第三十八話 核
「……梢よ。まさか同情の余地を与え手を抜いたのではあるまいな」
「い、いいえっ」
御堂の静かなる険相に平に否定する梢。
「確かに初めの内は余念を抱き控えめに対応していましたが、反抗的態度をとる以降本気で倒しにかかりました。一般人なら最低でも気絶には至るくらいに」
「…………ふむ」
椿姫の横に立つ御堂は顎元に手を添え考える素振りをした。
「もう一度、奴に対し力を使え。もちろん全力でな」
「っはい」
何に対してか納得したように走り出す右手の上に左手を添える梢は両目を瞑り、まるで、右手に力を一点集中している姿を彷彿とさせる。
こいつら、人を不死身の生命体みたいな目で見やがって。
そいつ、梢のストレートや拳の連発は強力だったさ。
現に今すぐにでも失神しそうだ。ぐっ。
遼は口にこびりついた血を拭い血線を残した。
そして梢と同様に両目を閉ざし――特にどうといった体勢もポーズも構えない。
ただじっと黙って立つだけ。
敵から見れば意図の測れない遼には気付かず、モワッと砂煙を舞い上がらせ消える梢は行きます等の挨拶抜きで、棒立ちする無防備な背中の背後に立ち目にも止まらぬ早業で拳を繰り出す。
基本目にも止まらぬ速さという表現は幾分かオーバーなものだと思う。
ましてや、それがパンチというのなら尚更、それを実現する梢なんて事実人間の域を超えている。
ならば変幻満とする梢の出した握り拳下腕首を即座に振り返り掴む遼はどの立ち居地に存在するのか、未だ知る由もない。
「……ふぅ」
一瞬の出来事に一番驚き息を吐くゆとりを得る遼。
「な、なんで私の力が…………」
手首を掴まれ、二の句も告げなくなる梢と無言の遼を観察でもしていたのか、不敵に笑う御堂は「解ったぞ」とやっと理解が追いついたように、
「梢。そいつは俺たちが最優先として捜し求めていた核だ! やっと合点がいった。これで全ての辻褄が合う」
「核? なんだよそれ」と遼が言った。
当然考えることなく。
「この人が核……? 説明してあげるから、掴んでいる手を放してください」
「あ、あぁ……いや待て、なら先に椿姫を渡せ。そうしたら放してやる」
状況、状態に便乗するように交換条件を提案すると、あっさり御堂は承諾した。
「構わん。風向きの変わった我々にとって対象は分離化したからな」
行けと御堂の言葉に躊躇いを持ちつつ、決心した椿姫は小走りでこちらに駆け寄ってきた。
同時に梢の今にも折れそうな細い腕首を放してやり、反対に梢は御堂の元へと戻る。
互いに初期の体勢を取り戻すが、異なったのは段階だ。
椿姫は金のパステリーを持っていたらしく、遼は詳細不明にも核。
梢は力のパステリーをひけらかし、御堂に至っては傍観者気取りのためノータッチ。
このままお開きにでもしたかったが、目先の願いを渇望するところで叶うはずもなく、
「約束通り核とは何かを教えてあげます」
律儀な梢に感謝する。
いやなんとなくな。
「謎力の説明は不要でもいいでしょう。ですから本題第一に、核とは謎力の源。核が存命していることで私たち謎力は存在すると同時に生命を保持出来る。力を使うことが出来る。そうとされています」
「てことは正確には解らないんだな」
「そうなりますね。未だ研究の過程を踏んだところです。そもそも私自身が謎力の核なんていないと思っていましたし」
「まるで迷信だなって、ちょっと待てよ」
気になる疑問の浮上に放って置くことを遼はしない。
「御堂だっけか。どうして一目見て俺を核だと判断出来たんだ?」
「一目見て、ではないだろうに。していうなれば、力。それと血液判定か。まず前者の力だが、お前のは特殊なものだった。無論指し示すための根拠くらいはある。謎力の力とは自分のみに幸福を齎す異能力。金を出したり、力をつけたりと様々だが、その力の代償として他のどこかから、もしくは他人から奪うのと動議である。しかし謎力の慣わしに反する力、未来革命のトップとして君臨する女謎王は言った。敵の能力の発動と像いに放たれる同等の力。要するに技の発動にチェーンして同じ力を返しプラマイ零の無に帰させる力。能力相殺を使用出来る奴こそ核だとご教授頂いたのだ」
「そ、そんなこと俺に出来るわけないだろ」
頑なに否定する遼だが、そんなことはお構いなしにと、
「梢に聞けば解る。力の打ち消しが実際に起きたかをな」
「大丈夫です、耳に届いてましたので。実際のところ初めは理解が追いつきませんでしたけど、今なら言えます。力を使うと違和感を感じ取り気にはなりましたが止めず続行、遼さんの背後に回って攻撃した直後、力はなくなっていきました。つまりチェーンがされたのはその時です」
長々と語るは結論に至り、御堂の予想は確信へと変わった。
しかしまだだ。
後付のようだが、後者の血液の話が残ってる。
「血液か。ふん、簡単なことだ。お前の血痕から検査機を使用し、核に見られる型を割り出したまでだ。因みに教えておいてやるとC型に確定する」
そんな、いつの間に! と愚問をかましたりはしない。
なぜって、こいつは無駄に暇そうに高みの見物をしていただけだからな。
血痕を採取する時間などいくらでもあったはずだ。
「これで証明が済んだだろう。お前は正真正銘の謎力核。我々が最も捜し求めていた存在。そして」
「――解っている。人間じゃないと言いたいんだろう。勝手に言っとけよ、俺達がそれを否定し続けてやればいいだけの話だ」
もちろんだが、達とは椿姫のことも含めている。
だが御堂は一変して穏便な態度を示す。
「いや、人間か否か等は些細な問題にすぎんだろう。実をいうと、正直どっちでもいいのだ、初めからな。それよりも今は一つ出雲に提案することがある」
「……なんだ? どうせ今度は我々と手を組んで一緒に来てほしい。あぁもちろん金子椿姫も連れてな、とでも言うんだろう。こっちからお断りだ!」
「そうか。いい返事を期待してたんだがな。残念だ」
どうやら図星だったみたいで、ピンポイントで真をついたまではいいが、いつの間にか話は緩急にも進み始めていた。
「ならば無理矢理にでも連行させるまで、観念という言葉を照応してもらおうか。梢! 再びお前の力を見せてやれ」
「え……でもさっき防がれて……」
「よく考えてもみろ。奴は先ほど初めて自分が核であることを悟った ばかりなんだぞ。力のコントロールが出来るとは到底思えん。そうだろ」
「……そうかもしれませんね」
思い悩む梢は勧告を受け入れ、物腰柔らかく、再度まみえることを決意し凛と構えた。
戦いもついに終わりが見えてきました。
いつ終わるのか知りませんけどね!