第四十三話 新クラス
眠りの世界へ誘おうとする校長の子守唄の様な話に加え、体育館の室内温度はそりゃあもう麗らかなものだった。
教室に戻ってきた今でも、よく睡魔に打ち勝てたなと自分自身に賛美一例の慈しみを与えてやりたいくらいだ。
まぁ、んなことやってるゆとりがあったらつっぷくした机の上でさっさと脳内環境を花いっぱいに埋め尽くしてやるけども。
現に今、そういう姿勢で過ごしているし。
初っ端の始業式からこんなダッルーなオーラを放出させていたら新クラスメイトにも、未だ姿を現さない新担任にも迷惑千万だろうか。
そんなもんしったこっちゃないぜ! などと声を荒げた日にはどっかから罵声の一言でも飛んできそうなもんだが。
……今日は昼で終わり。
僅か三分で帰路に着いたらあいつから飯の催促を受けること確定事項、目に見えている。
学校へ登校する準備をしていたら物音で目が覚めたのか『今日始業式? どうでもいいわよそんな事。それより、あ・さ・め・し』と甘なで声ならまだしも、寝起きの唸り声染みたもんだから最悪だ。
ガッカリだよ、非常に。
寝起きの女、全員が全員こうではないと信じたい。
夢が崩壊の鎮魂歌を奏でそうだからな。
全く持って頭が擡げることこの上ない。
「はぁぁ~」
「んっ、どうしたよ遼。重苦しい溜息なんか吐いてよ」
「いやな、なぜいつの時代も歳を重ねた老躯や長の付く人間の話はこんなにも長えんだろうと思案に暮れてたんだよ。十秒くらい」
「短いなおいっ。まぁ遼の言うことには一理あるのも確かだ。俺なんてグースカ眠り呆けてたぜ」
「……知ってる」
なんてったって十番も前の遼の位置にまでいびきが聞こえてきたんだからな。
ホント周囲のことを考えない奴だ。
眉を顰めて怪訝そうにしわを増やしていた教師陣を見なかったわけじゃねえだろ。
あ、でも寝てたのか。
「ガッハッハ。おかげで脳内に活性化の兆しが十分に見えたぜ。昨晩はリアルタイムに見逃せないアニメがやっていて、寝不足に目を充血のクマ作りに励んでいたんだからな! 四月は新アニメが豊富で困っちまうぜ」
「どうでもいいことばかりペラペラと……おっともとい。そら良かったな。実にめでたいことだろうよ」
危ない危ない。
自称持病である『思考言病』のせいで危うく本音をぶちまけてやるところだった。
つか、机に伏せたまま耳を傾けてんだから当然顔なんて見えないし、寧ろ無駄に引き締まった腹筋が目の前にあって暑苦しいんだよ。
それといつも言ってやってるがいい加減シャツ着てこいよっ。
「ああ、走りこみに行って迸る汗をそこらに撒き散らせてやりたいな……」
ただでさえムサいのにより燃焼に励もうと、その場で屈伸をおっぱじめた鳥羽兎貴。
おいバカやめろ!
こんなとこでやんなし……ふっふじゃねえよ!
「お、おい」
「わぁ、遼~。また同じクラスになれたね~!」
鳥羽に文句の五つでもたれてやろうとしたところで頭部側から声が掛かり、顔だけ逆に向け体勢維持を図った。
この力が抜けそうになる声色と独特的な喋り方をする人物に、遼は思い当たる節が一人しかいないことを即座に導き出した。
名前は後付してやるとして、彼女の特徴といったらやはり、人目を引く――ッ!?
……暫し机の上に伏したまま硬直する遼。
そんな遼の視線のすぐ間近には、ボーンッと擬音が表示されてもおかしくない、
「きょ、巨乳……」
「んー? なぁに?」
「えっ、あっ、ハッ!?」
ババッと体勢を立て直すべく、遼は無理矢理にでも身を引き起こし、わざとらしく咳払いを加える。
「な、なんでもない……の逆」
「ん~?」
女の子は理解が追い付いてない様子で首を傾げるだけだった。
…………ふぅ。
誤魔化すことには成功した、か。
――さて、ここで続きといこう。
人目を引くの件からだったか。
んん、まぁそこはさっきもついうっかり口に出してしまった通りの語句『巨乳』だ。
例えがわりいがこぶとり爺さんのこぶを彷彿とさせるほどの揺れっぷりを見せるシンメトリーに成長しきった造形美。
もしかしたらまだちょっとした片鱗を残しているかもしれないのだが、あえてノーコメント。
許すまじき思考に侵されちゃ自身の歯止めが利かなくなりそうだからな。
んじゃ、ネタバレタイムを設けることにしよう。
チャームポイントである大きな胸、ではなく大きなリボンを頭に装備しているこの子の名は、椎名梨璃雪。
典型的天然記念人物指定。
「それはそうと、また同じクラスになるとは、だな。鳥羽だってそうだしよっ」
遼は腹筋途中の鳥羽に平手打ちをかます。
結構いい音がなったはずなのだが、
「おおう。俺の強靭なる肉体に手触りを試したくなったのか? はっはっは、ハグまでならしてやってもいいぞ。基本男女関係なしに来る者は拒まずだからな!」
「聞いてねえし言ってねえから! 平手如きでそこまで会話の枠を広げようとすんな、ったく」
相も変わらずの腹筋を止めた鳥羽が次にしでかしたのは、足踏みだった。しかもその場足踏み。
全体止まれ改め鳥羽止まれと言えば止まってくれんのか? 古今東西無性に疑問だけが募る。
迷惑極まりないとはこいつを指す言葉に違いない。
「ふっふっ、その場走りこみは地味に堪えるぜっ!」
……訂正しよう。実にどうでもいいことに、その場足踏みではなく、その場走りこみであったと。
「くらーっ! 暴れるなこのオタきんー!」
「うおっ、何だ?」
ポカポカポカ。
決して温まってるわけではないのでご注意を。
その場しのぎみたいなニュアンスに聞こえなくもないその場走りこみは、新クラスメイトの、じゃねえな。
旧クラスメイトである、天夜織紫依。
通称C員長によってみぜん手遅れで防がれた。
鳥羽の巨体さに比べれば身長百四十五センチ近くは赤子も同然か。
鳥羽の腰付近を叩くC員長は、物理的に全く利いてないことに気付くと、少し歩数をとってから、駆け出しドロップキックを綺麗にかました。
「そりゃーっ!」
「うぃっ?!」
向き直った鳥羽の息子にクリティカルしたようなしてないような、とにかく金のつく音が聞こえてしまったのは紛れもない事実。
ここはお前に黙祷を捧げてやることにするよ。
勘違いしてもらっちゃ困るがあくまで慈悲の心でな。南無。
いやー、初めの方って自分でも吃驚するくらいすらすらーっと書けるんですよね!
今中間越えたあたりまで書いてますけど、ブランクというかなんというかすごくグダグダな感じが否めなくて泣いてます、うるうる(意中あたりで)。
初めに戻りたいー!