第三十六話 力のパステリー
タバコを咥えたまま積まれた土管に腰掛け、傍観者を気取って足を組み手を重ねた。
「ええ、分相応に対峙することにします」
珠玉に頬を染め、主眼を光らせる梢はあからさまに敵意のこもった拳を形作り、
「……行きますっ!」
右足を押し出し飛び、左足を使いブレーキをかけ、方向からして右ストレートが顔面、顎元へと狙いを定めた。
「……ッ!?」
反射的に左手で受け止めガード、さらなる左ブローの追撃に空いた左掌で掴み取る。
抑えきった感触共々に軽く、年下のしかも女の子の攻撃に俄然己の雄志を見出し、なんだ大したことないじゃないかと内心ホッと安堵に走る。
舐めて掛かるとは正にこのことで、まだ見ぬ力を発揮される前に畳み掛けようと試みた。
ええいと梢は握る手を振り払い、半歩程後方に下がりふーんと納得したように干潮の気配を垣間見せた。
「やはり無力のままじゃ全くといっていいほど通用しませんね。当然ですけど」
「そりゃあな」
遼は舐められたもんだと相槌を打ち、パキッポキッと指を鳴らした。
「女の子相手に気張るのは乗り気じゃないが、軽くのさせてもらう」
「……舐められてるのはむしろ私の方ですね」
可愛く苦笑する梢に一瞬ながらも目を奪われたのは黒歴史、黙っておくとしてもついつい口が動いてしまうのが遼クオリティ。
いわばポテンシャルと置換してもなんら臆面がない。
「か、かわ」
「?」
クエスチョンマークを頭上に浮かべ、ついでに屈託ない表情も浮かべる梢に対して遼は、遼は、
「河合さん家の裏で何やってるんだろうね?」
顔から火が吹き出そうだ。
「……………………」
ポカーンと切実感じとらんとした梢。
まるであっけらかんにとられてるようって、とられてんじゃないのか、これ。畜生!
「ぷっ、あはははははっ」
遼が頭部を押さえ悶絶絶え絶えしく噛み締めようとする直前、意図が計れず梢が流暢に嗜む話し方とは別に、素で笑い声を上げた。
おお? なんかうけてる?
これが遼を陥れる為の智略だと思考を凝らすのは放棄択一(考える暇も無く)で、生温くなった空気に包まれ地味に表情を綻ばす遼。
はたから見守る椿姫は当然の無言を貫き、「……」。
伯父はアホらしく大口を開けたまま、息だけをする沈黙者。
そんな中での御堂は傍観者をキープ。
梢はオレンジ色の髪を棚引かせ、薄い生地のスカートを揺らす。
「面白い人ですね。久しぶりに笑っちゃいました」
ただ純粋に無垢なまま喋る梢からは、なぜか敵意が微塵にも感じられなかった。
もしかしてこの梢という子も無理強いのため悪役的立場を演じているだけなんじゃ。
自分からは言い出せず溜め込み続けた結果仇となり、皮肉にも悪徳の種を植え付けられてしまった。
この子を見てるとそうとしか思えない。
「きっとそうだ。胸中に留めておくには根気が不足してるし、真っ向から言及をしてやったって……」
「何ぶつくさ呟いてるんです?」
ハッと我に返った遼の目の先には爪先立ちして覗き込んでいる梢の姿が全面に透過したように映り、急な対応をし切れず背後の影を踏む。
「いや……ん、なんでもねえ」
結論に至りし考えを呑み込み、傅く芽を潰し頭を振った。
悩むな。
言い淀な。
物差しだけで推し測ろうとするな。
仮に強要をされていたとしてもだ、あいつらは椿姫を謎力の持ち主ってだけでひっ捕らえようとしてる。
たちの悪いあるまじき行為だろ、これは。
「そうですか? ふふ、流れも雰囲気ももってかれましたけど、試合続行といきますか」
そうだ。
言ったじゃねえか、椿姫を守るってあいつの前で。
たとえあいつが敵側について行くと言っても、全力で食い止めてみせる!
「今度はこっちから行かせてもらう!」
気合を充分爆発させ、負けん気だけは人一倍ある遼は「うおおお!」という掛け声とともに梢目掛けて突っ走る。
知ってるか、なにをするにしても、大声を出すとアドレナリンってのが発生するらしいぜ。
闘魂をちらつかせながら梢の所要する範囲へと思いっきり足を踏み込ませるも、跳び退ろうともしない童女は妙に落ち着きを醸し出していた。
何かあるなと頭の片隅に寄せつつも同時にチャンスだと拙策持ち上げずで、右手を勢いに任せ振り翳す。
もちろん拳を当てようという気などさらさらないし、戦意喪失の脅しの意が込められているわけだ。
ナイスなオチだろうと自ら感心する。するが、オチすら決めれないのが今このご時世らしい。
素直に泣ける。
棒立ち綽綽と笑みを溢す梢の顔少し手前で、遼の繰り出したパンチは確かに止まった。
しかし遼からしてみれば止めたのは故意ではなく、全身の力がスーっとぬけた為の貧打のよう、それ以上先にどうしても押し出すことが出来ずにいた。
いや、もとより攻撃を当てるつもりなど皆無だったのだから好機として捉えても構わない、がしかし! と遼は悶々(もんもん)かむんむんと巡る思考を塞き止め、いらぬジレンマだけを主に反して抱え、ふっと失われた体重によって崩れ落ちようとする体は、案の定梢のターゲットマーク。
寸で止まった右手は抵抗も出来ずに弾かれ、捻じ込むような重い一撃が遼の腹膜に決まった。
「ぐっ……げほっ!」
耐え切ることが出来ずに嗚咽とともに悶絶。
苦しみのた打ち回る気力さえ燈らず、奄奄と痛みに制圧されていく。
「うっぐ、はぁはぁ。これは……」
息も絶え絶えに、牛耳ようとした金子茂和と姿を重ね、これはあの時と同じ現象だと察知する遼。
戦う意欲が無くなるんじゃない、全身の力が無くなるんだ。
それはまるで空を飛ぶような感覚に陥りすぐさま地に顔を埋めてしまう。
自分の体だというのに、喩えるなら、そう、幽体離脱だ。
経験したことはないがアレに近いものをどことなく感じるぞ。
想像では収まらず本当に地の味を噛み締める遼は、小刻みに震えながらも予備電スイッチをいれたみたく残った力を振り絞り膝に手を当て立ち上がる。
いつまでも滑稽な姿を見せていてはこちとら堪ったもんじゃないからな。
こんな状況状態でも、遼はあることの真意を確信に変えるべく梢に向き合い直言、考えをぶつけた。
「謎力といったか。これはあくまで予想だが、お前の能力……内容は力に関するものなんじゃないか。力吸収とか、そんな感じのやつ」
「へぇ……その通りですよ。当たりを超えて大当たりです。よく解かりましたね? まぁ大っぴらに活用しまくってますしね。頭を捻らずとも流石に解かりますか」
和気藹々とネタバレを施す梢は続ける。
「正確に言いますと、'力のパステリー'ですけどね。私たち組織は、含有する単語を前に持ってきてパステリーと称しています。能力内容は言葉の通り、他者の力を奪い私自身の力に加えることが出来ます。ね、便利でしょう?」
尋ねられても困る。
遼は力の吸収とかいうふざけた能力のせいでこてんぱんにのされかけているんだ。
被害軽微を心から望むぜ。
「ふざけた能力……表現としては確かに的を射てますけど、実態はそんな生易しいモノじゃないですけどね」
怪訝な眼差しを誰に向けるわけでもなく、目を凝らさなければ気付かない僅かながらの訴えを、遼は見逃さなかった。
更新です、文字数を増量させてみました。こんなもんでしょうか? ううむ。
思わず唸るのも仕様ながらに、書いていて一番白熱した部分に突入です。
この夏休みの間にラストまで突っ切るぞー! と自身に猛々しく雄弁。