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抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第3章 汝、世界を否定せし者
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第4話 献身の儀

 呪われた力(マレフォルティア)の黒い波は大聖堂の露台(バルコニー)を、覆うように渦巻いて。

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)はその奔流を受け止め、押し返すように輝きを増した。

 大樹の周囲に漂う蛍のような光は、いまや星々のように辺りを照らしている。


 殺気立った神徒(レオナール)はいまや一人二人と増え、次々とアムルに向かって刃を繰り出している。

 アムルは一歩ずつ後退せざるを得なかった。


「止めて! 止めてよ!」


 パンドラが叫ぶも、聞く者は居ない。

 イアサントは冷徹にその場を睥睨(へいげい)する。


 本当はパンドラにもわかっていた。

 アムルは呪われた力(マレフォルティア)をその身に宿している。



「異端は排除せねばならぬ。

 呪われた力(マレフォルティア)を拒絶せよ。

 それは生命の大樹(ヴィヴァルボル)の、(すなわ)ち世界の意思である」



 先程のイアサントの言葉は、ある側面から見れば、揺ぎ無い真実だ。

 エクレシア・ヴィヴァルボルムの教えに(のっと)って、呪われた力(マレフォルティア)は拒絶するのが当然である。

 受け入れるのは異端。


 至聖導師(グランダルコン)呪われた力(マレフォルティア)にも慈愛を示し、受け入れようとした。

 その行為は、異端と見做(みな)される。


 導師(アルコン)イアサントはそれを断罪したのみ。

 そう主張されれば……認めざるを得ないだろう。


 大きく目を見開き、パンドラはイアサントを睨み付けた。

 イアサントは平然と受け止める。


 ――世界が壊れてもいいのか?


 そう問い掛けているように、パンドラには思えた。

 とても冷たく、けれど平らかな眼差しだった。

 動揺の一欠片さえ見えない。


 パンドラは白衣者(カンドレル)の手を振り払うと、ぴしりと背筋を伸ばした。

 イアサントは面白そうに目を細める。


 パンドラはイアサントを真っ直ぐに見つめ、誇り高く宣言した。


「わたしは選ばれし献身者(セリアン)パンドラ・ベルティエ。

 わたしはわたしの意思で、世界を守るわ」


 誰かのためじゃない。

 アムルの所為(せい)じゃない。


 わたしが。

 壊したくないと、思ったから。


 アムルに視線を向け、パンドラは愛おしそうに微笑んだ。


「生きてね」


 声が届く筈も無いのに。

 アムルは振り向いて、その目を大きく、限界まで見開いて。


 パンドラに手を差し出した。


「ごめんね、アムル。大好き」


 ここから逃げて。

 生き延びて。

 そして。


 パンドラは聖なる台座(ヴィヴァルターロ)に自らの意思で昇ると、生命の大樹(ヴィヴァルボル)に向かって両腕を大きく広げる。



「あまねく黎明の(とき)に至りて

 我が心 (ほむら)の如く空へ昇らん

 星々もまた 沈黙を()(こうべ)を垂れ

 天界(レミナリア)よ まことの願い聞き給え


 囁き()て成さるる祈りも

 深き嘆きも虚ろなる叫びも

 風に(ゆだ)ねられしものは すべて

 いと静けき水面(みなも)の如く 受け入れられん」



「待って!」


 アムルの悲鳴が響いたけれど、パンドラは詠唱を止めなかった。

 そして神徒(レオナール)たちの攻撃の所為で、台座へと近寄ることもできない。



「雫となりて落つる祈りを

 (きよ)き流れに乗せ給え

 流転の内に光は宿り

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)へと還りなん


 さすれば今 我は祈る

 願わくば この声 風と共に在れ

 空と大地とを結ぶ大樹に溢るる

 一滴(ひとしずく)の光とならんことを」



 何本もの幹が互いに絡まり合い、太く重なって、天と地を繋ぐように、遥か彼方まで伸びている生命の大樹(ヴィヴァルボル)

 その内の二つが緩やかに(ほど)けたように見えた。

 光りが溢れ出る。

 そして。

 (うろ)のように開かれたそれは、パンドラを招き入れた。


 パンドラは一度だけ振り返り、アムルを見る。

 少し意地っ張りで、少し誇らしげな、()()()()表情で、笑って。


 洞は閉じた。


 光りは収束し、生命の大樹(ヴィヴァルボル)はいつもの姿に戻る。

 まるで何事も無かったかのように。



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