第二十七話 憚る人物
振り返った直後、蔑んだ目で遼を視界に捕らえる椿姫が買い物袋をポトリと床に落とし、はあと深く溜息を吐く。
そして遼は自分が先ほどどんなセリフを口にしていたのか反芻することを試みた。
凡そ三秒程度。
「…………アッ! ち、違うんだよ椿姫。勘違いしてもらっちゃ困るな。俺はたださっき恩恵によって鳥羽の奴から頂いた雑誌を暇潰し程度に読んでいたんだよ、流し目程度にパラパラーっと……」
そこまで言って小脇に抱えていた十八禁雑誌をパラパラーっとやって見せる。
間に映る裸体の女の子も一緒に視界に捕らえられたのは言うまでもなく。
「……さいってい!」
たった一言ではあったが、それは重く遼に圧し掛かり奥までぐさりと突き刺した。
しかもえげつないほどに。
今ならショックの後遺症として首まで括れそうだ。それ程の羞恥心を曝け出してるようでならない。
「のおおおおおおおっ!」
昨晩の鳥羽みたく叫びアパートを飛び出し、へたり込む。
恥じらいの心、ではなく、羞恥野郎。
現在における遼にはそれがお似合いだ。
「……神社へ行こう」
考えもなしに口から突いて出た言葉に引っ張られ、千鳥足で歩き出す。
神社へ行く理由もへったくれもありゃあしないが、本当になんとなくとしかいいようがない。
招来でもされたように左右に足は揺れ動き、神社に向かうにつれ歩数を減らしていく。
日光全快の昼時、雲一つない快晴の空を仰ぎつつ、無事神社へと辿り着いた遼はどうしようもなく嘆息をし、自重する。
何に対してかと問われれば一つしか該当はしないため、故に他は皆無である。
「……戻る、か」
到着してから五分と経たずして岐路に着く考えに至った。
春の麗らかな風が遼の全身に吹き付けるが、体感的にはあったまっちゃいないし、すごくどうでもいい。
…………男がエロ本を読んで何が悪いというのだろうか。誰が悪いというのだろうか。
これは開き直りでもなんでもないし、健全な男の子が抱く叙情だ。むしろこっちが正しいし正義! 平気だ。恐れるに足らずだ!
よしっ、と遼は腰に手を当て、
「今日はバイキングにでも連れてってやるか。あいつの胃袋はブラックホールみたいなもんだからな。金はたっぷり有り余ってるが、経済理論をたてるならばそっちのが当然配分よく――」
と、ここまで言ってそれ以降の言葉を詰まらせた。正確には言い淀んだ。何者かの気配を背後に。
遼はすぐさま意思を変え、思いっきり振り返った。
――遼の勘は的中した。
やるじゃないか、などと悠長に思っている暇はなく、遼は一つ息を呑む。気配が違う。先ほどまでとは打って変わって、それぐらいの雰囲気の違いなら察せるさ、そりゃな。
視線の先、そいつ、男はくくっと喉を鳴らし、遼をキッと睨み据える。
「金はたっぷり有り余ってる、か。そうか、予想した通りだ。ずっと張り詰めていてよかった」
遼と同じくらいの慎重だが、体格は横に小太りしたようで、薄い皺髪質から年齢層は四十路を越えたあたりか。
「だ、誰だあんたは」
若干後退り、友好的ではない取り巻く空気に身を浸し、男は見た目に見合った低い声で驚くべきことを発した。
「ふん、口の利き方がなっていないな。まぁいい。自己紹介をしてやると私の名前は金子茂和。君、確か出雲といったか。今君と一緒にいる女の子、金子椿姫の伯父だよ私は」