八、赤い髪の少年
「どこ見て歩いてんだ!気を付けやがれ!このぼけ女!」
「はあ!?急に飛び出して、ぶつかって来たのはそっちじゃないの!猛進野郎!」
言われたら言い返す。
その精神のまま声に出したレオカディアは、大事な籠に異常が無いことを確認し、ほっと息を吐く。
「お嬢様。遅れまして、申し訳ありません」
「大丈夫よ。まさか、裏庭とはいえ王城で、こんな風に傍若無人な人に会うなんて思わないものね」
慌てて駆け寄って来た護衛と侍女にレオカディアが笑顔で言えば、追突してきた少年が、けっと嘲笑った。
「そんなこと言って、王城でだって襲撃されっかもしれねえだろ?それで護衛騎士だなんて、甘いな」
「人にぶつかっておいて謝りもしない礼儀知らずに言われたくないわ」
「何だよ!俺より大きいからって、偉そうに!」
あら?
あらあらあらあら?
もしかして、小さいからって拗ねているの?
木剣を持っている、ということは騎士見倣いなのかな。
レオカディアとエルミニオも六歳となり、それぞれ、淑女教育や騎士教育も本格的に受けるようになった。
そんな自分たちと同じ年代なのだろうと、レオカディアはしげしげと赤い髪の少年を見つめる。
「あなた、いくつ?」
「は?」
「何歳か、って聞いているの」
「六つだけど、それがどうかしたか?どうせ、俺は小さいよ」
ふんっ、とそっぽを向く赤い髪の少年に、レオカディアは首を傾げた。
「確かに、今は私の方が大きいけど、同じ歳なんだもの。そのうち、私より大きくなるわよ」
「そのうち、っていつだよ?」
「そうねえ。十歳過ぎて、十三歳くらい?・・うーん、でも十五、六歳で大きくなったって言う話も聞くから、一概には言えないわね」
考えながら言うレオカディアに、赤い髪の少年がずいと近づく。
「本当か?それ」
「本当よ。だから、それまでにちゃんと食べて寝て、運動すればいいと思うわ」
「飯なら食ってる。俺の家はみんな騎士だからな。量も凄いぞ」
「そっか。騎士のおうちなのね」
それは、自分の体格も気になるだろう、とレオカディアは淡く微笑んだ。
「ああ。だから、食ってる。寝てもいるし、鍛錬も怠っていない」
「なら、伸びると思うわよ。あと、ただ食べるんじゃなくて、お肉とお野菜とお魚を、バランスよくちゃんとね。あとお豆とか。言い出したらきりがないけど、ともかく好き嫌いしない方がいいと思う」
その話を聞いた赤い髪の少年が苦い顔になったのを見て、説教くさくなってしまったかと、レオカディアが案じていると、赤い髪の少年の口から思いがけない言葉が出た。
「俺、肉は苦手なんだ。なんだかぱさぱさして、うまくない」
「あ、なるほど」
とりのからあげを作った頃から、アギルレ公爵邸でも王城でも、肉料理の際には、必ず柔らかくなる下ごしらえをしてもらっているので疎遠となっていたが、未だ未だその手法は守られているのだった、とレオカディアは籠の中身の数を思い浮かべた。
数は充分、持ってきたから。
ひとつくらい、あげてもいいかな。
「あの。よかったら、これ」
「ディア!何か、あったのか!?」
「ヘラルド!そんな所で何をしている!?」
レオカディアが籠の中身に手をかけ、言いかけた所で、血相を変えたエルミニオと、見知らぬ男性が走って来た。
「げ。親父」
「ディア。もしかして、絡まれたのか?大丈夫か?怪我は?痛いところはない?」
赤い髪の少年が、しまったと逃げるより早く男性に捕獲され、レオカディアは心配そうなエルミニオに覗き込まれ、大きく首を横に振る。
「大丈夫です。エルミニオ様。ただ、少しぶつかってしまって。それから、お話をしていただけです」
「話?キロス辺境伯子息と?」
「はい・・・え?キロス辺境伯子息?」
そういえばさっき、あの男性が『ヘラルド』って・・・・・。
『一体、何の話を』と不機嫌になってしまったエルミニオに頷きを返したレオカディアは、赤い髪の少年の正体に、ぴきりと体を硬直させた。
「そうだよ。知らなかったの?」
「はい。初めて、お会いしましたので」
「だよね。それなのに、仲良く話すなんて」
ぎろりと赤い髪の少年を見るエルミニオに、走って来た男性が頭を下げる。
「愚息が、申し訳ありません。殿下」
「キロス辺境伯が謝ることではないが。キロス辺境伯子息。騎士団の鍛錬を抜け出して、僕の婚約者と何をしていた?あんな、至近距離で」
「こ、婚約者?では、彼女がアギルレ公爵令嬢」
「そうだ」
「知らなかったとはいえ、失礼しました。ですが、貴女の助言はしっかりと肝に銘じます」
さっ、と膝を折った赤い髪の少年に、レオカディアも淑女の礼を返す。
「レオカディア・アギルレです」
「ヘラルド・キロスです」
ああ。
紅蓮の髪の攻略対象。
ヘラルド・キロスもまた「エトワールの称号」の攻略対象であり、その好感度を上げる特別な食べ物は、じゃがいものチーズ焼き。
チーズも栄養満点だし、ゲームでヘラルドは牛乳も飲んでいたけど、お肉を食べるのは苦手だったのね。
じゃあ、今日のこれは、最適だと思う!
「あの。エルミニオ様。キロス辺境伯子息も一緒に、休憩にしてもいいですか?私自慢の差し入れを、キロス辺境伯子息にも食べてほしいのです」
「ディア。そんなにキロス辺境伯子息が気に入ったの?」
「え?あの?」
鬼気迫る様子で言うエルミニオの考えが読めず、レオカディアは、ぱちぱちと瞬きしてしまう。
「ディアは、僕とキロス辺境伯子息、どっちが好き?」
「もちろん、エルミニオ様です・・・あの?キロス辺境伯子息は、お肉が苦手とのことですので、私の料理を食べてみてもらえれば、と思ったのです・・・あ!キロス辺境伯もご一緒にいかがですか?」
ご挨拶が遅れました、とキロス辺境伯に礼をしながら言うレオカディアに、エルミニオは大きなため息を吐いた。
「はあ。ディアの頼みだから・・いやだけど、一緒に食べよう」
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