十四、エルミニオとヒロインの出会い・・・の筈が。
「うーん。今日もいい天気・・・そろそろ、出会いイベントかな?」
入学して三日。
ゲームの記憶によれば、そろそろ出会いイベントだと思いつつ、レオカディアは大きく伸びをして、ベッドから出た。
ゲーム「エトワールの称号」の出会いイベントは、入学後三日くらいから七日の間に起こるもので、特定の日付は無い。
特にここでの発生条件は無く、その場へ行けばいいというものではあるが、七日以降に起こることもないので、万が一にも邪魔などしないよう、そろそろ気を付けなければと、レオカディアは気合を入れて、今日のりぼんを選んだ。
「おはよう、ディア。今日も可愛い。それにそのりぼん、僕が贈ったものだよね?」
「おはようございます、エルミニオ様。はい、そうです。お誕生日に選んでくださったものですわ」
正確に言えば、誕生日にもらったプレゼントのうちのひとつだと、レオカディアはくるりと後ろを向いて、エルミニオにそのりぼんを見せる。
「そういう清楚な感じも、ディアにはよく似合う」
「エルミニオ様がくださったりぼんは、どれも素敵なので。全部お気に入りなのです」
今日、レオカディアが選んだのは、幅の狭い水色のりぼんに金糸で刺繍を施したもの。
華やかな場に着けていくには少し弱いが、普段使うにはぴったりで、レオカディアはこれを選んでくれたエルミニオは本当に凄いと思っていた。
同じ清楚系でも、お茶会の時なんかはもう少し華やかで。
ちゃんとドレスに合うような物を、贈ってくださるのよね。
「そう言ってもらえると、凄く嬉しい。デビュタントの衣装はアギルレ公爵に譲るけど、その次の夜会のドレスは僕に贈らせてね」
「はい。ありがとうございます、エルミニオ様」
微笑み合って馬車に乗り、学院へと向かう。
そして、ふたり並んで教室へ行き、授業を受けて共に昼食を摂り、午後の授業が終われば共に王城へ向かう。
この分だと、エルミニオ様とヒロインの出会い場面、私は間近で見ることになりそうね。
ゲームでは、エルミニオの婚約者であるアギルレ公爵令嬢が出て来る場面は少ない。
つまり、あまり行動を共にしていなかったということなのだろうが、実際は違う。
エルミニオの婚約者であるレオカディアは、一緒に居ないことの方が少ないくらい、エルミニオと共に居る。
それでも、邪魔はしないから許されて、とレオカディアは、エルミニオとヒロインの、その出会いの時を待った。
ゲームでは、ヒロインが大切にしている小さな人形を学院の廊下に落としてしまい、それをたまたまエルミニオが拾い、教員室へ届けに行く。
するとそこで、ヒロインがその人形を探していると知り、慌ててヒロインを探せば、彼女は夕闇迫る学院の隅にある時計塔の前で、膝を抱えてうずくまっていた。
『すまない。君がピア・ドゥラン男爵令嬢か?』
王太子に声を掛けられ、緊張する彼女にエルミニオは優しく人形を手渡す。
『これ・・・・・!』
『僕が、拾っていたんだ。探していると聞いて、届けに来た』
『ああ・・ありがとうございます!』
『いや。すれ違ってしまったみたいで、却って悪かった』
『そんなことありません!これ、母の形見で。本当に大事なものなのです。ありがとうございます、王太子殿下』
『っ』
その時、花が開くように笑ったピアの表情が目に焼き付いたエルミニオは、自分の心が優しさで満たされ、光り輝くのを感じていた。
「・・・ディア。ちょっと、こっちに寄って」
「エルミニオ様?」
「怪しいものが落ちているから。ディアは寄らないで」
放課後、公務のために欠席する日の申請を、エルミニオと共に提出しに行ったレオカディアは、鞄を取りに教室へと戻る途中、学院の廊下で不意にエルミニオに抱き寄せられた。
「あっ、あれ」
そして、その視線を追ったレオカディアは、そこに落ちているそれを見て、思わず驚きの声をあげてしまう。
「うん。ごみだとは思うけど、危険な物だといけないから」
ええええ!?
危険なもの、って。
あれ、ヒロインが落とした人形だと思うんだけど。
「え、エルミニオ様。ごみではなく、人形なのではないでしょうか」
「人形?だとしたら、本当に危険なものかもしれない。呪いの類ならまだ可愛いが、危険な薬品を仕込んでいる可能性もある」
「えっ!?いえいえ、誰かの大事な人形かもしれないではないですか」
レオカディアが焦る間にも、エルミニオは厳しい視線を後ろへ向け、顎をしゃくって誰かに何を指示した。
「エルミニオ様!危険というなら、あの方も!」
後ろから、すっと出て来て、迷いなく人形と思しき物へ近づく少女は、学院の制服を着ている。
「ディアは優しいな。彼女は、影候補だ。特殊訓練を積んでいるから、問題無い」
レオカディアとエルミニオが、小声でそんな会話をするうちにも、彼女は人形と思しき物を確認し終え、エルミニオとレオカディアに向かって膝を突いた。
「特に、危険な物は仕込まれておりません」
「そうか」
「で、では殿下。届けてあげるというのは、どうでしょう」
危険な物ではなかった、ならそれでいい、とそれだけで終わってしまいそうな雰囲気に、レオカディアは懸命に声をあげる。
「ディアは、本当に優しいな」
「だ、だって。誰かが大切にしていたものなら、悲しむだろうなって」
「大切に、か。ディアの持ち物なら、この人形ももっと大事にされただろうに」
そう言ってエルミニオが呟いた通り、その人形は酷く綻び、目も取れ、髪も引きちぎられたように乱れていた。
本当だわ。
このお人形は、貧しい暮らしをしていたヒロインが、お気に入りのワンピースがぼろぼろになって、着られなくなったのを悲しんでいる時、ヒロインの実のお母さんが、辛うじて布として使える部分で人形の外側となる部分を作り、中にはぼろぼろになってしまった布の破片を入れて、ヒロインに贈ってくれた、世界にたったひとつの物で。
ヒロインは、とても大切に扱っていたというのに。
「よっ、どうした?何か問題か?」
「あまりに遅いので、鞄を持って来ましたよ」
その時、そんな声と共に、ヘラルドとセレスティノが現れた。
「あ、ごめんなさい。落とし物があったものだから」
「落とし物?そのぼろがか?」
「ああ。ディアは、誰かにとっては大切な物かも知れない、と」
不思議そうに言うヘラルドにエルミニオが説明し、影候補の彼女に届けて来るよう命じる。
「お願いね」
そんな彼女にレオカディアは声をかけ、内心で首を傾げる。
エルミニオ様は人形を拾わず、時計台にも向かわない。
そしてヘラルドは、ここに居る。
・・・・・ヒロインとの出会いは?
「何だよ、レオカディア。俺が漢前だからって、見惚れてんのか?」
「そんなわけないでしょ」
今日、裏庭でヒロインと出会うはずだったヘラルドに揶揄うように言われ、レオカディアは思い切り首を横に振った。
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