第四十話 金
「力吸収拡張形のまとまり『力全横』。使いこなせぬ現段階といえど最強を誇る技といえる。ゆけ! 終止符を打つべく放出の念を駆り立てるのだ!」
「はい。行きますっ!」
力を込めた掛け声を発生し小走り、ダッシュへと変え、梢は向かう。
椿姫の懐めがけて。
駄目だ!
遼は内心緊迫する今を辟易し、口を開け動かそうとし止まる。
なんだ、なんて言えばいい。
まともに喋れない今簡明に述べる語句は……。
椿姫も恒常のピンチに下手な構えをとってはいるが、絶対にただじゃすまない。
吹っ飛ばされ宙を舞い地に落ちる椿姫の姿が目に浮かんで消えない。
回避方法なし、窮地を脱することは出来ないのか……!
「金のパステリーには……二つの意味がある」
「!?」
椿姫のふとした発言に思考が巡る。
思案が舞う。
そういえば御堂が言っていた。
金のパステリーに二つの意味だと?
金は金だ。別に他の意味など……いや待て、意味も兼ね合いつつ別の呼称があったはずだ。
金でないとすればそう『金』!
一文字で金と表せれる。
しかし一つの言葉に二つの能力の併用が可能なのだろうか。
……解らん。
んなもん解るわけねぇ、ねえんなら確かめてやればいい。
椿姫に、それを実行させること。
やるしかねえんだ!
「金! き、ん、だ! ねがぃ……よびだぜっ!」
擦れた喉から絞り出し、大事な語句を発してやる。
動けない状態で示すはここまでが限界だが伝わってくれるか。
振り向き際に椿姫は意図が知れたように微笑み、目を閉じ黙想を試みた。
伝達がうまくあったのかは意思疎通の術がないため解らない。
しかし、椿姫を見ていれば会話せずとも解る。
遼にかけたあの笑みは、「遼の言いたいことちゃんと伝わったよ」のそれに違いない。
だから大丈夫、安心して椿姫を見守ってやれる。
遼と椿姫が信頼しあっている限り――
駆ける梢は椿姫の懐に入る手前、軸足で地を削り踏み、拳を引き構え、跳んだ。
完全に椿姫を捉えきって。その刹那。
「…………!」
光に満ちた梢の腕よりもさらなる金光りを魅せる、姿見程の大きさで陣取る金。金だ。
椿姫の前にずっしりと地を揺らし、金が出現しやがった!
うまく視界になり姿が見えない梢だが、キィ――――ンと耳を劈く金切り声改め金切り音を空き地内にこだまさせた。
つまりは十分巨大な金の塊に拳を当てたことにより、耳を劈く接触音を生じさせたというわけだ。
金を生み出す力を人はこう呼ぶだろう。
奇跡の力。もしくは錬金術と。
確かに何の条件もなくTPO関係なしで出せたらそれはもう文句なしでれっきとした幸を降り注ぐ力だろう。
だが違うんだよ。
異なるんだ。
力の条件として別の場所から奪わなければ手元には何も残らない。
いかんせん理不尽な能力の使いようとは悪そのものだが、今回の場合と照らし合わせるとこの金はどこから沸いて出た?
能力自体何百メートルまでの距離は効果覿面としても、キロがついちまうともはやチート級だ。
それはないと勝手に確信が持てるものの、条件が当て嵌まる場所といったら、脳内を隅々から往来したとして地中深くの言葉しか出て来ない。ふむ。
金塊が近所の家にあります等は前代未聞だしまず有り得ない。
そんなもの、探求し巡り歩いたとしても見つかりっこねえ。
結論を言わずとも、解るだろ?
そしてもう一つ。
「止めきれなかった……だと……?」
声のとおりもよくなってきた、若干身体も麻痺が解け動かせる。
それと止めきれなかったという言い方では御幣があるな。
正確には拮抗態勢時の継続、梢による本気のストレートを防ぐことは出来た、だがまだ終わりではなく攻撃は続いている。
金塊はキィーンと音を響かせ、梢は金の中心に拳を減り込ませ振動を呼ぶ。
金を呼び込んだ椿姫は両手を翳し、金色に包み力を送っているようだった。
「んっ、く……」
思ったよりも厳しく顔を歪めて身体が震え出した。
椿姫自身に連応するが如く金塊の真ん中に出っ張りが浮き出てきて、固めた拳の形だというのに気付くのにはそう時間は掛からなかった。
「まさか、金を突き破ろうっていうの!」
集中が途切れたせいでもないだろうが、凹み形を変形させるにつれ、部位によっては亀裂が入り今にでも崩壊の音を上げるのではないかと危惧出来るまでに至った。
「金を素手で突き破るなんて有り得ない……もう、どうしようもないじゃない……」
「まさか、お前らが金の存在に気付くとは思わなかったが、ここまでのようだな。はじめ焦りが生じたのも確かだが、所詮は金、金。絶対的力には勝てやしない!」
「そんなこと……」
御堂の台詞に動揺を隠せない椿姫は警鐘を鳴らす自身に否定の拍車をかけ、感情の抑制が出来ずにいた。
「うっ」
仇となり響く表情が苦を覚え、次の瞬間。
キィィィィ――ン!
割れた衝動により、地に周囲に、空に渡り劈く。
それがはっきりと耳を捉え逃さず鼓膜に襲い狂う。
一瞬にして状況は悪化、立場がまたも逆戻りと背から倒れようとする無防備な椿姫に、勢いを残したまま梢の拳が狙い定める。
「すみませんが、気絶しててもらいます」
梢の声が降りかかり、椿姫が思いっきり目を瞑る。
イエス! 四十話を迎えることができました!
シンプルにも、金、です。読み方はさてどちらでも。