九、肉巻きおにぎり
「何これ旨い!」
「ほう。肉がこれほど柔らかいとは。何の肉ですかな?」
皆でガゼボに座り、レオカディアから籠から取り出したそれを振る舞えば、赤い髪の少年ヘラルドも、その父であるキロス辺境伯も目を丸くした。
「これは、野生の豚のお肉です。それに味を付けておにぎりに巻いてあります」
「は!?野生の豚?うちの周りにたくさん居る、あれか?」
「失礼ながら、野生の豚の肉は、これほど柔らかくなく、もっとぱさついているかと」
『嘘だ!』と叫ぶヘラルドを叱りながらも、キロス辺境伯も疑わしく思うらしく、レオカディアを試すように見つめて来る。
「失礼だぞ、キロス辺境伯。僕のディアは、凄いんだ。とりのからあげだって、絶品なんだからな」
「とりのからあげ・・・そういえば妻が、王都へ行ったら一度は食べてみたいと言っておりました」
茫洋と呟くキロス辺境伯に、ヘラルドも頷いた。
「母上は、アギルレ公爵領かミラモンテス公爵領でしか食べられないと言われていた、鮨というものにも興味をもっていましたよ、父上。何でも最近、王都でも食べられるようになったとかで」
ヘラルドの言葉に、レオカディアが敏感に反応する。
「それって、内陸部の貴族や、辺境伯夫人も興味を持ってくださっているということ?」
この国で、生魚を食べることは海側でも稀だと知ってから、内陸の貴族がどう受け止めているのかを気にしていたレオカディアは、そっとエルミニオを窺い見た。
「そうか。内陸部でも、評判になっているのか」
鮨事業には、王家も関わっている。
その鮨に対し、内陸部の貴族も高評価を下しているとなれば、王家を無暗に糾弾したりはしないだろうと、エルミニオもレオカディアも嬉しく頷き合った。
「ああ。でも、キロス辺境伯領では、噂を聞くのがせいぜいだからな。今回、王都へ来られるとなって、とても嬉しそうだった」
母親思いなのだろう。
ヘラルドこそは、そう言って嬉しそうに笑った。
「それにしても、この肉巻きおにぎりというのは、肉も旨いけど、中の白いのも旨いな!」
「それは、お米よ。炊いて、ご飯にしてあるの」
にこにこと言いながら、レオカディアは、あっというまに一つ目を平らげたヘラルドに、もうひとつ肉巻きおにぎりを渡す。
もっと作ってくればよかったな。
ヘラルドも、キロス辺境伯も、美味しそうに食べてくれて、嬉しい。
「ディア。優しいのはディアのいいところだけど、ディアも、ちゃんと食べるんだよ?ほら、あーんして」
『私の分は、まあいいか。いつでも食べられるし』とレオカディアが思っていると、エルミニオがにこにこと、自分が持つ肉巻きおにぎりを、レオカディアの口元へと寄せた。
「え」
「あああああ・・・と、ところで。アギルレ公爵令嬢。我が領には、野生の豚が多く生息しているのですが。このように柔らかく、ぱさつかずに調理する方法というものを、ご教授いただくことは可能ですか?」
蕩けるような目で婚約者を見つめるエルミニオから、気を逸らすようにして言ったキロス辺境伯の心遣いに感謝しつつ、差し出された肉巻きおにぎりを、素早い動きで一口食べたレオカディアは、何事も無かったかのように微笑みを返す。
「私は多くの方に美味しく食べていただきたいと思っているのですが、きちんとレシピとして守れるようにと、周りが考えてくださっている最中なのです。ですが、もし。キロス辺境伯領で野生の豚を家畜として育てるようにしてくだされば、それはまたお話が別になるかと思います」
レシピを守る云々の前に、そもそもの肉の仕入れ先をきちんと確保したいと思っていたレオカディアは、そう言って話を振った。
「なるほど。それは、魅力的な話かも知れません。一旦持ち帰って、相談したいと思います」
「お願いします」
流石と言おうか、即決は避けたキロス辺境伯に言われ、レオカディアはにこりと微笑む。
「もし、飼育していただけるとなった場合、飼料を提供する領をご紹介することも可能です」
「これは、手回しのいい」
「ありがとうございます。実は、幾つかの領と交渉を始めているのです。ですが、既に牛を多く飼っているキロス辺境伯領なら、家畜の扱いにも長けているかと思いまして」
「牛と豚とは、違いますよ」
「それもそうですね」
でも、広大な辺境伯領なら、既にある幾つかの牧場とは別に、豚の飼育施設を持つことも可能よね。
「ただ、我が領には土地に余裕があり、野生の豚の被害があることも事実です」
「是非、前向きにご検討ください」
検討するのは、実際に豚を飼育する地域や人員の確保についてなのだろうと、レオカディアは広大なキロス辺境伯領に思いを馳せた。
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