十八、手作りの、とりのからあげ
「はあ。今日は午後から、文学の小テストか・・・・・」
「ヘラルド、文学は苦手だものね」
いつもの元気はどこへやら。
食堂の席に着くなり憂鬱そうに呟いたヘラルドに、レオカディアも苦笑で返す。
「何を言う。ヘラルドが、文学はまったく自信が無いと嘆くから、僕たち三人で特別補講もしたんだ。不甲斐ない点数など、取らないと信じている。何と言っても、僕たちの頼れる側近なのだから」
そう言って、王者の笑みとも言えそうな、ゆったりとした笑みを浮かべたエルミニオに、ヘラルドの口元がひくひくと動いた。
「うわあ・・・何かよさげなこと言ってるけど。殿下は、レオカディアが、俺にヤマはってくれて、個人授業しようとしてくれてたのが、嫌だっただけじゃん」
『な?』と、同意を求めるようにレオカディアを見るエルミニオと、そんなエルミニオに頷き返すレオカディア。
そして、そのまま微笑み合うふたりを見たヘラルドがぼそりと言えば、セレスティノが、その肩をぽんと叩く。
「安心しろ、ヘラルド。ヘラルドが不甲斐ない点数を取ったとしても、側近がひとり入れ替わるだけだ。さて、次の同僚は誰かな」
「セレスティノ、お前な・・・・っ。殿下」
目を半開きにしてセレスティノに迫ったヘラルドが、不意に警戒態勢を取ると、隣に座っていたエルミニオを背に庇う。
「レオカディア。大丈夫だから、じっとしていろ」
そしてセレスティノは、同じく隣に座っていたレオカディアを、その背に庇う形を取った。
食堂の、壁側の席。
壁と自分たちに挟まれたこの体勢であれば、エルミニオとレオカディアの安全は守られる。
そう踏んで、ヘラルドとセレスティノは、向かい来る怪しい人物へと視点を定めた。
「エルミニオぉ、今日は一緒にごはん食べようぅ!」
そして、一気に緊張の走った食堂のなか、満面の笑みでレオカディア達の座るテーブルへと駆けて来る桜色の髪の少女。
あ、ヒロイン!
会わないと思っていたけど、こんな所で!?
「貴様。王太子殿下の名を呼ぶだけでも不敬なのに、呼び捨てとは。騎士団に突き出されたいのか?」
武器こそその手に持たないが、強く鋭い瞳で睥睨するヘラルドに、桜色の少女はふふふと笑った。
「いやあねえ、ヘラルド。そんな固いこと言っちゃって!あ、分かった!あたしが先にエルミニオに声をかけたから、いじけているのね。大丈夫。ちゃあんとヘラルドとも食べるし、何なら大好物のじゃがいものチーズ焼きも作ってあげるから・・・あ、ごめんだけど、エルミニオのとりのからあげの後にね」
・・・これがヒロイン。
流石の可愛さと、自信というところ?なのかな。
でも、こんなヒロインだったっけ・・・?
もっと奥ゆかしくて、清楚な感じがしてたけど。
『何か常識知らず過ぎる。思っていたヒロインと違う』という思いもあるものの、ぱちんと片目を瞑って見せる彼女は確かに可愛い、とレオカディアには見える。
「どうやら、騎士団直行をお望みのようですね」
「もう、セレスティノまで。大丈夫。セレスティノにも、ちゃんと魚のムニエル作ってあげるから。ね?機嫌直して」
エルミニオのとりのからあげ、ヘラルドのじゃがいものチーズ焼き、そしてセレスティノの魚のムニエル。
はあ。
見事に全員の個別アイテムを言い当てて・・・って、ちょっと待って。
何で、知っているの?
「手作りの、とりのからあげ」
もしかして、ヒロインたる彼女にもゲームの知識が、と思ったレオカディアの前で、エルミニオがぽつりと呟いた。
もしかして、ヒロインに作ってもらいたい、ってこと?
それなら、邪魔するわけにも。
「ディア。ディアは、いつも美味しいものを考案して、食べさせてくれるけど。そういえば、とりのからあげを手作りしてくれたこと、ないよね」
「あ、それは。揚げ物はちょっと、難易度が高くて」
まさか『手作りでなければ、ゲームのように好感度が爆上がりしないのではないかと、避けていました』とは言えず、レオカディアは、ありきたりな言い訳を口にした。
「そうだね。確かに、危険ではあるか」
『なら仕方ない』と言うエルミニオの落胆ぶりが激しくて、レオカディアは、そんな表情を払拭したい思いに駆られる。
エルミニオ様のこんな表情、見ていたくない。
それに、私がエルミニオ様の婚約者なんだもの。
例え好感度が爆上がりしてもいいよね?
だって私、この場所を譲りたくない。
「あの。でも、だいぶ上達してきたので、今なら平気かなぁ、なんて」
自分でも気持ち悪くなるくらい、乙女な声を出してしまったレオカディアの反応に、エルミニオの表情が、ぱあっと明るくなった。
「じゃあ、作ってくれる?」
「はい。喜んで」
「なら、俺には肉巻きおにぎりな」
「俺は、鮨がいいな」
「え?」
不意に横から言われ、レオカディアがそちらを見れば、ヘラルドがにやにやと、そしてセレスティノは、意味有りげな笑いを浮かべてレオカディアとエルミニオを見ていた。
「お前らが、いちゃいちゃと桃色な会話を楽しんでいる間に、危険人物排除した俺らにも、当然作ってくれるよな?レオカディア」
「そうだな。学院の警備に引き渡しただけ、とはいえ、働いたのだから報酬が欲しい」
とりのからあげを手作りする、とエルミニオと約束した所で、ヘラルドとセレスティノに揶揄うようにそう言われ、レオカディアは『あ』と、ここが何処で、どういった状況であったかを思い出し、その耳までも真っ赤に染めた。
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