第二十八話 幸福から絶望へ
金子椿姫。
これが記憶の抜け落ちを直答したあいつのフルネームだった。
椿姫のことを知る者の登場にはさほど気に留める必要性はない。
問題なのはあいつの親族が現れたってことだ。
確かにさほどの違いはないが、この点は大きい。
椿姫を連れ戻しに来たという可能性が高いからだ。
別にいいじゃないかと思うかもしれないが、前に椿姫が吐いた台詞をよく思い出せ。
ここ神社の祠で、あいつはこう言った。
『施設の連中に追われてるのよね』
施設の連中、追われている、記憶の断片がない、だと?
なぜだ。
やはり何かがおかしいし、白い靄だけが残る。なぜ――
「単刀直入に言おう。君は椿姫の力を使って金を巻き上げているだろう」
金という単語に遼はぎくりとし、力に対して該当する当てがなかった。
「力って、何のことだ。俺はただあいつと一緒にいるだけだし、椿姫には記憶が欠けていて――」
そこまで言って、遼は口を噤んだ。
勝手に親族と名乗っているが、証拠となるものは何一つないし、得体の知れない相手にそうやすやすと情報を教えてしまうのはいかがなものか。
遼はあくまで邪険に敵を見るような態度で相手を見据えた。
相手金子茂和は遼の漏らした言葉を聞き逃すことはせず「記憶……そうか」と呟き口元をニヤリ吊り上げる。
「椿姫の奴、自分が行った所業の数々を覚えていないのだな。きっと無意識に力を解き放ったに違いない。だがそれが尾を引いてこの私に気付かれるとは。ははっ、こいつは傑作だ」
顔に手を当て笑い声を上げた後、ふぅと一息吐いた金子茂和は、人が変わったように真剣な眼差しで、半歩程歩み寄った。
「教えてやろう、椿姫の力を。あれはな、人を不幸にしてまで得ることの出来る自分のみが得をする能力だ」
「人を不幸にして……自分が得をする?」
「そうだ。言わなくても理解しているだろうが、椿姫は金を欲する感情さえ沸けばいくらでも金を得ることが出来るのだ。が、それは一つ難点があってな。それは無限に生み出す力とはベクトルが異なり、他人の懐から奪うことで成立する悪魔染みたものだ」
最後まで聞き届け、ようやく遼は心のしこりが、靄が晴れたみたく真っ白に澄み渡った。
それと同時に信じたくもない事件が、呼んでもいないのに、口を突いて出た。
「まさか……銀行から消失した金ってのは……」
二の句が告げず深刻に顔を青ざめる遼に、男は追い討ちをかけるが如くピシャリと言い放った。
「今頃気が付いたか。だがもう遅い、手遅れってやつだ。ふん、今原稿の金は君らのアパートにでもあるんだろう? まぁ、幾分か使っていくら余っているのかは知ったことではないがな」
……なんということだ。
遼はどうしようもなく愕然とした。
そして無気力にも頭を抱えて自然に数歩後退り、泡を食ったように目を瞑る。
その様子を面白半分に金子なる人物はにやり、膝を打った。
「これからある女の子の悲しき昔話を聞かせてやろう」
そう言ってそれを前置きとし、男は語りだした。
いちおう毎日更新していますが、その記録がいつまで続くのか自分でも解かりません。まぁ出来る限り更新していきますけどね!