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抗うものたち ~彼女が魔王になった理由~  作者: 浮田葉子
第1章 生命の大樹の許で
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第1話 始まりの鐘が鳴る

 かつて世界を支配していた(いにしえ)の神である光の竜。

 その竜を討ち果たし、世界を解き放ったのが、

 至聖神ルミエルである。


 竜の亡骸からは、ひとつの樹が芽吹いた。

 その樹はルミエルにより、生命の大樹(ヴィヴァルボル)と名付けられる。


 大樹は天を()くほどに育ち、

 深く深く根を広げ、至る所に枝葉を伸ばした。


 そしてそれまで分かたれていた三つの世界を繋ぎ、

 新たな秩序と調和をもたらした。


 三つの世界とは、神々と高次霊魂の座である天界(レミナリア)

 人の生きる場所である現界(ミディアルド)

 そして死者の魂が眠る場所、冥界(ネクソム)である。


 生命の大樹(ヴィヴァルボル)のもと、

 人の魂は死を迎えるたびに冥界へ還り、

 浄化(プリガード)を受ける。


 生前に功徳(メリティ)を積んだ魂は、

 やがて高次霊魂として天界へ至ることを許される。

 人々は輪廻の果てに天へ昇ることを信じ、祈り、

 善を成して生きる。


「我々エクレシア・ヴィヴァルボルムは、

 魂が天界(レミナリア)へ至るための道標(みちしるべ)です」


 そう高らかに(うた)うのは至聖導師(グランダルコン)

 エクレシア・ヴィヴァルボルム。

 通称ヴィヴァ教団の最高指導者である。

 聖都アルセリア、生命の大樹(ヴィヴァルボル)

 根元に築かれた聖堂の壇上より、その声は空高く響く。


「苦しみ多き現界(ミディアルド)を生き抜き、

 やがて天界(レミナリア)へと至るため、

 今は功徳(メリティ)を積むのです。

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)の御心は、

 我らと共に在るのです」


 アルセリア聖堂前広場は、民衆の歓声に包まれた。

 祝福に響き渡る鐘の音を奪い去るように、

 ひときわ強い風が吹いた。


 その風は、聖堂前広場から少し離れた丘にある

 初等養成院―――通称学び舎(ヴィラリア)にも届いていた。


 風に煽られ、庭木が騒めき、

 白衣を纏った子供たちの帽子が、幾つも空へと舞い上がった。


 子供たちは笑いながら帽子を追い掛ける。

 その表情には僅かばかりの翳りさえ見当たらない。

 皆、誇らしげに見える。


 ここは学び舎(ヴィラリア)


 ヴィヴァ教団が見い出した(たぐ)(まれ)なる

 資質を持つ子供たちを集め、育てる場所。


 聖なる教育機関であり、未来の聖詠者(オラシエル)巫聖(ヴィララ)

 神徒(レオナール)、或いは白衣者(カンドレル)らを排出する学び舎でもある。


 いずれ高次霊魂への道を歩む者を目指し、

 子供らは日々祈りを捧げ、教えを学ぶ。


 この日、学び舎(ヴィラリア)では年に一度の

 神聖なる式典、祝福の儀(ベネディスコ)が執り行われていた。


 簡単に言うなら入学式だ。


 中庭、聖なる泉(エルネア)と呼ばれる泉の前。

 白衣を纏った子供たちは整列し、緊張と期待の

 面持ちで、静かにその時を待っていた。

 水面は空の青を映し、緩やかに波打っている。


 泉のほとりには厳かに立つ聖詠者(オラシエル)巫聖(ヴィララ)

 聖詠者(オラシエル)は祈りの歌を朗誦し始める。

 澄んだ歌声は清らかな水の流れのようで。

 子供たちはうっとりと聞き入っていた。


 巫聖(ヴィララ)は聖水を満たした銀の器を

 両手に掲げ、ゆっくりと子供たちのもとへ進み出る。

 子供たち一人ひとりの額に聖水を垂らし、

 その都度、祈りの言葉を口にする。


「天の道へと歩むを望む幼き魂に、

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)の祝福と導きを賜らん」


 冷たい水が額を伝い、落ちる。

 その瞬間、子供たちはそれぞれに何かを感じ取っていた。

 生命の大樹(ヴィヴァルボル)の葉が

 揺れる気配を感じ取る者も居た。


 そして高らかに鐘の音が響く。

 祝福の時を告げる学び舎(ヴィラリア)の鐘塔。

 その場の全員が跪き、聖なる泉(エルネア)に向かい、奉唱する。


「至聖神ルミエルの御名に於いて、

 功徳(メリティ)を積み、魂を清め、

 いつか天界(レミナリア)へと至らん」


 それは初めての誓いの言葉。

 祝福された導きの第一歩。


 聖なる始まり。




 儀式は終わり、あちこちで可愛らしい

 おしゃべりが始まっていた。


「わたし、パンドラ。王都(エラリオン)から来たの。あなたは?」


 ふわふわとした金髪に赤いリボンを

 つけた少女が、隣の少女に微笑みかける。


 その声は明るく、よく通る。

 そして双眸はエメラルドのようにきらきらと輝いていた。


(……きれいな緑)


 うっとりと見入ってしまって。

 少女は返事をするのをしばし忘れていた。


「ねえ、お名前、なあに?」


 再度問われ、亜麻色の髪の少女は慌てて口を開いた。


「アムル」

「素敵なお名前ね。ねえ、わたしたち、お友達になりましょうよ」


 真っ直ぐな言葉に、躊躇いのないきらめく笑顔。

 アムルは戸惑ったように紫色の目を瞬き、

 けれど花が綻ぶように笑った。


「もう、お友達でしょう?」

「わあ、よかった!」


 頬に両手を当てて、パンドラはとろけるように笑った。

 アムルも柔らかく邪気の無い、子供特有の笑顔を見せて。




 それが出逢い。

 そして、すべての始まりだった。



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