三十三、薔薇祭 ~異国の王女 2~ エルミニオ視点
「ピアね、側妃様になったら、いっぱいドレスを買うの!あと、宝石も!」
「そう。まあ、正妃のあたしより予算は少ないでしょうけど、それなりにあげてもいいわ」
「『あげてもいい』じゃなくて、ちゃんとちょうだい!」
「・・・・・殿下。なかなかに面白い話が聞こえるんですが」
前を歩くピアとミゲラの会話を聞きながら、セレスティノが少しも面白く無さそうな声と表情で言った。
「不快だと、はっきり言え。僕は、このうえなく気分が悪い」
「だが、確かに一国の王女だからな。身分は確かに高い。まあ、家族にも国民にも厄介者扱いされているというのは、有名な話だが」
「ああ。だからこそ、何かあれば、それを口実に僕の妃として捻じ込むだろうな」
『反吐が出る』と、吐き捨てるように言って、エルミニオは前を行くミゲラ王女の背に侮蔑の視線を向ける。
「まあ、そうなってもレオカディアの傍には俺が居るから、安心しろ」
「そんな心配、不要だから忘れろ。そのために、僕は今ここに居るんだから」
本当ならレオカディアのもとへ行きたかったのに、足をすくわれないために王女を送っているのだと、エルミニオが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ねえ!予算!側妃様のピアにも、ちゃんとちょうだいよね」
「あげるわよ。額は知らないけど」
「もう。協力したらって、約束したじゃない」
「こっちだって、そっちの願いを聞いたでしょ。邪魔者の排除」
「「っ」」
「殿下」
「ああ」
ピアとミゲラの言う『邪魔者』が誰なのか。
「あいつらが、ディアを」
「証拠が欲しいな」
「今手元にあるのは、犯行に使われた縄だけというのが心許ない」
「仮にも王女なのに、傍仕えさえ傍に居ないのは、奴らこそが実行犯だから。そういうことか?」
「それと『何かあれば』を、積極的に狙っているんだろう」
正式に訪問したわけではないにしても、一国の王女が他国で不祥事に巻き込まれたとなれば、訪問先の国は何等かの責を負うことになる。
「本気で、殿下の正妃の座を狙っているということか」
「あの王女は、惚れっぽいことでも有名で、その点でも他国に迷惑をかけまくっているから、どこに行っても歓迎されない。嫁入るどころではないだろうな」
「ヒレワサのアウレリアーノ王子殿下も、随分苦慮していらっしゃいましたね。あの折は、側近の方も対処に困っていらして、大変そうだった」
そういえばと、セレスティノも遠い目になった。
「その苦労が、今正に僕たちの所へ来たわけだ」
「もはや、災厄だな」
「ああ。被害は、最小限に抑えるぞ」
「森を抜けたら馬車を手配して、さっさと城へ送ろう」
エルミニオとセレスティノが固く頷き合ったところで、ピアとミゲラ王女がくるりと振り向く。
「ねえ。やっぱり馬に乗せてよ。ピア、疲れちゃった」
「そうよ、王女を歩かせるなんて、どういうつもり?」
「先ほどもご説明しましたが、殿下の馬は襲撃に遭ったばかりですので、興奮して危険です。歩くしかありません。エルミニオ王太子殿下も同様の状況なので、ご理解ください」
しれっと言ったセレスティノに、既に落ち着きを取り戻し、大人しくエルミニオに手綱を引かれて歩いていた馬が『ふふん。分かっているけどね』と言わぬばかりに鼻を鳴らした。
「悪い。言い訳に使って。後で、角砂糖とにんじんをやるから許してくれ」
ぽんぽんと首を優しく叩き、セレスティノは再び歩き出したピアとミゲラの背を見る。
「ディアは、無事だろうか。馬から振り落とされなかったとしても、あの縄を投げた犯人と遭遇でもしたら」
「ああ。ヘラルドに頼るしかない、心配しか出来ない現状にイラつくな。かと言って、王女にしろあの妄想女にしろ、殿下の馬に乗せたりしたら、それこそ婚姻一直線に持って行かれそうだし」
「それも狙いだろう。僕と一緒に馬に乗った。その事実だけで有り得ない話までもを捏造し、妃にしろ、責任を取れと無理にでも捻じ込んできそうだ・・・ああ。考えただけでもぞっとする。それに第一、僕はディア以外の女と馬になんて乗りたくない」
無理矢理婚姻を避けるためにも、心情的にも嫌だ、無理だと言い切って、エルミニオは歩く速度をあげる。
「それにしても。折角《女性に大人気の騎士の試合》を避けて、この時間の森に入ったというのにな?殿下」
「ぐっ。それを言うな。まさか、こんな最悪な事態になるなんて思いもしなかったんだ。仕方ないだろう」
「分かっているさ。万が一レオカディアがその騎士の試合を見たいと言ったら、そして見惚れでもしたら、って不安だったんだろ」
「茶化すな」
事実であるだけに強くは言い返せず、エルミニオはただため息を吐く。
「あれだけ好かれていても、不安か?」
「ディアを信じている。それは絶対だ。ただ、ディアが一時でも他の誰かに心を奪われるのは耐えられない」
「心の狭い男は嫌われるぞ?」
「ディアには、絶対内緒にしてくれ」
こそこそと小声で話しながらも、そこは大事だとしっかり念押しをするエルミニオに、セレスティノは苦笑を禁じ得ない。
「これほどレオカディアを溺愛している男の妻に、無理にもなろうだなんて。気が触れた者の所業だな」
「大臣や、他の高位貴族もセレスティノと同意見だ」
最早、レオカディアを排除して自分の娘を妃にと言う者は、自国にはいないとエルミニオは胸を張った。
「それなのに、愚かな者はやはり居たということか」
「ああ。不愉快極まりない。とっとと王女は国へ返し、禁止薬剤保持の犯罪女には、相応の処分を下したい」
「そうだな。厄介ごとは、さっさと片付けるに限る」
そのためにも、まず森を抜けたら配備されている騎士に声をかけて、とセレスティノはこれからの流れを考えつつ、彼女らのことを厄介ごとと、真顔でそう言い切った。
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