第6話 少女たちの残響
献身の儀は成された。
選ばれし献身者パンドラ・ベルティエの名は高らかに称えられ、聖典に刻まれた。
遠からずパンドラの胸像も、大聖堂のあの部屋に献納されるだろう。
歴代選ばれし献身者の胸像の置かれた部屋――追慕の間――に。
献身の儀を中断せしめた魔の暴走と、その際に落命した至聖導師については、導師イアサントの報告をもとに、聖導師議会が公式声明を発した。
魔王現る、と。
アムル・オリオール。
献身の儀を穢し、至聖導師弑せしむ。
彼の者を魔王と号し、
ここに魔王討伐の令を発す。
エクレシア・ヴィヴァルボルムとユグド=ミレニオは連名で討伐令を布告。
アムル・オリオール。
その名は今や疑いなく――
「世界の敵」として刻まれた。
世界を守った少女、選ばれし献身者パンドラ。
世界の敵である少女、魔王アムル。
事実も、彼女らの気持ちも置き去りに。
人々はそれを真実として記憶した。
彼女の声がまだ、耳に残っている。
か細く、けれど決して折れることのなかった声。
その最期を知る者は少ない。
――私を含めて。
献身の儀が成った。
あの時、振り返った彼女の笑顔を忘れまい。
パンドラ・ベルティエは生命の大樹に呑まれた。
一片の光となり、大樹の洞へと消えた。
それは神話に語られる通りの出来事だった。
美しい奇跡と人々は呼ぶ。
祝福と賛美の声を捧げる。
その時、何があったのか。
見た者は誰も、口にはしない。
緘口令が敷かれたわけではない。
だが、それでも。
口にするのは憚られた。
静かな禁忌。
私が見た光景は、神聖でも荘厳でもなかった。
パンドラは泣いていた。
アムルは泣いていた。
私は少女たちの慟哭を忘れない。
アムル・オリオール。
魔王、と呼ばれ、世界の敵とされた少女。
彼女の声を忘れまい。
すべてを焼き尽くすかのような、痛みに満ちた悲鳴を。
わたしは世界を許さない
「祈りは届かず、呪いだけが残される……」
あれは呪いだろうか。
祈りの成れの果てではないのか。
だが、皆が耳を塞いだ。
悲鳴も、涙も、見なかったふりをした。
私もそうだ。
何もできない。できなかった。
それでも忘れまい。決して。
私は、まだ、考え続けている。
何が正しくて、何が、誰が、間違っていたのか。
世界は本当に祝福のもとに存続しているのか。
答をくれる存在は居ない。
生命の大樹は何も言わず、そこに佇んでいる。
神の声は聞こえない。
それでも。
今日も、穏やかで良い天気だ。
鳥は囀り、陽光は穏やかで、人々は明日を語る。
その風景の中で、私は立ち止まっている。
語られざる真実と、少女たちの残響とを胸に秘めて。
「白衣者シュゼット」
それでも。
私を呼ぶ声に応えて。
私はいつもと変わらぬ仕事をする。
いつもと変わらぬ表情で……。




