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Part9 庶民の朝


 死競場で財産を失った日から一晩明けて。

 その日はコレットの慌ただしい様子から始まった。


「クレア、昨日は何かおかしな事はなかった?」

「おかしな事ですか?」

「魔術師の様子ですの。一緒にいたでしょう?」


「うーん……。あぁ、毒抜き毒キノコを山ほど食べたのに、全然平気そうでしたね。あれはお腹の中身まで普通と違うはずです。解毒能力が高いのか、内臓が毒を受け付けないのか……。毒杯で暗殺、とかは無理そうですね。外部からの注入毒なら可能性はあります。それとも毒の種類の問題かも知れません。神経毒には対応していない可能性もあるので、次は蛇を売っているお店に行くと詳しく調べられると思います。どうにもあの人は魔法を使っている様子がありませんから、少なくとも事前に魔法的な手段を用いていない限り……」

「そこまでは聞いてませんの」


 コレットの期待していた話ではなかったらしい。


「と言うより。あなた、魔術師の毒殺を考えてますの?」


 別にマーファさんを毒で苦しめようと思っているわけではない。ゾンビを製作する上で、どこまで何の機能を持たせるか、という事は重要であるため、何となくこうした話には熱くなってしまうのだ。

 しかし急にコレットの方から訊ねてくる話題としては、些か不穏である事も確かだ。朝食の席で、何もなければわざわざ私に聞く話でもないだろう。


 ちなみに、コレットの朝食と私の朝食はもちろん別の内容だ。同じ卓で食べる事を許してもらっているが、食べ物は自分で用意している。今日は先日買い込んだ中からパンとバター、それから腸詰肉を取り出しておいしく頂いている。


「昨日、スパイダーリリーへの物資輸送トラックが事故に遭いましたの」

「それは……えっと、大変ですね」

「意味がわかってますの?」

「トラックが事故を起こしたんですよね?」


 しかしそれでは、どうして私におかしな事はないか、などと聞くのだろう。


「同時に、物資の保管庫で盗難事件もありましたの」

「わ、私じゃありませんよ!」

「……何かやましい事でもありますの……?」


 じっとりとした目でこちらを見ている。視線を逸らしてみると、コレットの朝食が目に入った。スープも卵も肉も野菜も果物もあって豪華だ。


「とにかく。トラックの事故も、盗難事件も、どちらも無関係ではありませんの。運んでいたのも保管していたのも、ハロウィンの供物、ですのよ」

「ハロウィンの供物って、それってアレですか? あの街で配ってるお菓子みたいな」

「みたいな、ではなく正真正銘のお菓子ですの」


 ハロウィンという事も相まって、死霊祭では大量のお菓子が用意される。ガイドブックにも載っている有名な話だ。しかしそのお菓子が相次いで失われたとなると、なるほど。


「それってつまり、お菓子を独り占めしたい誰かが悪事を働いている、って事ですね?」

「まぁ、大体は合ってますの。でも問題はその悪人ではなく、ハロウィンの供物がないという事ですの。これは、正直ピンチですの」

「お菓子がないと、みんなガッカリするからですか?」

「……マジですの? あなた、死霊術師なのにハロウィンの供物を知らないで、どうやって今までやってきましたの……? ニトクリス現象とか、聞いた事ありませんの?」

「あぁ、それなら知ってますよ。というか、得意です」

「知ったかぶりは美しくありませんの」


 ニトクリス現象とは、一年に一度だけハロウィンの夜に起きる現象だ。その一晩だけは現世と冥界の境界が曖昧になり、死霊が活発化、凶暴化する事である。それを抑えるため、死霊術師はハロウィンの日だけは死霊術の使用を控える。あるいは、些細なもので良いから何らかの供物を捧げる。


 知ったかぶりではなくて、マシューさんの書いた死霊術百科にも書いてあるので知っている。

 もっとも、死霊術百科にはその続きも書いてあったのだが、スパイダーリリーで購入したどの書籍にもその記述がなかったため、あまり一般的な知識ではないのだろう。

 そもそも、本来のニトクリス現象とはもう少し違う現象を指しており、死霊が凶暴化するというのは副次的効果に過ぎない。それがいつの時代からか、死霊の凶暴化を指す言葉になってしまったのだとか。

 コレットが知らないのも当然で、むしろ街で知っている人はいなかったくらいだ。マシューさんはどうやって知るに至ったのだろう。


「個人レベルなら大した問題は起きませんの。死霊術が扱いにくいとか、ちょっとしたポルターガイストが発生するとか、その程度ですの。でもこの街でその問題が起きると、あなたが想像しているニトクリス現象とは規模が違いますの」


 確かに、死霊で溢れ返ったような街で死霊が凶暴化するなど、想像しただけで寒気がする。


「でも供物はお菓子に限らなくて、何でも良いんじゃ……?」

「それも……この街ではダメですの……。供物をお菓子と定める契約を死霊と結んでいる死霊術師が多すぎますの。スパイダーリリーでは死霊と契約する際の供物をお菓子に統一するよう推奨してますの……」


 スパイダーリリーでは組織の力を活かして、街全体にハロウィンの供物を配布している。その際に、何かに統一してある方が配布しやすい、というのはよくわかる理屈である。そして死霊と契約を交わす事で成立させる死霊術もまた、ポピュラーなものだ。


「今現在、急ピッチでお菓子を生産してますの。そしてこの事は、生産者と一部の関係者を除いて他言無用。おそらく、当日までには何とかなると思いますの」

「はぁ……そうなんですか……」


 と、ここで私はコレットの狙いがわからなくなった。何とかなりそうなら、何故わざわざ私に話すのだろう。他言無用の関係者に、私が含まれる理由がわからない。


「そして、あなたには私の護衛と犯人を見つけた際の確保をしてもらいますの」

「……んっ?」


 パンくずがのどに貼り付くような感覚。話が見えてこない。


「どうやってこの事件を知ったのか、魔術師側が協力を申し出ていますの。まぁ、人の口に鍵をかける事はできませんから、どこかで聞いたのか、盗み聞きなのか……」


 聞けば、魔術師の三人は部外者である自分たちに疑いの目がかかる事を予見し、その前に自ら捜査と防犯に協力する事で潔白を証明すると言ってきたらしい。


「当然、重要施設の立ち入りや内部情報に関しては触らせませんの。それも向こうはわかっていると思いますの。……でもそうなると、連中の狙いがわかりませんの……」

「本当に潔白を証明したいのでは?」

「そうであるなら、それに越した事もありませんの。何にせよ、こちらで監視できるというのは助かりますの。あの嘘つきマシューには昨日の能天気女に付いてもらって、胡散臭い男はザッハトルテとブラウニーが付いてますの」


 それで今朝からマシューさんを見かけないわけである。使用人の方もいつもと違う。


「で、残ったあの生意気娘は私とあなたで担当ですの。一緒に残ったお菓子の安全を確認して、周辺の警戒をしますの」

「え、何でですか……」


 これは何故コレットが自らやるのか、という意味も含んでいるのだが、そうは受け取ってもらえなかった。


「文句を言うなら利子を請求したって良いんですのよ。滞在費の請求書を今から用意する事もできますの」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 私はおとなしく、お出かけ用の服に着替える事にしたのだった。

 それから一時間の後、昼食の前に私は呼び出される事になる。

 コレットはいつもの華美な服装ではなく、その辺で売っていそうな服を着ていた。黒いスキニージーンズと、牛革のジャケットに、サングラスまでしている。


「その恰好は……?」


 棺桶を引きずりながら、玄関で待ち合わせた私はその姿に驚きながら、一応訊ねてみる。


「一般的な庶民の変装ですの」


 サングラスの隙間から瞳を覗かせ、そんな事を言っている。


「……なんですの?」

「あ、いや……。革ジャン、似合ってますよ」

「そう? ……竜革と迷いましたが、牛革の方が庶民らしいと思いましたの。これで正解ですのね」


 コレットの庶民に対するイメージは、どこで培われたのだろう。スパイダーリリーの石畳や建築風景と、ロックバンドシャツや靴で歩く姿は逆に目立ちそうだ。


「ケーキ家の人間が、魔術師と一緒にこの一大事に歩いているなんて、冗談にもなりませんの。ここは正体を隠して、街の様子を視察しますの」

「あれ、視察なんですか?」

「何か間違ってますの?」

「いえ……別に……」


 さっきは周辺の警戒と、安全確認をすると言っていた気がする。どこで視察が目的になったのだろうか。


「さぁ行きますの! いざゆかん、庶民の生活!」


 コレットが楽しそうなので、特に私から何をいうつもりもないのだが。


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