第二十九話 慈悲の心
内容はこうだ。
女の子はまだ幼く純粋無垢な、幼少期を迎える頃。
ある日のこと、女の子は父母のところに駆け寄り掌に乗ったそれを差し出して当然裏表なく言った。
『ねえ見てお父さんお母さん。私お金が出せるようになったの』と。
父母はさぞかし驚いたことだろう。
本物の金が、しかも札束だ。
そして出金させるところを実際に生で見てしまったからには欲に駆られるというもんだ。
ブレーキの利かなくなった中古車と同じで、両親は人が変わったように金を望み、女の子は何も考えずに出しまくったさ。
ものの善し悪しさえ分からないんだから、当然の結果ともいえる。
しかし、自らをセーブさせることが出来ればいいんだろうが、完全に自我を失っていた父母は己の願望を叶えようと必死で、事を進めすぎたんだ。
最終的にはへまをこいて捕まっちまうっていうバッドエンド。自業自得さ。
それじゃあ後に残った女の子はどこへ行ったって?
「一時期は私の家に居たんだがね、逃げられてしまったよ。記憶障害はそれ程ショックだったんだろう、無理もない」
遼は全てを耳に、聞き入っていた。
まるで夢想のような不幸話だが、信じずにはいられない。
疑ってかかるのはいいが、もしこの話が本当ならば罪の対象となるのは遼で免れることはないだろう。
いや、もしかしたら椿姫も道連れになるかもしれない。
「くそ」
こういう時には自然と僻んだ声しか出ない。
金子茂和の話を聞くに、両親は我が子にも罪を擦り付けるべくこの子が犯人です、と金をいくらでも出すことが出来るんだとか戯言めいた内容を叫び散らしていたらしい。
それはそれで然るべき場所へ連行されてもおかしくないが、今の遼からすれば到底笑えないし、笑う気力すらも皆無だ。
天国から地獄に叩き落されたような感覚を全身で味わっている。
「どうだい。話を聞いていて理解が追いついたことだろう。これは全て真実のたわものなのだ。君が椿姫と暮らしているのだって、一歩間違えればある意味犯罪を招く。この時点で君は両手に錠が掛けられても仕方がないと思ってるんだがね」
神社は風致を残したようにそこに佇んでおり、当然遼たちはそこにいる。
だが、遼にはここが伏魔殿のように視界に捕らえられ、求道にすがりたく息をするのさえおしいとも思わせる。
正に風前の灯。
先ほどから昂ぶり波打つ心臓の鼓動が、起こるわけもないのだが今にも破裂しそうで恐れ慄く寸前でもあった。
男はポケットからタバコを取り出すとそいつをふかし、背後に遼を垣間見た。
「そんな君に救済処置をとってやろう。私からの慈悲の心だよ。感謝したまえ」
内容を後に感謝してくれと言われても対応に困るだけだが、窄められた遼の口からは何も発せない。
ただ事実を受け入れなければ駄目なような……まずい。
このままだと平常心を全く保てずに抗う術もなく無残にも塵と化してしまいそうだ。
「――金子椿姫を引き渡してくれないかね。あの子の両親が捕まってる今、私が保護者代わりと銘打って
る立場なんだ。それぐらいは解かるね?」
諭すように穏やかな口調で語りかける椿姫の伯父は、タバコの吸殻を平地に投げ捨てると、両手で遼の肩を力強く掴んだ。
「君に考えるほどの権限はないんだ。解かってくれ」
有無を言わせぬ眼光を向けられ、互いに目を背けないこと暫し、この間遼は考えはじめるのだった。
毎日更新を続けていますが、そろそろ打ち込みが済んだ貯めが底を尽きそうなのでまた打たねばなりません。
実際のところリアルの方で一巻分の文筆を終えて今は二巻の内容を書いていたりします。次回はやっと三十ですね、頑張ります(''