四、からあげ
「きょうは、ディアが、おひるを作って来てくれたんだよね?」
その日も王城でレオカディアと共に勉強に励んだエルミニオが、満点の書き取りの試験用紙を手に、嬉しそうにそう言った。
「はい、エルミニオさま・・・でも、ええと。せいかくに言うと、うちのりょうりにんに、作ってもらいました」
先日、遂に醤油その他が届き、レオカディアは早速ととりのからあげを作り、家族に振る舞ったところ、大人気のおかずと相成ったので、これは絶対エルミニオにも喜んでもらえると、レオカディアも、そわそわと使用人に預けたバスケットを受け取る。
「うわあ。いいにおいだ」
「どうぞ、めしあがってみてください」
毒見をした使用人も目を輝かせていたことから、大丈夫と思いつつも、レオカディアはエルミニオの反応が気になって、どきどきしてしまう。
「おいしい!すっごくおいしいよ、ディア!それに、すっごくやわらかい!」
「よろこんでもらえて、わたしもうれしいです!エルミニオ様!」
「ほら、ディアもいっしょに食べよう?あーんして」
「え?」
無邪気にからあげを口元へ運ばれ、レオカディアは呆然とからあげを見つめてしまった。
「あの。わたし、あかちゃんじゃないので」
「あれ?しらない?あかちゃんじゃなくても、こいびととか、ふうふはするんだよ。だから、ほら」
「・・・・・っ」
恋人とか夫婦。
その言葉に、レオカディアは真っ赤になって絶句するものの、エルミニオはにこにこ笑顔を崩さない。
「それとも、ディアはぼくがきらい?」
「だいすきです!」
あまりにレオカディアが口を開けなかったからか、それまでの笑みから一転、不安そうにエルミニオの表情が曇りかけたのが辛くて、レオカディアはぱくりとエルミニオの手から、からあげを食べた。
「ぼくも大好きだよ、ディア!」
ああ、エルミニオ。
いい笑顔。
幸せ。
・・・・・んん?
そういえば、下味を付けたものは竜田揚げとか何かで読んだ気もするけど。
まあ、いいか。
「ね、ディア!また作って来て!」
「はい!これ、揚げたては、もっとおいしいんですよ」
ぽろりと言ったレオカディアの言葉に、エルミニオの顔がぱあっと輝く。
「もっと?」
「はい、もっとです!」
「ぼくも、揚げたてを食べたいな」
もぐもぐとからあげを食べながらのエルミニオの言葉に、レオカディアは笑顔で頷いた。
「なら、作り方をこちらのりょうりにんに、わたしましょう」
言った途端、周りの使用人の目がきらりと光り、そのあまりの圧にレオカディアは思わず怯えて、エルミニオの袖を掴んでしまう。
「いい匂いだもんね。みんな、食べたいのはわかるけど、ディアを怖がらせるのはだめだよ」
笑顔のまま言い切るエルミニオに、使用人たちは一斉に深く頭を下げた。
「「「申し訳ありません。アギルレ公爵令嬢」」」
「い、いえ、だいじょうぶ。こんど、おしえるから、たのしみにしておいて」
「いや、ディア。それは、きちんとしたほうが、いいかもしれない。おかあさまと、おとうさまに、そうだんしてみよう」
「え」
そんな大仰にしなくても、というレオカディアの声も聞こえない風で、早速と動いたエルミニオによって、からあげは法的に守られることになった。
そして、そのついでのように海老のグラタンについても同様の措置が取られ、それらふたつが公爵家所有のレストランで独占提供されるようになると、未来の王子妃は食の開拓に才ありと言われるまでになった。
「なんだか、わたし、くいしんぼうみたい」
「そんなことないよ。おいしいのは、ほんとうだし、ディアが考えたものなんだから、ちゃんとするのは、あたりまえだよ」
「ふふ。エルミニオは、きちんとレオカディア嬢を守れているようで、母様はとても嬉しいですよ」
「そうだぞ、エルミニオ。己の妃を真に愛し守れるのは、己だけなのだからな」
・・・どうして、私ここに居るのかしら。
それに、うちの家族まで。
いや、からあげや海老のグラタンのためだとは、分かっているけど。
王城で、国王夫妻とエルミニオ、それに家族であるアギルレ公爵一家と共に食事をしながら、レオカディアは、ふとひとり宙を見つめたい気持ちに陥る。
海老のグラタンとからあげを、アギルレ公爵家の独占レシピとして認証した国王夫妻の要望により、レオカディアは、それらふたつを王族に献上するため、という名目で、時折食事の用意をするようになった。
その王城での食事会は、アギルレ公爵夫妻の差配により滞りなく開催されるうち、公爵一家も参加することが当然となり、今では、月に二度ほど行われる定例会にまでなってしまっている。
はあ。
こんな展開になるなんて、想像もしなかったわよ。
私はただ、エルミニオがからあげを好きになるかどうかだけ、知りたかったのに。
そりゃ、私もからあげ食べたかったけど。
「おねえしゃま!おいしいでしね!」
「レオカディアのお蔭で、兄様も、殿下や両陛下と親しくお話しさせてもらえて、光栄だよ」
「ブラウリオもクストディオも、ぼくの弟と兄になるのだから、当然のことだ」
今、皆で囲む食卓には、あたたかな空気が流れ、幼い弟であるブラウリオも、兄のクストディオも、美味しそうに食事をし、仲良くエルミニオと会話をしている。
そして、見れば両親も、国王、王妃両陛下との会話を楽しんでいると見える。
こんな展開、想像もしなかったけど。
今凄く幸せだし、みんなも幸せそうだから、まあいいか。
「ディア?何か、しんぱいなことでも、ある?」
「いいえ、大丈夫です。エルミニオさま。こんどは、じゃがいものグラタンとか海老のグラタンはどうかな、と思っていました」
「おお!それも、おいしそうだな!すっごく楽しみだ!」
優しい家族と国王夫妻。
そして何より、エルミニオの笑顔がすぐ傍にあることが幸せだと、レオカディアは頬を緩ませた。
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