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金の力はパステリー  作者: 河合 翔
金の力はパステリー(1)
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第三十三話 ボディーガード

 目が覚めたのはしらみのかかった明け方だった。



 安眠とはいかないが妨げられたのはバタンという物音で、三時間程体にリフレッシュを与えられたのは良かった。


 それでも十分じゅうぶん杞憂きゆうに至ることはなく、上半身を起こして椿姫が眠っているはずの布団を見遣ると――いない。



 布団はもぬけの殻、というか椿姫にしては綺麗に畳まれ、改めて周囲に目配せするも、該当する人影はどこにも見当たらなかった。


「あいつ、こんな朝早くにどこへって、思い当たる節は一つしかないか。我ながら無駄な早とちりを」


 自嘲気味に苦笑し、一息吐きつつ頭をもたげた。


 起床の原因となった物音はきっと椿姫がたてたに違いない。


 黙って去るには詰めが甘いと言わざるを得ないが、今回ばかりは悠長ゆうちょうに事を構えている場合ではないな。



 仕方ねえと惰性だせいを投合無筆にもアパートを飛び出し、向かいの自販機の角を曲がったところで――おいおい。

 その気になったところでもう居合わせんのかいと遼は男二人と女一人を視界に入れた。



 一人は言わずもがなとしれた張本人である椿姫。


 後ろ姿であるため反応も特になしだが、ここは目を覚ましてやるために一発いっぱつたけてやってもいいかもな。



 もう一人はにっくき貪婪どんらんの当事者である金子茂和、その野郎だ。


 こっちに対しては頭部を狙って奇襲をかけてやったとしても問題ないのだが、やはりここは懸命に抑制の方を掛ける。


 それ程遼は無鉄砲を気取っているつもりはないからだ。



 最後、椿姫の伯父の斜め後ろを歩く長身の男。


 こいつは知らない。


 見たことがないのだからそれでいいだろうが、当てとしての記憶の断片は存在する。



 昨日椿姫の伯父が帰り際に放った捨て台詞、それに登場するボディーガード的人物ではないだろうか。


 もしかしたら読み違いかもしれないが、その可能性は十分にあるといえる。


 巡る思考を凝らしていたのはほんの僅か事態の解明はさほどかからず、はじめに遼の存在に気付いたのは金子茂和だった。



「――ほう。りもせずまた来たのか」


 振り向き放った一言に連応するように椿姫、長身の男と続けてこちらを振り返り見る。


 椿姫はハッと我に返ったように目を見開き、次に顔を下げた。



「な、何でむざむざと来たのよ。バカ……!」

「連れ戻しに来たに決まってるだろ。近道な言い方すると助けに来たんだ。バカはお前だ。置手紙も残さず勝手に出て行きやがって」



 他にも言いたい事は山ほどあったが、抑留。仕方なく鼻を鳴らす。


 昼メロ的展開をの当たりにして椿姫の伯父は「はっは」と傲慢ごうまんに昂った声で笑い、


「えらく威勢が良くなったと見解するが、君に椿姫を助けるのは無理だ。なにせこの日のために雇った人物がいるのだからね」


 右手を挙げ、長身の三十代くらいの男を前に出す。


 紺色のスーツを着込み凛々しく整った背格好をしている男は、何を思ってか微笑を浮かべ、


「金子さんよ。このガキを一捻りにしてやればいいんだな?」


 どこか気だるそうと察知したのは遼だけか、相も変わらず椿姫は腕を押さえてアスファルトに目をやっているし、椿姫の伯父は憫笑びんしょうを湛え「二度と歯向かう気が起きぬよう手緩くないようにな」と変格を灯していた。


「そうか……ならば」


 男は胸ポケットからタバコとライターを取り出し手馴れた手付きで着火を行うと、もやと濁りし煙を吐く。




「先に要望する金額を提示してもらおうか。出なければ俺はくだんの内容を降りる」




 ――展開は、遼の予想斜め上をいく道筋で進み始めた。




「なんだと……! …………まぁ、いいだろう。金は今くれてやる」



 なんということだろう。


 遼を前にして今から金のやり取りを行おうとするとは。


 完っ全にナメられているとしか思えない。


「……先にやっとけよな」


 つい、つい口からボソッと出てしまった。


 敵に水差し、むしろ逆の立場か?



 じれったいなと億劫を感じつつも、律儀に電信柱を背に待機する遼。


 そんな遼を他所よそに遣り取りは開始された。



「それで、要求する金額はいくらだ? 小切手でもいいだろうな」

「小切手は遠慮願う。金額は、そうだな」


 男は温容に咥えたタバコを椿姫の伯父に指差すが如く向け、誇称こしょうするかのように尚且つ冷えた口調で言い放った。



五億ごおくこぞって現金で支払ってもらおうか」

「…………は?」



 反応を示したのは伯父ではなく遼の方だ。


 しかし途方もない金額に伯父の方も唖然、開けた口が閉じないようだ。


 五億って、おいおいえらく現実離れした額じゃないか。


 宝くじだって税金差し引いてもそんなにいかねえよ。


 常識的に考えて払えるわけがない。


「ば、バカな! アホか。一回雇っただけのボディーガードにご、五億だと? 寝言は寝てから言え!」


 どうやら椿姫の伯父も遼と同様の考えだったようで、周章にリアクションを形作っていた。


 これはあくまで遼の推測だが、払う金の持ち合わせが足りない場合、無理矢理にも椿姫に払わせるつもりだったに違いない。


 だが、生み出す能力ではなく自分の手元に移すだけの力だ。


 いくら椿姫といえど一度に五億もの大金を引き込むのは不可能だろう。


「払えないんだな。それじゃ交渉決裂と看做みなし、杞憂のかぎりでターゲットをお前に変える」


 男の方はなんとも理不尽なことを言って退け、語調を強めて対峙する相手を変更し、上背うわぜい高しで金子茂和を見合う、いや見下ろしている。


 伯父の背に隠れていた椿姫は、不穏な空気を察知したのか数歩後退った。


 対象を自分へと向けられた伯父は露骨に舌打ちをして、予想だにしない超展開に拮抗きっこうを迎えようと戦う姿勢を構えた。



 そしてあろうことか椿姫の伯父は、構え際にポケットから折りたたみ式のダガーナイフを取り出したのだった。




「……そうかい。お前が裏切りの意思を私に向けるのならば、お前の首根っこ、元から掻っ切ってやることにしようじゃないか!」

 毎日更新するか、もしくは日は空くものの文字数を増やして更新するべきかで自問自答したら圧倒的に後者が良いのではないかという結論に辿り着きました。

 読者の深層心理で捕らえることを'しない'でいた自分がいたのがなんともお恥ずかしい限りで。それなりに推敲、自粛を重ねました。

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