第二十五話 肉奪合戦
みんなも大金を獲得したら解かると思うが、手元にありすぎたとしても遼に実感が沸くことはなく何に使おうかと悩みつつ暇を迎える結果になると予測される。
確信に迫ったっていいが、誰にいってるんだろう、これ。
「何ブツブツ呟いてんのよ。気持ち悪いわね。あ、その肉いただきっ」
椿姫の歓喜の入り混じった声と、嗅覚を高潮させる肉の香ばしさで遼は現在に引き戻された。
日が暮れるにはもっとも粛然とした夜気を肌に感じる街路。震度四程度で崩壊しそうなオンボロ荘から北風に当たりつつ徒歩十分掛けて出向くは野太い電柱に挟まれた焼肉屋カルビーズ。
打ち上げ兼美味いもんを食べたいと椿姫の要望を尊重し、抱えるにしては十分すぎる札の量を財布に、芳しさを服に纏い今に至る。
高級料理といえば、無駄に出費のかかる異国料理が王道として挙げられそうなものだが、なにそんなことはない。お手軽一コインで済ませられる牛丼やハンバーガー、札数枚で事足りる寿司や焼肉も等しいに違いないからな。
「さーて、久しぶりの肉なんだから食いまくって……おおぅ!?
俺の肉はどこにいきやがった?」
右手には箸を構えた矢先だ。
のせてからちょうどいいぐらいに焼かれた網に、肉の欠片すらのこっちゃいなかった。いや、正確には欠片程度なら僅かながらに残ってるが。
こんなんじゃ堪能するには足りないし腹もふくれる気がしない。
「反応おっそ! あんた、いくら肉を目の前にして感極まったところで絶句してたら意味ないじゃない。食べないとさ」
「その肉を食おうとしてたんだよ! 椿姫、お前が食ったんじゃないだろうな」
「当然、早い者勝ちよ。大体遼がぼけーっとしてたのが悪いのであって……以下略。言う暇すら惜しいわ。今日というこの日は食べるのに徹するとあたしの中で決定付けしたんだから」
そういって目線を下に向け、大皿にのったホルモンから牛たん塩まで熱さの慣れた鉄網の上に素早く展開していく。
くそ、お前のセリフに一理も百里もあるじゃねえか。どうやら遼は失念をしていたらしい。
許してくれ。だが今この時からは、
「うおーっ! 改めて肉食いまくるぞーっ! そりゃっ」
椿姫に負けまいと大雑把ながらに肉を敷き詰め、有終の美を飾ろうと意気込む。
「む、やる気になったようね。でももう遅いわ。自称肉食い選手権チャンプのあたしを前にしてあんたは自分で注いだたれしか飲むことができな、あっ!」
自慢げに演説するのはいいが、賢しくギアのフル回転に励む遼の瞳には実に間の抜けた行為にしか見えない。
「喋ってるゆとりがあるなら、箸を動かせよな」
「むきーっ、あたしの領域の肉を盗ったわね!? 罪は重いわよー。地球半個分くらい」
その地球半個分くらいの罪をお前にやられたんだが、肉にありつけるだけマシだと思え。肉を食うのは今が初めてだし。
「遼、あたしのこと舐めてるでしょ。舐めてるならはっきり言いなさいよ、男でしょ!」
「正直舐めてる」
「即答すんなやー!」
全くもってどっちなんだよ。
テンションがバカに高いのはいいがここは貸切でもなんでもない庶民が利用する公共の店舗だ。
喧騒泡立つ席の端を沈黙させるのは難攻不落もいいところ、遼は箸を肉に突き刺し、ある一転へと促しにかかった。