第3話 その名を称えよ
聖都アルセリアに、祝福の鐘が響き渡る。
そして選ばれし献身者の名が至聖導師によって高らかに告げられた。
生命の大樹を仰ぐ者、大聖堂に向かって跪く者、歓声を上げる者、はしゃいで辺りを走り回る幼子。
祝福せよ 祝福せよ
選ばれし献身者パンドラを
祝福せよ
ここは聖都アルセリア。
熱狂的な信者の数も当然のこととして、多い。
喇叭を吹き鳴らし、紙吹雪を撒き散らす道化師たち。
その列に、若者たちは踊りながら加わっていく。
祝福の鐘の音さえ、掻き消してしまいそうな歓声は、ここ、学び舎にまで届いていた。
壇上に立つパンドラを、導師ブノワが称える。
聖詠者、巫聖が歌い、言祝ぐ。
パンドラは微笑を浮かべて立っている。
白い法衣――それはまだ選ばれし献身者の纏う正式なものでは無いけれど――を身に付けて、静かに、穏やかに。
けれどその表情はどこか硬い。
(これだけ注目されたら、当然なのかもしれないけど……)
講堂の誰もがパンドラを見ている。
教師も生徒も無く、みんなが誇らしげで。
けれど少しの羨望が混じった眼差しで。
パンドラを見ている。
(選ばれるって、こういうことなんだ)
誰もが憧れるその立ち位置。
天界での安らぎが約束された存在。
選ばれし献身者。
(パンドラ……答えは出た?)
アムルは遠くに立つ親友に、心の中で呼び掛ける。
あの夜、パンドラは言った。
――選ばれたからには、わたしがやらなきゃ、と。
(選ばれなかったら、パンドラじゃなかったら、そしたら……)
それは意味のない思考だ。
だって、パンドラは選ばれてしまったのだから。
パンドラが相応しいと、生命の大樹が選んだのだから。
耳の奥、あの声がする。
聞こえてくる。
――抗うか?
アムルは小さく首を振る。
(それは、パンドラが、悲しむ……)
パンドラは正しいことをしようとしている。
アムルがそれを邪魔するわけにはいかない。
(でも、パンドラ……逃げたいのなら、わたしは、)
どんなことをしてでも、あなたを守る。
魔物の声でも構わない。
どうか、力を貸して。
――抗うか?
アムルは再度、首を振った。
(パンドラが、望むなら……でも、)
視線の先。
パンドラは真っ直ぐに顔を上げて立っている。
光を見据え、高みを目指し。
静かに、けれど堂々と。
(……あなたは、それを望まない)
――今はまだ。
白い靄が、首のすぐ後ろを撫でた気がして。
アムルはびくりと振り返った。
後ろに立っていたブランシュが目を丸くして一歩下がる。
「な、何?」
「……ごめん、なんでもない」
アムルはぎくしゃくと前に向き直った。
おお 汝 選ばれし献身者よ 祝福されし存在よ
世界を支えし 生命の大樹の御許へ
すべての者らの祝福を いと尊きその身に宿し
今 永久なる調和の環へと 静かに還らん
その血は 地に染まることなく 天へと導かれ
その身は消えども その魂は 祈りの中に永遠である
選ばれし献身者よ 汝は 世界の礎なり
みんな、高らかに謳う。
声を揃えて、パンドラを言祝ぐ。
アムルは、まだ、歌えない。