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抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第2章 祝福の影と栄光の檻
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第3話 その名を称えよ

 聖都アルセリアに、祝福の鐘が響き渡る。

 そして選ばれし献身者(セリアン)の名が至聖導師(グランダルコン)によって高らかに告げられた。


 生命の大樹(ヴィヴァルボル)を仰ぐ者、大聖堂に向かって跪く者、歓声を上げる者、はしゃいで辺りを走り回る幼子。



 祝福せよ 祝福せよ

 選ばれし献身者(セリアン)パンドラを

 祝福せよ



 ここは聖都アルセリア。

 熱狂的な信者の数も当然のこととして、多い。


 喇叭(ラッパ)を吹き鳴らし、紙吹雪を撒き散らす道化師たち。

 その列に、若者たちは踊りながら加わっていく。


 祝福の鐘の音さえ、掻き消してしまいそうな歓声は、ここ、学び舎(ヴィラリア)にまで届いていた。


 壇上に立つパンドラを、導師(アルコン)ブノワが称える。

 聖詠者(オラシエル)巫聖(ヴィララ)が歌い、言祝(ことほ)ぐ。


 パンドラは微笑を浮かべて立っている。

 白い法衣(ローブ)――それはまだ選ばれし献身者(セリアン)(まと)う正式なものでは無いけれど――を身に付けて、静かに、穏やかに。


 けれどその表情はどこか硬い。


(これだけ注目されたら、当然なのかもしれないけど……)


 講堂の誰もがパンドラを見ている。

 教師も生徒も無く、みんなが誇らしげで。

 けれど少しの羨望が混じった眼差しで。


 パンドラを見ている。


(選ばれるって、こういうことなんだ)


 誰もが憧れるその立ち位置。

 天界(レミナリア)での安らぎが約束された存在。


 選ばれし献身者(セリアン)


(パンドラ……答えは出た?)


 アムルは遠くに立つ親友に、心の中で呼び掛ける。

 あの夜、パンドラは言った。


 ――選ばれたからには、わたしがやらなきゃ、と。


(選ばれなかったら、パンドラじゃなかったら、そしたら……)


 それは意味のない思考だ。

 だって、パンドラは選ばれてしまったのだから。


 パンドラが相応しいと、生命の大樹(ヴィヴァルボル)が選んだのだから。


 耳の奥、あの声がする。

 聞こえてくる。


 ――抗うか?


 アムルは小さく首を振る。


(それは、パンドラが、悲しむ……)


 パンドラは正しいことをしようとしている。

 アムルがそれを邪魔するわけにはいかない。


(でも、パンドラ……逃げたいのなら、わたしは、)


 どんなことをしてでも、あなたを守る。


 魔物の声でも構わない。

 どうか、力を貸して。


 ――抗うか?


 アムルは再度、首を振った。


(パンドラが、望むなら……でも、)


 視線の先。

 パンドラは真っ直ぐに顔を上げて立っている。


 光を見据え、高みを目指し。

 静かに、けれど堂々と。


(……あなたは、それを望まない)



 ――今はまだ。



 白い靄が、首のすぐ後ろを撫でた気がして。

 アムルはびくりと振り返った。


 後ろに立っていたブランシュが目を丸くして一歩下がる。


「な、何?」

「……ごめん、なんでもない」


 アムルはぎくしゃくと前に向き直った。



 おお 汝 選ばれし献身者(セリアン)よ 祝福されし存在よ

 世界を支えし 生命の大樹(ヴィヴァルボル)御許(みもと)

 すべての者らの祝福を いと尊きその身に宿し

 今 永久(とこしえ)なる調和の環へと 静かに還らん

 その血は 地に染まることなく 天へと導かれ

 その身は消えども その魂は 祈りの中に永遠である

 選ばれし献身者(セリアン)よ 汝は 世界の(いしずえ)なり



 みんな、高らかに謳う。

 声を揃えて、パンドラを言祝(ことほ)ぐ。



 アムルは、まだ、歌えない。




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