第五十一話 瀬央揺寒
「こんなサビれてカビれたトイレなんざホームレスだって鼻をつまんで逃げ出すことだろうよ。つまり誰も来ない。いざ尋常に手紙を……」
ポケットからスーッと取り出し、両手で掲げて笑顔を湛える。
緊張の一瞬みたく鼓動が鳴り止まない。
「――オープン!」
掛け声に合わせて封を開け、中身をバッと開く。その便箋には丸っこい字体でこのように綴られていた。
『放課後、屋上に来い。瀬央揺寒』
……んっ? なんだ、これはラブレターなのか?
浮かれ気分から一転、トンチ使い一休に負けず劣らずで思考を巡らせる。
(瀬央って、まさかの転校生だよな。なんでそんな奴が俺に……ハッ、まさか一目惚れ!? いやいや、そんなの自意識過剰として正当化されそうなもんだ、早とちりはいけない。この線を一旦捨てるとすれば……まっかーさー!)
遼は一つの結論に辿り着く。
(放課後、屋上に来いって、ひと気のないところ……これは右から読んでも左から読んでもついでに後ろから読んでもタイマンを張り合おうぜっていう言葉の意図が隠されてんじゃないのか? おい)
相変わらず手紙の両端を押さえているもんだから当然端は握力によって潰れ、微妙に書かれていた字を見落とすこともあったようで、気付いたのは近くまで迫ってきていたクモをしっしと掃った直後のことだった。
「一体あいつは俺に何を読み取ってほしいのか……あ、まだなんか書かれてんな。なになに……」
『追伸:椿姫も一緒に連れて来い』
……ほわい。どんちゅみーなう?(英語は自慢じゃないが十五点)。
余計解らん。さっぱり解らん。我解せぬってやつだ。なんだかかなりややこしくなった気がするぞ。ただ一つだけ核心を持てることがはっきりもくっきりもした。
(どうやらこれは俺が望むような'ラブレター'なる男の境地ではなかったようだ。ホント、正直なところ残念だ)
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休みという名の休息を控えた前日、四月八日金曜日。
今週いっぱいは短縮ということもあり早々(そうそう)に帰路に着くことができるわけだが、今週の平日があと一日しかないと無駄なジレンマを抱く遼は四限体育のバレー中、瀬央の方に目をやっていた。
クラスも同じなんだから面と面を向かって言やあいいのに、回りくどい手紙と投入したのには何らかの理由があったのだろうか。椿姫と一緒のあたりよもや謎力のこと以外ではないだろうが、果たしてってか。
「遼ー! ボール言ったぞー!」
「ん、ああ! そぉれっ!」
雑念を振り払い、ジャンプするのと同時に力強くバレーボールを捉え、相手ゾーンに叩き落す。
「わぁ遼すご~い」
黄色い歓声、というかは体育館壁にもたれる女子達の中で梨璃雪が応援のエールを送ってくれていた。
……こういうのも悪くないな。
四十分帯ということもあり早々(はやばや)と今日の授業を終えるチャイムが鳴った。
女子は更衣室、男子はクラスで着替えを済まし、教室にて御堂を担任に置きHRが始まるもあっという間に終わりを迎えた。
特別大したことも言ってなかったし新クラス委員長(去年と変わらずだが)の号令に合わせ、まるで足枷をはずした囚人のように颯爽とクラスメイト達が去っていく。
(人の気も知らずにお気楽なもんだ。まぁさして人のことが言える立派な立場にいるわけでもねえけど)
「ん~っ、つっかれたぁね!」
伸びをしながら最優秀成績者がそんなことを口走った。
(駄目だ。もはや俺に対する嫌味にしか聞こえねえ)
「おっひるごはんをたべましょ~♪」
どこからかオンチを遥かに超越した崩壊のメロディが聞こえてくるも、遼は頭を振って無視することに決める。しかし瀬央の書いた文章を思い出すと、やはりそうはいかず否定とあくせくしつつ、億劫に感じながらも陽気な椿姫を呼び止めた。
「椿姫、ちょっといいか」
「えっご飯? そうねー、あたしはエビチリをご所望するわ」
「いや……」
どこでどう変換されたのかは解らないが、遼は一言も飯なる単語を出しちゃいないし、椿姫にいい耳鼻科があるよ! とつい紹介しそうになるも、背中をタックルされた衝撃で言い掛けた言葉を呑み込んだ。
「あっと、ごめんごめんご! 教室走り回ってぶつかっちゃった」
頭にVという奇怪な物体を乗せた紫依だった。次から次へと現れやがって……というか、それ委員長に有るまじき行いじゃないか?
「ええい全部ひっくるめて言語道断! もういい、椿姫、強制連行だ!」
「キャッ、な、なに?」
溜めていた語彙を一気に吐き捨て、冷静にも既に教室に瀬央の奴がいないことを確認してから、歩みを強め屋上へと向かう。その際、飯と唸る椿姫に対して簡明に、省く内容を省き理由を口頭で説明してやる。
「なんかまた変なことに巻き込まれたの?」と怪訝に顔を向けられたが、そんなの知ったこっちゃない(二つの意味で)。
詳細は屋上を陣取る奴が事細かに語ってくれるだろうと、何ヶ月かぶりの屋上へ遼と椿姫は足を踏み入れた。
久しぶりに訪れた屋上はいつもどおりに閑散として、貯水庫から反射した日光がコンクリいっぱいに照りつける。空に近い位置からの昼下がり、奥のフェンスに手を掛けてじっと鮮やかな町並みを見下ろしていたであろう瀬央がゆっくりと振り返り、遼達に向き合った。
「――来たか。金のパステリーを持つ者。それと核」
「……やっぱりソレについてのことか」
遼が残念そうに呟く。だが十分に聞こえる大きさだったようで、
「ソレのことしかないに決まってるだろ。ナニと勘違いしてたんだ」
「ナニ……ラ、ラブレ、あっちがっ、口が勝手に!」
問われるに対して直言。後ろから椿姫が唾棄を灯すような声で、
「遼、それって朝の……」
「何? 投入してた手紙をラブレターと勘違い? ハッ、ばっかじゃねーの。核、由々しき低知能だな」
嘲笑うかのように口元を歪める瀬央。
有るまじき! 女の子に有るまじき暴言と表情作り!
「確かに俺はテストじゃビリから数えた方がはええけど、そこまでいうことねえじゃねえか! 前言撤回しろ!」
自身の抑止も間に合わず、稚拙にも言い返してしまう。そんな様子を横目で流し、些事を相手にするように瀬央は、
「ウチは所属するメンバーの中じゃ中に満たない発言権しかない。だが、強さを実力で表せば絶対の自信を持ってる!」
そう言って手を宙に掲げる瀬央は続ける。
「一戦交えてみるか? 核が勝てばお前の要望どおり前言撤回を施してやんよ」
「遼! 口車に乗せられないでよ。あんなのただの虚仮威しにしか過ぎないんだから、相手にする必要なんてないわ。そんなことより早く帰ってランチを食べに、」
「よーしやってやろうじゃねーか。もう泣いたって許してやんないんだからな。俺に戦いを挑んできたことを後悔させてやる!」
「どこの悪役の台詞よ、それ……」
呆れたように溜息を吐く椿姫はその場に座り込み、目の前にいる遼は相手と対峙、瀬央は目を細めて叫んだ。
「天地司る自然の恩恵よ。今此処にその力を示せ! 水世界!」
言霊めいたことを叫ぶのと同時に掲げていた手から溢れるように水が湧き出てくる。
「んなっ!」
思わず仰け反る遼。
その様子はまるで噴水か、海からの間欠泉までも彷彿とさせる。
――こうして瀬央揺寒との戦いの火蓋が切られたのだった。
モンハンの予約に出遅れて12月1日に手に入らないぜ! うわぁぁあぁぁあん。
と泣き叫ぶ俺が51話を更新しに通りますよ。やっとバトル入りました。結構瀬央好きです。