二、黒い液体調味料
「ディアは、ほんとうに字がじょうずだね」
ふたり並んで講師を見送った王城の一室で、椅子に座り直したエルミニオが、満面の笑みでレオカディアの文字を誉める。
「そういうエルミニオでんかも、おじょうず、です」
「ふたりのときは、でんかはいらないよ、ディア」
にこにこと笑うエルミニオを見ていると、自分まで幸せな気持ちになると思いながら、レオカディアは筆記具を仕舞った。
「きょうのお茶は、にわがいい、って言ってあるんだ。いこう?」
「はいっ」
そうして、ふたり手を繋いで歩き出せば、行き交う侍女や侍従たちが、あたたかな目でふたりを見守ってくれる。
それに何より、エルミニオがレオカディアを見つめる瞳は、はちみつのように優しい。
ブラウリオは、ゲーム通り海老のグラタンが大好物になったけど、エルミニオは本当に鶏のから揚げが好物になるのかな?
だって、この世界に鶏のから揚げなんて無いよね。
一体どうなっているのかは知らないが、ゲームでエルミニオ個人の好感度をあげるアイテムである鶏のから揚げは、現在この世界に存在しない。
私が知らないだけ、なのかな。
そういえば、そもそも肉料理があまり無い、と、レオカディアは、エルミニオと並んで歩きながら首を傾げた。
「どうしたの?ディア」
「あ・・今日のおかしは、なにかな、って」
まさか『鶏のから揚げ好きになりますか?』と聞くわけにもいかず、レオカディアはそう言って微笑みを浮かべる。
「うん、なんだろうね。ぼくも知らないけど、ディアとたべるとなんでもおいしい」
「わたしもです。エルミニオさまとたべると、何でもおいしい」
ふふ、と笑い合い、エルミニオとレオカディアは庭へと歩いて行った。
「・・・・ん?何だって?もう一度、言ってくれるかい?レオカディア」
「はい、おとうさま。わたし、おしょうゆがほしいのです」
はっきりと言ったレオカディアに、両親が困ったように顔を見合わせる。
「わたくしの可愛いレオカディア。おしょうゆ、とは何かしら?」
「おかあさま。おしょうゆは、ええと・・・くろい、えきたいちょうみりょう、です」
「「黒い、液体調味料?」」
アギルレ公爵夫妻にとって愛娘であるレオカディアは、これまでも、一体全体何処で知ったのか、と言いたくなるような、珍しい料理を食べてみたいと言っては、周囲を驚かせて来た。
なので、並大抵の発言には驚かなくなっていたアギルレ公爵夫妻も、黒い液体調味料発言には、咄嗟に出る言葉が無い。
「りょうりちょうにきいても、しらないといわれて。ならば、この国にはないのかな、と」
「つまり、外国にはあるかもしれない、とレオカディアは考えているんだね?」
「はい、そうです。おとうさま」
きらきらと目を輝かせて言うレオカディアを前に、アギルレ公爵夫妻は暫し考えるように目を見合わせた。
「あそこになら、あるか?」
「そうですわね。あそこなら、あるいは」
「おとうさま、おかあさま。あそこ、とは、どこですか?」
両親の言葉から、希望が見出せそうだと思ったレオカディアは、本能のままに父であるアギルレ公爵の膝によじ登る。
「多少雑多だが、珍しい異国の品が揃う市がある。そこで、探してあげよう」
膝に座るレオカディアの金色の髪を優しく撫で、アギルレ公爵は蕩けるような瞳でそう言った。
ありがとうございます。