第7話 光との対話
空気が澄み、音が消える。
まるで時が止まったように空気が澄み渡る。
しんとした静けさの中で、胸の奥が沈むように感じられる。
祭壇の石紋が微かに輝き始めた。
光は内側から溢れるようにして、白と金の混じった神秘的な色調を放つ。
それはまるで息をするかのように、柔らかに波打った。
空間の壁面や天窓からも、淡い光の粒がゆらゆらと降り注ぐ。
光は、粒子のようにふわりと漂い、三人を包み込む──
それは祝福であり、呼び掛けであり、優しくも厳かな 「神の視線」の顕現だった。
水音が密やかな鼓動へと変わり、やがて心臓の鼓動と共鳴するようになる。
遠くで囁く詩のように、まだ言葉とはなっていない神性の息遣いが、空間に流れ込む。
聖剣は淡く震え、光を反射する。
アムルの紋章が微かに波打ち、パンドラの胸に掲げた印は光を帯びて暖かくなる。
それは「神の問いが、祈りに共鳴し、応答している」――その証だった。
やがて、光の中心に「まなざし」は現れる。
形を持たないが、確かな慈愛と叱咤、望みと解放の両方を湛えた視線が、三人の胸奥を深く撫でる。
それは母のようでもあり、審判者のようでもあった。
全てを見透かしながら、なお信じようとする、透明な光の視線。
傷を理解し、問いを待ち、そして答えを信じている――
そんな〝神の意思〟が、そこにあった。
言葉として聞こえるのではない。
胸に届く感覚。心の奥に触れる響き。
「貴方たちの祈りは、届いている」
「問いは、私の中にもある」
――そんな意思が、音や気配や光として、静かに伝わってくる。
言葉にする必要など、無かった。
それは身体に、心に。
染み渡り、満ちる。
神性はやがて光をゆっくりと収束させ、神紋だけを淡く残す。
静まり返った中で、しかし「変化」はそこに確かに宿っていた。
三人の胸には、今までと異なる祈りと対話の感覚が、新しい種として芽吹いている。
ふと、今までは気付かなかった壁面の文字列が目に入った。
光は問いを映す鏡。
影を知る者にのみ、その真の輪郭を現す。
傷ある者よ、進め。
揺るがぬものなど、この世にはない。
それでもなお、照らすものを選べ。
汝が歩みが選びとなり、選びが祈りとなり、祈りが光となる。
そして、その光が誰かを導く。
たとえ、名を知られずとも――
「言葉にすると、こういうことなんだろうな」
ロイクが小さく囁くように、言う。
アムルが頷いた。
「でも、言葉にできないような、そんな濃密な視線だった」
「そうね。言葉にしたら、なんだか薄くなっちゃいそうな気がする」
パンドラも頷く。
三人は祠の沈黙を背にしたまま、互いの顔を見た。
問いは終わっていない――光の次には、影が待っている。
ロイクが、そっと祠の奥を振り返る。
「……光が問いを映すなら、影は、何を映すんだろうな」
アムルは、胸元の紋章に触れながら答える。
「影は、きっと……私たちの中にあるもの。まだ見ようとしていなかった、もうひとつの問いかもしれない」
パンドラは少しだけ瞼を伏せて、静かに言った。
「行かなくちゃね。今度は――闇の神ノクティリカのもとへ」
光の祠を出た三人の背に、僅かに風が吹く。
それはまるで、次の問いを促すように。
そして彼らは、沈黙を湛えた祠を後にする。
光を越えた先にある、もうひとつの神性――闇へと続く、祈りの旅が、今また始まる。