四十五、命の価値
「アギルレ公爵令嬢。ガラン子爵が到着されました」
「ありがとう。お入りいただいて」
自分に与えられた王城の一室でパッチワークに励んでいたレオカディアは、アガタの声にその手を止め、客人を迎え入れた。
「子爵ガラン。お呼びと伺い、参上いたしました」
「ご苦労様です、ガラン子爵。今日は、その後の調査についてお聞きしたくてお呼びしました。どうぞ、こちらへお座りください」
テーブルに着き、アガタが茶を供するのを待って、レオカディアは口を開く。
「調査、とは?」
「ピア・ドゥラン元男爵令嬢の件です。既に罪も確定し、学院も退学となっているので、もうよろしいかと思いまして」
とぼけた顔で『何の調査か分からない』とでも言いたげなナルシソに、レオカディアは冷静に続けた。
「アギルレ公爵令嬢おひとりの場に私を呼び出した、ということは、もう分かっていらっしゃるのではありませんか?」
「確かに予想はしていますが、あくまでも予想ですので」
「なるほど。答え合わせがしたいということですね。畏まりました」
余裕の表情で言うナルシソに、レオカディアは真っすぐな瞳を向ける。
「まず、マグノリアのガゼボで使われた毒の件ですが。ガラン子爵は、エルミニオ王太子殿下に報告するよりずっと前に、バリズラがかかわっている事実を把握していましたよね?」
単刀直入に言ったレオカディアの言葉に、ナルシソがぴくりと眉を動かした。
「アギルレ公爵令嬢。どうしてそのように思われるのですか?」
「毒を作成していた件の薬師を調べました。薬師は、ガゼボで毒を使ってからも毒を作成しようと、材料を仕入れる動きがあったことが分かっています。そして、それが叶わなかったことも」
「その理由が、私だと?」
「ええ。正確に言うならば、ガラン子爵が所属する特別捜査員たちの手によって、材料が仕入れられないようにしていたのでしょう。そのうえで、ドゥラン男爵やバリズラを安心させるために泳がせておいた」
禁止されている毒を作成したとなれば、すぐさま捕縛することも可能だったろうが、バリズラという黒幕を表に出すため、そうはしなかったとレオカディアは判断している。
「更に、ドゥラン男爵がバリズラの融資を受けて舟を融通し、密入国させたことも、ご存じでしたよね?」
「知っていた、というか。ドゥラン元男爵令嬢から教えてもらっていた、というのが正しいです。随分、親しくなりましたからね。色々な事を教えてもらえましたよ」
にこにこと笑って言うナルシソに、良心の痛む気配はない。
はあ。
《自分に味方してくれる、優しい先生》に話したのでしょうに。
そこは、ヒロインも不憫だと言うべきなのか、浅はかと言うべきなのか。
「アギルレ公爵令嬢。そのような顔をされずとも。もちろん、話を聞いて鵜呑みにしたのではなく、きちんと裏も取りましたよ?」
「それで、エルミニオ王太子殿下が襲撃される事実をも、黙認したというのですか」
それは絶対に許せない、と語気が強くなるレオカディアに、ナルシソも真顔になった。
「それは、こちらの手落ちです。事前に把握していた情報によれば、襲撃されるのはアギルレ公爵令嬢のみで、殿下には手を出さない予定でした」
「ですが、実際にはエルミニオ王太子殿下も襲撃を受けました。それは、どうお考えですか?」
「取り調べによれば、こちらの情報通り、アギルレ公爵令嬢の馬だけを狙う予定が、アギルレ公爵令嬢が殿下の傍より離れなかったため、やむを得ず殿下の足止めを行ったとのことでした。完全に、こちらの予測誤りです。その点については、陳謝申し上げます」
椅子に座ったままではあるものの、深々と頭を下げるナルシソに、レオカディアは頭をあげるよう伝える。
「エルミニオ王太子殿下への報告を遅らせたことは?国王陛下はご存じなのよね?」
「国王陛下にお知らせしたのも、王太子殿下より一日早いだけです。わたくしどもには、国の害とならないことを絶対条件に、その方が有益だと特別捜査員の半数以上が承認した時に限り、報告を遅らせる権利が与えられております」
自分たちの主である国王にも報告を遅らせた、その理由について、レオカディアは思案する。
「つまり、今回の件について、バリズラの襲撃より前に報告するのは得策ではないと、判断したということよね。それは、何故?」
「ご報告すれば、間違いなくおふたりともアギルレ公爵令嬢を護るために動くと、判断したためです」
国王も王太子も、レオカディアを大切にしてくれている事実を他者に指摘され、レオカディアは嬉しい気持ちが込み上げる。
ただ、それではナルシソ達の計画が成り立たなかったのだろうと、レオカディアは小さく頷いた。
「それでは、バリズラを表に出す絶好の機会を逃すことになる、ということね」
「仰る通りです」
「大体予測通りだったし、理解はしたけど。エルミニオ王太子殿下を危険に晒したことは、許せません」
「それは、わたくしどもも同じでございます。二度と、同じ過ちを繰り返さないよう、精進いたします」
『誓って』と胸に片手を当てたナルシソが、次の瞬間にやりとした笑みを浮かべる。
「なんですか、その笑み」
「・・・いやあ、本当にアギルレ公爵令嬢は面白いと思いまして。自分が囮にされたことより、殿下に危険が及んだことを怒るのですから」
「それが一番いい方法だと判断したのでしょう?実際、こちらに有利な状況で幕を閉じることも出来ましたので、何も言いません」
王家に嫁ぐのならば、このくらいのことは覚悟しているというレオカディアを、ナルシソは面白そうに見つめた。
「ですが、もう解決しましたので、アギルレ公爵令嬢にも危険はありません。ご安心を」
「ところで。ドゥラン元男爵令嬢は、ガラン子爵を最後まで味方だと思っていたの?」
「もちろんです。今も牢で『先生が助けてくれるはず』と言っているそうです。罪作りな男ですね、私も」
『先生が助けてくれるはず』か。
そういえば、御白州には、発言していたエルミニオ様以外にも、セレスティノやヘラルドがいたのよね。
攻略対象として見ていた彼らが自分を断罪するなんて、思いもしなかったでしょうに。
「アギルレ公爵令嬢。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「あちらの、布の切れ端は何ですか?随分、たくさんありますが」
「ああ。あれは、パッチワークです。少しずつの布を繋ぎ合わせて、模様を作ったりして、クッションなどのカバーを作っているのです」
「へえ。見てもいいですか?」
レオカディアが『どうぞ』と言った時には既に立ち上がっていたナルシソが、興味深そうに手仕事の後を見る。
「繋ぎ合わせた、というより、はじめからそう予定していた模様のようで、きれいですね。どうしてまた、こんなことを?」
「エルミニオ王太子殿下が、養蚕を始めたことはご存じですよね?それで、どうしても出てしまう端切れをどうにか出来ないかと、考えた結果です」
「どこで買えます?これ」
じっとカバーになる予定の品を見ていたナルシソに聞かれ、レオカディアは目を丸くした。
「ガラン子爵が、お使いになるのですか?」
「いえいえ。妻に贈ります。彼女が、とても好きそうな色の組み合わせなので」
驚いた。
少しも裏の無い笑い方も、出来るのね。
・・・・・当たり前か。
「ガラン子爵の奥方なら、贈り物として差し上げますわ。ですが、本当にお喜びになられるでしょうか?実はこちら、平民街で売るつもりだったのですが」
いくら絹を使っているとはいえ、端切れの集合体である。
貴族が欲しがるとは、レオカディアも考えていなかった。
「平民街でも売れるでしょうが、貴族の間でも流行しそうです。今度、レース編みの代わりに、パッチワークでお誘いを掛けるのはいかがでしょう?レース編みの才能無しの妃殿下にとっても、いい案なのでは?」
「まあ、それもよろしいですわね。考えておきますわ」
先ほど、己の妻の話をしたときとは大違いの、にやりとした笑みを浮かべるナルシソに、レオカディアも負けず劣らずの表層笑顔で応えた。
「・・・・・ああ、そうだ」
帰る間際、ナルシソが扉の前で立ち止まり、レオカディアへと向き直る。
「何か、言い忘れたことでも?」
「流石、勘がよくていらっしゃる。ドゥラン元男爵令嬢が使っていた薬の件です。あれだけは、入手元を判明できませんでした。彼女が買ったという店にも行ってみたのですが、店主が変わったばかりとかで。高跳びされたと想定し調査しましたが、これ以上の被害は出ないと判断し、打ち切りとなっています」
「その店に、ガラン子爵も行ったの?」
「行きましたよ。空色のとんがり屋根が、可愛らしい店でした」
『では』と、今度こそ帰って行くガラン子爵を見送りながら、レオカディアは絶句する思いを味わっていた。
<シャイザーンの店>に、行ったですって?
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