二十九、毒
「おはようございます。お父様、お母様」
「ああ、おはよう。レオカディア」
「おはよう。レオカディア」
いつものように挨拶をして食卓に着いたレオカディアだが、コーヒーを嗜んでいる両親が、既に食事を終えていることに気付き首を傾げた。
「今日は、随分お早いのですね。何か、ご予定がありましたでしょうか」
両親が仕事で朝早くに家を出ることもあるとはいえ、今日は特に予定を聞かされていないとレオカディアが言えば、両親は互いの顔を見合い、頷き合う。
「今朝早く、陛下より『昨日の件に併せて伝えたいことが出来た』と、早朝の登城を要請された」
「え?併せて伝えたいこと、ですか?」
「そうなの。昨日、レオカディアが危険な目に遭った、それ以上の何かがあったらしいの」
母までもが、その柳眉を顰めて言うのを聞いたレオカディアは、不安に胸が嫌な音を立てるのを聞いた。
「まさか、エルミニオ様の身に何か危険が?もしや、既にあの薬剤を摂取していた事実が発覚したとかですか?それとも、もっと危険な」
「落ち着きなさい、レオカディア。それも含めて、きちんと確認して来る」
「レオカディアは、本当にエルミニオ王太子殿下が好きなのね」
焦りのままにレオカディアが言えば、父アギルレ公爵が窘めるように言い、母であるアギルレ公爵夫人は、揶揄うように微笑む。
「申し訳ありません」
「私たちの前では構わない」
「はい。お父様。気を付けます」
暗に、人前では毅然とした態度でいるようにと言われ、レオカディアは神妙な気持ちで頷いた。
「でも、大切なひとの危機かもしれないと思ったら、焦らずになんていられないわよね。わたくしだってそうだわエドガー」
「それは、私も同じだよ。愛しいトニア。ただ、レオカディアには立場があるだろう?足元を掬われて、悲しい思いなどしてほしくないんだ」
「だったら、そうおっしゃればいいのに」
「君が上手く伝えてくれるだろう?だからつい、甘えてしまう」
「まあ。エドガーったら」
わああ、始まっちゃった。
どうしようかな。
・・・まあ、このまま私は食事を始めてしまってもいいか。
とはいえ、発端は私の問題だし。
「・・・・・ああ、おはようございます。父上、母上。お邪魔をしてしまったようで、申し訳ありません」
朝から甘い雰囲気を醸すふたりに、レオカディアがどう対処しようかと思っていると、ブラウリオがばつの悪そうな顔をしながら入って来て、その場を収めてくれた。
「邪魔なんてこと、あるわけないでしょうブラウリオ。おはよう。よく眠れた?」
「はい、母上。ねえ様に酷いことをした奴らは、どんな目に遭わせるのがいいか考えているうちに、ぐっすり」
「ぶ、ブラウリオ?」
未だ未だ可愛いと言われる要素の強い、それこそ可愛い弟の、聞き逃せない発言にレオカディアが慄くも、ブラウリオは平然としている。
「大丈夫だよ、ねえ様。ねえ様の敵はぼくの敵、そして兄様曰く、兄様の敵でもありアギルレ公爵家の敵でもあるんだから、任せて・・・そうですよね?父上」
「ああ。頼もしい跡取りと、その補佐。優秀な息子がふたりもいて、私は嬉しい。我が領は安泰だな」
え?
いや、兄様が将来いい領主になって、ブラウリオはその有能な補佐になる、ってところに反対意見は無いけど。
今のは、何か違うような気もする。
「ともかく、わたくしとエドガーはお城へ行って来るわね」
「レオカディアは、不安もあるだろうが普段通りの行動をしてほしいとのことだ。行き帰りの護衛を増やしておいたから、安心して行って来なさい」
「はい、お父様」
昨日の件で、ピアが自分を恨み、何か行動に出ることも予測して、レオカディアは慎重な面持ちになった。
「父上。登城されるのは、昨日のねえ様に危険が及んだ、あの件ですよね。ぼくにも、情報をくれますか?」
「もちろん、そのつもりだ。陛下にも、公式に願い出る」
「家族で共有するのは、当たり前のことよ。あ、レオカディアには、エルミニオ王太子殿下がご自分で伝えたいとのことだから、そちらから聞いてね。ふふ」
は、母上。
なんでしょう、その『ふふ』っていうのは。
「エルミニオ王太子殿下は、ねえ様の婚約者で一番傍に居るのですから、護ってくれて当たり前なのに。危険に晒すなんて、この婚約自体、考え直した方がいいのでは?」
「え?ブラウリオ、何を言うの。昨日も言ったでしょう?エルミニオ様は、すぐに駆け付けてくれたって」
「ねえ様。それこそ当たり前。そうでなければ、今頃、婚約破棄に奔走しているところだよ」
窘めるように言ったレオカディアは、憮然とした表情で言うブラウリオに本気を見て、愕然とした。
「・・・・・え?毒が、ですか?」
朝、いつものように迎えに来たエルミニオと共に馬車に乗り込んだレオカディアは、そこで、昨日ピアが用意させていた茶席のカップとスプーンから毒が検出されたと聞き、驚愕に目を見開いた。
「ああ。カップの内側全面に経口用の毒、カップの外側には経皮毒が仕込まれていたそうだ。レオカディアの分として用意されていた品にね」
「そんな。毒だなんて」
それは、自分を殺そうとしたということかと、まるで予想していなかった話に固まってしまったレオカディアの手を、向かいに座ったエルミニオがそっと握る。
「危険薬剤を平気で持ち込むような女だからね。徹底的に調べた」
「では、あの侍女とドゥラン男爵令嬢の繋がりも分かったのですか?」
城勤めの侍女ともなれば、全員が貴族の出身、そのうえ王族とも接するとなれば伯爵位以上の家の者であることがほとんどを占める。
そんな中位以上の爵位を持つ家と、ドゥラン男爵家は付き合いがあるのかと、レオカディアはエルミニオに問うた。
「いや。あの危険薬剤犯罪女と繋がりがあったのは、水汲みの下女だった。その下女の親が件の下僕侍女の親に仕えていて、ということのようだな」
「つまり、水汲みの人にドゥラン男爵令嬢が飴をあげて、そこから、ということですか?」
「ああ。そうらしい。しかし、あの下僕侍女。飴については認めているが、毒については知らなかったと言い張っている」
そう、苦い顔になったエルミニオの目の下に、うっすらとした隈を見つけ、レオカディアはそっと指でなぞる。
「エルミニオ様。寝ていらっしゃらないのではないですか?」
「心配ない・・・いや。疲れているから、休んでもいいかな。ディア」
「もちろんです。エルミニオ様。少しの時間ですが・・・・え?」
レオカディアが許可するや否や、エルミニオは嬉々とした様子でレオカディアの隣へと移動し、その膝を枕に上半身を横たえた。
「ああ・・・癒される」
「ゆっくり、お休みください」
何か思ったのと違う、と思いつつ、疲れているのは本当だろうと、レオカディアはエルミニオの金色の髪を優しく撫でた。
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