、どこにも載っていない。

 果たして呪われし力(マレフォルティア)に順応したのか、毒されたのか。

 アムルの身体は「人」から「人ではない何か」に作り替えられたようだ。


 そして呪われし力(マレフォルティア)とはそもそも何であるかさえも、まだ霧の中。

 どうやら、生命の大樹(ヴィヴァルボル)以前の神話体系に関係がありそうだということは掴めたが……。


 ふと、アムルは学生時代の授業のことを思い出す。


 確か、南東のヴェルマリオン国では、光の竜を祖として崇める部族があった。

 ナハドラク……だったか。

 授業の本筋に関係のない雑談めいたものだったが、そう記憶している。


 行けば何かわかるだろうか。

 アムルはふわりと宙に浮かび上がった。


 アムルはもはや、人間とは呼べない存在(もの)であった。

 既に人の理から逸脱している。


 思い描くだけでその姿をも、変えられる。

 例えば、鳥であるとか、蝶であるとか。

 けれど、遥か遠くへ飛ぶならば、形など無い方が良い。


 ゆっくりと。

 アムルの身体は指先から砂のように(ほど)けていく。

 輪郭を捨て、色を捨て、重さを捨てる。


 風になるのだ。


 この半年で、こんなことまで身に付けた。

 ――魔王らしくなってきただろうか。

 小さく笑い、アムルは意識を外へ向けた。


 眼下にはアルセリアの街が広がる。

 旧市街、大聖堂、広場、学び舎、そして、生命の大樹の幹。


 ここまで昇っても、まだ幹なのだな、と。

 改めて大樹の大きさに圧倒される。


(いずれ、暴いてやる)


 生命の大樹に宣言し、アムルは南西へと意識を向ける。

 暫しの別れだ。


 森が、川が見える。

 山を越えて、遠く、遥か向こうへ……。



 アムルは風となり、南東へと翔けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ