第十七話 思考言病
正直に言おう。
遼達は今、鳥羽の誤解を解いた果てにそいつの部屋(アパートの一角)にお邪魔している。
確かに誤解を解くのは大変だったさ。
オタクである奴は「ハ? んなアニメ的且つ漫画的小説的展開、この現実で起こりえるはずねえ。そうだろ!」と意固地にも頭を上下に振ることはなくむしろ左右に振りを変え、ふぅと賢者と化した。
博識な遼からの豆知識、二十歳や三十歳に至らなくても賢者になる方法は存在してるんだぜ。
しかし今は無理やりにでも押し入ってやり「覗くなっ!」と再びデジャヴを重ね、椿姫は湯煙に包まれ生きた心地を表情に浮かべつつ、火事の影響化で焦熱したボロ雑巾のお詫びに貸してやった遼の着衣を身に纏ってその姿を洗面所から現した。
人間とはここまで変われるものなのかと、人間の神秘をより一層肌で直感する心理学者を気取る役割を仰せ仕ったつもりなどは一割一分一厘一毛にも満たなかったが、遼の口から突いて出たのは妙にこっぱずかしい一言であった。
「可愛い、な」
「あぁそうだな。ちっくしょー! なんで俺のとこには現れず遼んとこに舞い降りやがったんだ。世の中不公平だっ!」
体格的には勇ましい肉体をお持ちの鳥羽は愚痴染みた不平不満を漏らした。遼だってすきで拾ってきたわけではないし、れっきとした正規の理由を抱えているのだ。
遼達の動向を視界に捕らえた椿姫はふふんと鼻を鳴らして、男否オタクの一人暮らしには似ても似つかぬL字を描いたふかふかのソファーに腰掛けた。
「いやぁ生き返ったわ! もうご満悦よー、文句も出やしないわね。でもあれ何か足りない気がするのよねえ……何かしら?」
オタク専ポスターが室内一面に張られる中、なぜか用途不明の筋トレグッズが展開している突っ込みはさておき、目配せした椿姫の思考が読み取れない程遼は鈍感ではないし、正直スキルは健在だ。
「ついでで悪いが、俺達が明日を生き残るための食料はないか? あったら分けてほしいんだけどよ」
何がついでなのかいまいち理解し難いのはスルーするにしても、鳥羽は訝しげな表情を浮かべ、仕方ねぇなぁと愚痴込みで椅子から立ち上がり目と鼻の先の台所に行って、お湯沸かし。そしてカップラーメン三つセット。
「ったく、俺だって金ねーんだからよ。この不況の最中、学生の一人暮らしは骨が折れるんだぜ?」
「俺だって同じ立場だ」
なんとなくえばる遼。
「そうかい。つか、お前は働け。まだアレを引きずってんのかよ」
「ねぇ。前から引き継いで気になってるんだけど、遼の抱えてる問題って何なの?」
寛ぎのびのびとした格好で横から口を出す椿姫。あまりにも軽い雰囲気に囲繞しているが、ふ、いいだろう。ここで話すが三回目、真相を語ってやろうじゃないか。
こほんと咳払いをして、コップに注がれたジュースを一飲みしてから、
「――何を隠そう俺は、思った事を考えもなしに言ってしまう病、略して『思考言病』に掛かっているんだ」
「……なにその長ったらしい病気的な何かは」
まるで中二病だな、と小さく呟く鳥羽。外野うるさいぞっ。
「読んで字の如くだ。俺が生み出したのは言うまでもないがこれがまた厄介でな、鳥羽」
「おう」
沸騰したお湯をカップ麺に移し、蓋を閉じて待機の構え。
「質問しろってんだろ。射程圏内に納めたことを言ってやるとだなぁ、椿姫ちゃんだっけか? この子の胸をどう思う?」
珍妙な質問に目を見張る椿姫は、びくんと体を揺らす。
「貧乳」
率直且つ即答、素直に口から出た。な、椿姫。これで立証されただろ。
自身を持って椿姫に目をやると、何用か遼の目の前にどしんと仁王立ちをしていた。気のせいか濁ったオーラが周囲に立ち込め、こめかみに筋が入っている。
「一体何を怒っぶっふ!」
飛んで来た鋭いグーパンに対応仕切れず、無駄に傷みが走った。被害を受けたのはこれで何度目だろうか。はたまた、率直且つ素直に口から出た誠。
「なんでこんな目に……」
「そこはお世辞にも成長過程で需要ありの立派な胸とか言ってやればいいんだよ、がっはっおっぶっは!」
カップ麺をお盆に乗せようとする手前椿姫に思いっきり蹴り飛ばされる鳥羽にざまぁみろと内心吐き捨てたところで、遼は天井を見上げたまま、なんとなくこうぼやくのだった。
「……金、欲しいなぁ」