二十七、マグノリアのガゼボ
「アギルレ公爵令嬢。王妃陛下が、お呼びでございます」
その日、王太子妃教育の一環として寄付用の刺繍を刺していたレオカディアの下に、そう言ってひとりの侍女が訪れた。
「王妃様が?」
「はい。マグノリアのガゼボでお待ちになるとのことです」
マグノリアのガゼボで?
今の時季に?
通称、マグノリアのガゼボと呼ばれるその場所は、今レオカディアも居る王族が使う棟から離れており、貴族であれば誰でも訪なう事の出来る区域にあることもあって、花の季節が終わった今の時期に王妃が利用したことなどないと、レオカディアは首を捻りつつも言葉を繋ぐ。
「そうなの。エルミニオ殿下もご一緒なのかしら?」
「それは、伺っておりません」
・・・うーん。
怪しい。
今の時期にマグノリアのガゼボでお茶をする王妃様、そしてエルミニオ様の所在は不明。
有り得ないわ。
何か、計画していそうな感じね。
でも、王妃様のお呼びと言われて行かないわけにもいかないし。
相手もそれが狙いなのだろうと思いつつ、レオカディアは分かったと返事をした。
「・・・ねえ、アガタ。どう思う?」
「怪しいです」
伝達に来た侍女が去って行った扉を見つめ、アガタと呼ばれた部屋の隅に控えていた彼女は苦い顔になる。
「そうよね。エルミニオ様がご一緒かどうか分からないなんて。王妃様のお使いとは思えないわ」
王妃からお茶に誘われることは少なくないが、そのほとんどがエルミニオも一緒で、もし万が一一緒でないとしても、同席するかどうか分からないということは、今までに一度も無かった。
「アギルレ公爵令嬢。あの侍女は確かに王城勤務の者ですが、王妃陛下付きではなく伝達の係です。いかがなさいますか?」
「だとしても、王妃様のお名を出されて行かないわけにもいかないから、行って来るわ。本当ならそれでいいし。ね、アガタ。それでお願いなんだけど、私がマグノリアのガゼボに王妃様に呼ばれて行ったと、エルミニオ様に伝えてくれる?それから、王妃様にも。まあ、王妃様は呼び出しが本当であれば、居室にはいらっしゃらないでしょうけれど」
今王妃が居る場所を思い浮かべて言うレオカディアに、アガタは恭しく礼をする。
「畏まりました。至急お伝えしてまいります」
「お願いね」
レオカディアに一礼して、すぐさま行動に移したアガタを見送り、レオカディアは席を立つ。
するとアガタから連絡が行ったのだろう、アガタと同じく王城でのレオカディア付きの侍女、マルシアが扉の外で待機しており、護衛と共にレオカディアの後ろに付いた。
さってと。
鬼が出るか蛇が出るか。
マグノリアのガゼボまで、聊か緊張して歩いたレオカディアは、見えて来たそのガゼボに女性の姿を認め、足を止める。
ヒロインと、さっきの侍女。
隠す気もないのね。
「ねえ、マルシア。最近王城で、侍女を付けてもらった女性はいるかしら?」
「なっ。そのようなことは、絶対にございません。アギルレ公爵令嬢」
レオカディアの問いに、マルシアは即座に否定した。
「そうよね。エルミニオ様からも、両陛下からもそのようなお話、伺っていないもの」
「王城で侍女を付けられる女性は、王妃陛下とアギルレ公爵令嬢だけです」
自国の貴族令嬢に、王族が侍女を付ける。
それは、貴族令嬢を妃として迎え入れるということを意味するものであるとあって、マルシアも必死に否定を繰り返す。
「そのような誤解、王太子殿下がお聞きになったら、どれほどお嘆きになられるか」
「大丈夫よ、マルシア。わたくしは、エルミニオ様を信じているわ」
そもそも側妃という制度が無いこの国に於いて、エルミニオが婚約しているレオカディア以外の貴族令嬢を妃に迎えるというのは、婚約者を挿げ替えるという意味を持つ。
「そのお言葉を聞いて、安堵いたしました」
王城、否、この国で知らない者はいないと言われるほど、エルミニオがレオカディアを溺愛していることは有名で、横槍を入れようとすれば家が滅びるとまで言われている。
「では、突撃しますか」
一呼吸置いて、着衣に乱れの無いことを確認したレオカディアは、しずしずとマグノリアのガゼボへと歩を進めた。
「あ、レオカディア!今日はね、あんたにも飴をあげようと思って来たの!どう?嬉しいでしょ」
ガゼボのテーブルに着き、お茶とお菓子を楽しんでいる最中のピアが、近づいたレオカディアに呼びかけた途端、お菓子の屑が辺りに飛び散る。
「このお茶の支度は、貴女が?」
その惨状にも眉ひとつ動かさず問うレオカディアに、ピアの後ろに立つ侍女、先ほどレオカディアの下へ伝達に来た侍女が頷いた。
「はい。ドゥラン男爵令嬢が、お望みになられましたので」
「そう。それがどういうことか、当然分かっているのよね?」
王城には、貴族であれば入れる区画が幾つかある。
しかし、そのいずれの場所も、王城の侍女が茶席の用意をすることはない。
王城の侍女が茶席の用意をするのは、王族、もしくは王族の婚約者の命を受けた時だけ。
つまり茶席の用意をしたということは、その相手を王族、もしくは王族の婚約者と判断したとみられても、何ら文句は言えない。
「もちろん。分かっております」
「そう。それは、貴女の独断かしら」
王族の意思はと問い詰めるレオカディアに侍女の顔色が悪くなり、ピアが怒りの形相で立ち上がった。
「ちょっと!なに侍女さんいじめてんのよ、この性悪レオカディア。ああ、かわいそうに。あんな奴の言うこと、気にしなくていいからね」
レオカディアに食いつき、後ろに立つ侍女へ優しい笑みを見せるピアに、侍女が心底嬉しそうに小さく頷きを返すのを見て、マルシアが強く拳を握った。
「これは、王家に対する侮辱、いえ反逆です」
「もう一度聞くわね。このお茶席は、両陛下かエルミニオ王太子殿下がお許しになったものなの?」
「・・・・・・」
「エルミニオなら、絶対許してくれるもん!」
レオカディアの問いに対し、無言になった侍女に代わってピアが明るい声で答える。
「その根拠は?」
「根拠って。だって、もう飴を三つあげたから、そろそろ次のクッキーに進んでいい頃合いだもん」
なに、その理由。
ていうか、ちゃんと舐めているかとか、効き具合の確認とか、しなくていいの?
仮に舐めていたとしたって、飴三つじゃ、未だ王城でのお茶会は早いでしょうに。
「ディア!」
レオカディアが呆れて思ったその時、エルミニオが突風の如き勢いで駆けて来た。
その後ろに、セレスティノとヘラルドも続いている。
「エルミニオ様」
「ディア、無事か?怪我は無い?嫌なこと言われたりとかは?」
腕や肩に触れ、心配そうに確認するエルミニオに安堵している自分に気付いたレオカディアは、心のどこかで、エルミニオがピアを選ぶ万が一を恐れていたのだと知り、それを逃れた嬉しい気持ちで優しいはちみつ色の瞳を見つめた。
「大丈夫です。ところでエルミニオ様。一応の確認なのですが。エルミニオ様は、ドゥラン男爵令嬢に、王城の侍女をお付けになられましたか?」
「なっ。そんなことするわけないだろう!」
浮気を疑われたも同意のことを言われ、エルミニオは叫ぶように言うとレオカディアの両肩を強く掴み、その陽の下で緑に輝く瞳に視線を合わせる。
「ですが、そこな王城の侍女が、ドゥラン男爵令嬢のために茶席を用意したと」
「なんだと?」
「エルミニオ!あたしがお願いしたの。だから、侍女さんは悪くないのよ。そもそも、この茶席に呼んだのだって、仲間外れはかわいそうだから、レオカディアにも飴をあげようかなって親切心で。それなのに、レオカディアが意地悪を言って・・・きゃあ!」
じろりと睨んだエルミニオにも怯むことなく、自分も侍女も悪くない、レオカディアが性悪で意地悪なのだと訴えるピアを、護衛が押さえつけた。
「ちょっと!なにすんのよ!」
「侍女もろとも、牢につないでおけ」
「はっ」
「ちょっ・・・!なにすんの!エルミニオ、やめさせてよ!ねえ!セレスティノ!ヘラルド助けて!」
ずるずると引きずられながら叫ぶピアの声が遠くなるより早く、エルミニオはレオカディアの顔に自分の顔を近づけて、自身の潔白を訴える。
「ディア。僕は、あの女に王城の侍女を付けるなどしていない。信じてくれるよね?」
「もちろんです。エルミニオ様」
エルミニオを疑う様子も無いレオカディアに安堵したように、エルミニオが息を吐けば、それを見たセレスティノも安心したように小さく微笑み、改めて不快そうにテーブルに用意された茶席を見た。
「しかし何故こんなことが?」
「あの侍女、完全にあの女の支配下にあるみてえだったな」
「もしかして、王城の使用人にもあの飴を配ったのかしら」
不安そうに言うレオカディアに、エルミニオが難しい顔になる。
「確認する必要があるな」
「王城の侍女か。しかし、どうやって接近したんだ?」
「偶然行き会って、飴くれたって食わねえだろ。絶対」
そんな愚かな者は侍女になどなれない、そもそも貴族として有り得ない、ではどうやってと、四人は同時に首を捻った。
「お茶とお菓子の用意があるということは、厨房も関係しているのかしら」
侍女が勝手にお茶やお菓子を持ち出すことは出来ないはず、と考え込むレオカディアにエルミニオも頷きを返す。
「早急に、王城の使用人全員に対し、危険薬物に関する調査をすべきだな」
「まずは、両陛下にご報告を」
「ああ。行こう。必ず、あの女の企みを暴く」
決意の表情で告げたエルミニオは、三人をゆっくりと見つめてからレオカディアの手をしっかりと掴んで歩き出した。
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