第9話 宿命を負う者
「勇者ロイク・ブロサールよ。
その剣は間違いなく神託の聖剣である。
故に、汝に魔王討伐の使命を託す」
謁見の間。
ユグド=ミレニオ国王、フレデリク・ダルトワは厳かに言葉を紡いだ。
荘厳な玉座と豪奢な装飾に囲まれたこの場所で、ロイクは自分を、場違いな存在であると感じていた。
粗末な旅装のままの格好――膝丈の古びた胴衣、擦り切れた外套、土埃を纏ったままの靴――で居るので、余計に居た堪れない。
だが服を新調するわけにも、そんな時間も無かった。
貴族たちの冷ややかな視線が、ざくざくと突き刺さる心持ちだ。
(なんで、俺なんだかなぁ)
跪いて頭を垂れながらも、ロイクは右手に持つ聖剣を見つめていた。
光を固めたような刀身。美しい曲線を描く鍔。手にしっくりと馴染む柄。
本物である。
――実際、何度か大樹の根に刺して抜き直してみたりもしたのだ。
ロイク自身が信じられなかったので。
だがやはり何度繰り返しても、ロイクだけしか抜くことは適わず。
しかし聖剣が本物だからと言って、自分は本当に「勇者」なのだろうか。
そう思ったのはロイク自身だけではなく。
「陛下」
一歩踏み出した者が居る。
ジェラルド・ラヴェル。騎士団長だ。
王は頷いて言葉の先を促した。
「勇者が真に勇者たるものか、見極めたく存じます。どうか、わたくしめに手合わせの許可を」
当然、と貴族たちは頷き、王も許可をする。
教団関係者たちもそれを是とし、ロイクに視線を向けた。
「……わかりました」
今更、逃げるわけにもいかない。
試合は闘技場にて行われた。
観覧席には貴族や聖職者たちが所狭しと並んでいる。
その視線の半分は興味、半分は懐疑的なものであった。
ジェラルドは輝かしい重装鎧を纏い、よく手入れされた長剣を携えて立つ。
対するロイクは旅装のままだ。軽装鎧すら要らぬと言う。
あまりに身軽、というよりは無防備な姿に、客席では不安げな囁きが交わされる。
だが、ロイクは右手に聖剣を下段に構えると、特に力みもせず自然に立つ。
どこか異様であった。
開始の号令と共にジェラルドが踏み込んだ。
鋭い斬撃をひらりと躱し、あるいは捌き、ロイクは流れるように聖剣を振るった。
一閃。
澄んだ音が響き、ジェラルドの剣は宙を舞っていた。
そしてくるくると弧を書くと、闘技場の床に音高く落ちた。
大理石の床石は傷付きやすい。大きく欠けた気がする。
高価なものだろうに……。
ロイクは場違いにもそんなことを思った。
闘技場は歓声、というよりは響動めきで満たされた。
ジェラルドは王国最強の騎士団長である。
それがこうも呆気なく敗れるとは。
「あの青年は化物か」
「いや、勇者なのだからあれくらいは、」
「それにしても桁外れな……」
「なんという……辺境は魔境か?」
当たらずとも遠からず。
ロイクが育った村では狼や野犬の代わりに魔獣が現れ、家畜を襲う。
また、草食動物たちも強く大きく、何をするにも命懸けの日常である。
強くなければ生き残れない場所なのだ。
そんな村でも、ロイクは最強である、ということになっている。一応。
一応、なのは今年の祭で優勝したからだ。
毎年行われる収穫祭の余興。腕比べ。今年はロイクが優勝を勝ち取った。
だが、来年勝ち残れるかはまだわからない。
強者は有り余るほどいる村である。
閑話休題。
試合を終え、ロイクは再び王の前に跪く。
「見事であった。その腕ならば、魔王も討ち取れよう」
「……は」
本当に大丈夫なのだろうか。
不安げなロイクにヴィヴァ教団の導師が一歩進み出た。
また、聖詠者もそれに付き従う。
「勇者ロイク。魔王は生ける災厄。数多の命を喰らい、森を焼き、大地を蝕む、呪われし存在です」
「そのような存在を止められるのは、聖剣に選ばれし貴方だけなのです」
その言葉は重く、ロイクに圧し掛かる。
勇者とは選ばれし者。
そして抗えぬ宿命を負うものである。




