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抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第11章 影の祈り、光の問い
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第8話 聖導師議会の裂け目

 ミュスカの村を()ち、帰らずの森を抜け――

 アムル、ロイク、パンドラの三人は、聖都アルセリアに帰還した。

 アルセリアに入ってしまえば、後は馬車で大聖堂まで向かえばいい。


 アムルは胸元の印章――黒と白の翳りを帯びた、(まだら)模様の円環――を、大切に抱き締める。


「“鍵”が“円環”になって返って来るとはな」

至聖導師(グランダルコン)さま、びっくりするわね」


 馬車の中は和やかだった。

 けれどアムルは、一抹の不安を拭い去れないでいた。

 ロイクが心配そうに、アムルを窺う。


「やっぱり心配か? 黒き御使い(モルタエル)とか、教団の過激派の動き」


「うん……」


「わたしたちだけじゃなく、至聖導師さまとか、導師(アルコン)ブノワとか……心配よね。何事も無いといいんだけど」


「……うん」


 たった数週間ではあったが、大聖堂は随分と様変わりしたように感じられた。

 纏う空気が、緊張を帯びている。


 大階段には、もはや見慣れた至聖導師付の従者(ヴァレット)、フェルモの姿があった。

 三人の到着を待っていたようだ。


「お帰りなさいませ、みなさま。至聖導師さまがお待ちです。すぐにお会いしたいと」


 三人は顔を見合わせると頷き、すぐに後に続いた。

 その姿を(じっ)と目で追う者は、ひとりや二人ではなく……。


 いまや教団全体が、三人の動向を気にしていた。


 至聖導師ピエリックは机の前に立ち、三人を迎える。

 表情は穏やかだったが、明らかに疲れが滲んでいた。


「お帰りなさい。……“鍵”は、手に?」


 アムルは頷き、円環となった印章を、そしてロイクは、第二詩篇(エレム・セラフィカ)の紋章が刻まれた聖剣の柄を、ピエリックに差し出した。


 それらと見たピエリックは暫し沈黙し、ゆっくりと瞼を閉じた。


「……第二詩篇(エレム・セラフィカ)の顕現は、“神の眼”により教団も把握しています。ですが、詳細を聞かせてください。何が起こり、何に触れたのか――」


 三人は視線を交わし、頷いた。


「……闇の祠に触れたとき、アムルは“呼ばれた”んです。祠の前に黒い霧が現れて」


 パンドラが口火を切り、アムルに視線を遣る。

 アムルが頷き、言葉を継いだ。


「闇の神、ノクティリカに呼ばれたんです。そして――」


 ノクティリカの「問い」、自らの内面にある「選ばれたこと」への不安、祈ることしか知らなかった自分が、ようやく「選ぶ」覚悟を得たこと――


 ピエリックは一切口を挟まず、ただ静かに聴いていた。

 ロイクが補足する。


「祈りの回廊は、ただの儀式空間じゃなかったんです。問いに向き合った“証”が、神詩となって浮かび上がってきて」


 パンドラが続けた。


第二詩篇エレム・セラフィカは、神からの問いかけと、人からの応答で成り立っています。“問いを生きよ”――それが、わたしたちに与えられた詩篇です」


 ピエリックはゆっくりと目を瞬く。

 口にすることを少し、躊躇うように、ゆっくりと。


「……問いの詩篇」


「神を“信じる”だけでなく、“問い返す”覚悟の祈り――でした」


「神詩は教団では制御できない。だから封印された――んですよね?」


 パンドラの問い掛けに、ピエリックは静かに頷いた。

 そう。制御などできるわけがない。

 光と闇とが並び立つことさえ、現在の教団では異端とされる考えなのだから。


 その時、部屋の扉の外から、激しい足音が響いた。

 ピエリックが眉を寄せ、従者(ヴァレット)のフェルモが慌ただしく駆け込んできた。


「至聖導師さま! 議会が招集されました。“詩篇の解釈と教団の正統性”を巡っての、緊急動議です!」


 ピエリックは静かに立ち上がる。


「……動き始めましたね。私たちも、“問い”の答えを示す時です」


 そして三人を見て、言った。


「行きましょう。光も闇も祈りも、今、教団の中で“選び直される”」


 三人は顔を見合わせた。

 確かに詩篇を持ち帰った当事者ではあるが、果たして、部外者の自分たちが聖導師議会(サンクタ・アルコニス)に顔を出して良いものなのだろうか。

 戸惑う三人に、ピエリックは再度頷くと、その背を優しく押したのだった。




 大聖堂の上階、聖導師議会(サンクタ・アルコニス)の円卓には、既にほとんどの導師(アルコン)が揃っていた。

 議場は重苦しい空気に包まれている。

「第二詩篇顕現」の報が届いた時点で、教団は大いに揺れていた。


 だが、アムルたち三人が「円環の印章」と詩篇の一節を実際に持ち帰ったことで、その揺れは決壊寸前の動揺へと変わっていた。


「――民は戸惑っている。“問いを生きよ”などという詩篇が真実ならば、我らが信じてきた祈りとは何だったのだ! 信仰が崩れれば、秩序も崩れる!」

「神詩は神より賜るもの。人が“返す”とは、あまりに傲慢ではないか!」

「至聖導師ピエリックは、光と闇を同列に扱い、教義を曖昧にしつつある!」


 怒声に似た意見が飛び交い、秩序は崩れかけていた。

 その中で、導師(アルコン)ブノワは冷静な声で割って入る。


「詩篇は、神からの啓示であり、同時に“対話”の記録だと、私は理解しました。彼ら三人の報告は、それに値するものです」


 すると、保守派の一人――ガーランドが机を叩いた。


「ならば問おう! 三人の行動が正式な教団の命に基づいたものでない以上、我らはそれを()()()()()として処理すべきではないのか!」

「イアサントを、至聖導師(グランダルコン)に――秩序を回復すべきだ!」


 会場が騒然とする中、アムルたちが議場の扉から現れる。

 ピエリックに付き従い、静かに歩み出る三人。

 沈黙の波が、広がるように広間を包んだ。

 パンドラが口を開く。


「わたしたちは、祠に“命じられて”行ったのではありません。祈りの中に“問い”を見つけたから、それに向き合っただけです」


 ロイクがそれに続く。


「命令じゃない。“選んで”進んだんです。祈りの意味を、俺たちなりに確かめるために」


 そしてアムルが一歩、前に出て言った。


「わたしたちは、“祈りの形”を問う存在でありたい。“正しさ”を決める者ではありません。けれど、それによって誰かの祈りが封じられるというのなら――それは問い直す価値があると、わたしは思います」


 アムルは少しだけ、息を継ぎ、言葉を紡ぐ。


「祈りは、人の数だけあっていい。その在り方を、一つに定めることが、祈りを殺すのだと、わたしは――もう知ってしまったから」


 澄んだその声は、議場に響き、静かな余韻を残した。

 暫くは沈黙が続いた。

 誰も声を出すことができないで居た。


 やがて、一人の導師――観察導師(ノクティアルコン)がゆっくりと立ち上がった。


「……私は、彼らの祈りを“異端”とは呼ばない。むしろ今こそ、我々が忘れていた“祈りの根源”を、彼らに教えられたのだと、私は――恥を持って、認めたい」


 仮面を外し、誰も見たことの無い仮面の下を晒し、彼は言った。


 聖導師議会の裂け目は、ここに可視化された。

 信仰の再定義を巡る、闘争が始まったのだった――



 そして、三人の「証言」は正式に議事録に載せられた。

 それは後に、歴史的な意味を帯びることとなったのである。




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