第五十四話 五大パステリー
円満解決。なんて誰もが望むハッピーエンドな展開を迎えるわけもなく、説教垂れる歳くいの教師陣の荒波を今度は真正面から受け止め、防衛壁のようにそれを食い止めたのは、我らが新担任、なんと皮肉にも御堂だった。
生徒の不祥事を全部受け止め、俺が叱正しておきますよと名乗り出て、無事に遼達は解放される形となった。特に停学といった処分者が生まれなかったのが幸いか。
遼はホッと胸を撫で下ろした。
二年に進級したばかりの初日、当然のように屋上は立ち入り禁止とテープが貼られ、教師達に名を売ったのは不味かっただろうか。
今度目を付けられる対象にされること、花の学園生活お先真っ暗だ。まるで先の見えないトンネルにいるかのような……。
因みに、今は午後二時過ぎの部活動に励む生徒の掛け声が聞こえる二年A組教室内だ。
静まり返った教室で佇む、もしくは着席しているメンバーは全部で五人。
遼、椿姫、御堂、梢、瀬央が空気を重く沈黙を続けていた。
そんな中、口火を切ったのは壁にもたれる御堂。
「はあ、全くお前らは」
頭が痛むといった様子で、眉間に皺を寄せ糺す姿勢を作っていた。
やはりよく思っていなかったらしい。まぁ当たり前か。
「……どっちが上かはっきりさせておこうと思ったんだよ。ウチはあんなので負けたつもりなんかないんだからな」
どうやら負けず嫌いでもあるようだった。特に反省の色も見受けられない。
瀬尾は続ける。
「能力の性質を知ったばかりの核と金っ娘になら容易く勝てると高をくくってたんだ。あと少しのところで」
「ちょ、ちょっと御堂。これはどういうことよ」
椿姫が呼び捨てで御堂に問う。
「なにがだ?」
わざわざ指摘するのも億劫になったらしく、目も瞑ったままだ。
いまさらではあるが、遼、椿姫、瀬央の以上三名は体操服に着替えてここにいる。今日の四限目、たまたま体育があったのに救われた。
まぁ家近いから関係ないけどさ。
多分、椿姫の言いたい事を理解したであろう遼は、椅子を背もたれにして、
「なにかって、俺達のことまだ狙ってんのかってことだろ」
「ああ、そのことか」
さも取り留めていないような口調で、
「現に欲してはいるな。手駒とまではいかんが、手中に加えておきたいらしい。女謎王の導く理に副ってな。だから誰も逆らう事はできん」
「どうして、はじめからムリって決め付けてんだよ。皆で力を合わせりゃ、」
「いえ、それこそ惰考なんですよ」
梢が間を割って入るように遮り、遼の代わりに二の句を告げる。
「女謎王は私達の所属する未来革命のトップに君臨すると同時に、五大パステリーの一つを所持して――」
あっと急に発言を止め、口を噤む梢。
「……その情報を与えるにはまだ早いぞ、梢」
「そう、ですね。すみません」
親子だというのに余所余所しく、まるで上司と部下のような関係だ。まぁ身内のことだろうし、指摘するのもなんだか気が引けるものの、空気を読まない遼は調子に乗ってさらにもたれる。
「おい、その五大パステリーってのはなんなのか教えてくれよ御堂先生」
都合のいいことに国語教諭でもある。
「……変わらんな、お前も」
「褒め言葉として受け取っておく」
謎力の情報に関しては多いに越した事はないからな。聞けるところで、聞ける範囲でずばずばいかなければ。要は積極性を持てっつうことだ。
「ふむ、他言はなしでよく聞け。謎力の中にも、能力によっては全く使えないものから、この世を戒める未知なる領域まであるのだ。その中でも一際目立ち最強を誇る能力、それを称して五大パステリーという名が付いた」
なるほどな。なんだか少しだがかっこいいぞ。それから五ということは五つ存在しているって捉えていいんだよな。
「末恐ろしいことに五大パステリー内で本気を出す者が現れると、悉皆において世界掌握が果たせてしまうということだ」
「……は?」
御堂の突拍子もない話の内容に、遼は素直に耳を疑った。
「なんだそれ。ただのチート級じゃねえか。んなもん相手に勝てんのかよ!」
「……さて、話が振り出しに戻ってきたわけだが、お前の言ってることは尤もだと思う。しかしそれが歯向かうことの許されない無敵の力なのだ。まともにやっては命がいくつあっても足りないだろう」
な、なんてこった。
先ほどとは打って変わって聞くんじゃなかったと驚愕の事実に絶望のふちに立たされる遼。
――しかし、自身こそがまだ稀を見ない未知の力、核なのだということを自覚し得ない立場にいるのだった。
「それならよ。いっそのこと、そのあんたんのとこの親玉に直接会わせてくれ。会って話がしたい」
「ふむ、妥当なところを突くな」
顎に手を当て考える素振りを取る御堂。
おおう、これは交渉の余地があるんじゃねえのか、と期待に胸を膨らませた矢先、
「だが無理だな」
ものの見事に一蹴、一刀両断される結末を迎えた。人生そんなに甘くはないってか。教訓にできないこともない。
「勘違いはするな。今はまだその時じゃないから会えないといってるんだ。きっと時が満ちれば会ってくれるだろう」
先生がおいたをした生徒をあやすような態度で接してくるも、まんまこの状況じゃねえかよ。ったく、それが適うのは一体いつになることやら。
緊迫した状況、とまではいかないが謎力の話題で持ちきりの最中に、ガラガラッとドアを開けよく見知った人物が入ってきた。
「――あれえ、みんな勢揃いしちゃってどうしたの? 秘密の会議?」
幼い声で、的を射てるようで少しずれた視線を捉えた女の子、
「紫依。どうしてここに?」
「どうしてって体操服忘れちゃってさあ。持って帰って洗濯機にゴール決めないと汚いじゃん? 紫依ちゃんはそう思ったのよ」
今の集いなど関係ないようにとことこと歩を進め、自席に掛けられていた袋を持って、すぐさま退室しようとする。
「それじゃ、鍵閉めよろしくね」
「――待て、天夜織」
苗字の方でそう呼んで、駆け出そうとする紫依を呼び止めたのは、クラスメイトでもましてや梢でもなく、
「お前には話しておきたいことがある。少し時間をくれ」
――あの御堂だった。
一番予想から外れそうなものなのに……ハッ、まさかロリコン!? 梢の時から思っていたが、さらに疑惑が濃厚に……
「お前には一発ぶん殴っておきたいと前々から思っていたんだが、それを今果たしてやってもいいか?」
「あれっ!? 心の中で思っていたはずなのにまた声に出てたのか!?」
顔にこそ出さないものの、指をパキッポキッと鳴らし、臨戦態勢に入ろうとする御堂を前にして、
「すっ、すみません。口が勝手に言っただけなんデス! 言葉の綾というやつでして、次からは暗々裏に別の場所にて、」
「分かった、もういい。口を噤め。……天夜織よ。心して聞けと言ってもお前には俺が何を言ってるのか理解が及ばないだろうが、とりあえず耳を傾けるだけしてくれ」
「うん」
先生相手に本当にうんと頷く委員長。
「お前自身には火を放出させる異能力『火のパステリー』の力が宿っているんだ」
「……ほぇ?」
御堂のあくまで紳士なる打ち明けに、キョトンと目を丸くして首を傾ける紫依。長く空いた時間が経過した。
「ちょっ、それマジなのか?」
食いついたのはほかでもない遼だった。
いやだって黙っていても皆ガン無視を決め込みそうだったし、それでも十分びっくらこく内容に値するわけだから、この反応を示したって損になることはないだろう。
「ああ、事実だ」
真剣な顔できっぱりと断言してみせた。まぁ御堂のことだから絶対に嘘は言いそうにないしなぁ。
「このクラス、というかこの学校。謎力の人多すぎでしょ」
今更ながら椿姫も発言権を行使し参加した。
「そうだな、しかし。火を司る者天夜織紫依。全てを見通す女謎王の発言がなければ俺でさえ解らなかった。微弱ではあるが常に全身からは熱のオーラを放ち、」
「あっ、そういうことか。なるほどな」
己を過信しゆっくりと語る御堂の話を遮って、やっと合点がいったと筒に詰まった汚れがまとめて綺麗に落とせたような、勇躍にも遼は表情を変えた。
「紫依が近くにいるとなんだかいつも以上に眠気に誘われてな。陽気らしき感覚に浸ってたんだが、きっと紫依が火のパステリーだという根拠になるぞ」
「だからさっきから言ってるだろ」
「だからさっきから話についていけないよっ」
似たりよったりの台詞を吐いて、なぜか紫依が額に怒りマークを浮かべているように見えた。
「火のカステラだかパインゼリーなんだかは知らないけど、紫依ちゃんは火なんて大っ嫌いなんだから、こ、怖くなんてないんだからっ!」
どうやら紫依は火が嫌いで怖いようだ。そんな奴が火のパステリーだって? なんだか矛盾が生じてるな。
「結局よく解らなかったけど、紫依ちゃんは本当にもう行くから。じゃあね!」
教室から出るまですごい感覚でムーンウォークをしていたように見えた。いや、見えたんだから実際にしてたんだろう。ある意味一つの取り柄なのかもな。それとすごい拒絶反応だったが、これいかに。
「『火炎熱恐怖症』か。厄介なものを体にしょってるな」
期待を裏切らない御堂は、またも聞いたことのない単語を口から飛び出させた。
MHP3にはまった結果がこれだよ!!