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Part8 麻花



 かくしてその後。

 四人の相手と戦った私は何だかんだと勝利を収める事ができた。あと四人で賞金がもらえるのだ、とニヤつきながら五人目の相手を待つ。

 ここに至るまで、幸いにも怪我らしい怪我を負う事はなかった。この競技はひどい時には骨折くらい当たり前に起きると聞いていたが、今回はラッキーであったと言わざるを得ない。


「では、どこからでも!」


 棺桶を置いて対戦相手を待っていると、アナウンスが相手の情報を告げる。今度は女性らしい。匿名を希望しているようで、本名を伏せているとの事。仮名は、マスクド・ラオフー。


「マスクド・ラオフー……!」


 なんて強そうな名前だ、という感想を抱いた時にはその姿を見せていた。屋台で売っていたお面をつけた、髪が長い青ジャージの女性である。

 マーファさんだ。


「にーはおー」

「いや隠す気ゼロじゃないですか」


 片手を軽く上げ、握ったり開いたりしている。私は小声で訊ねてみた。


「あの、まさか魔法使ったりしませんよね……?」

「めぇーうぇんてぃー」


 ゆったりと親指を立てているが、仮面で表情がわからない。そう言えばマーファさんはこっちの人種とは違う感じだが、どこの国の人なんだろう。アジアのどこかだとは思うのだが、残念ながら死霊術以外の知識にはとんと自信がないため、私にはわからない。

 そして、ゴングが鳴った。


「構えなよ。殺しちゃうぞ」

「ふぇ?」


 右手を前に出して腰を落とす奇妙な構えから、マーファさんは一瞬で私の目の前に出現した。ワープや姿を消す魔法を使ったのではない。ただ単に、物凄く素早く動いたのだ。


「え、ちょっ……」


 マーファさんは素手だった。しかしその手が伸びると同時に、私の首が寸断される様子が易々と想像できた。あぁ、これは死んでしまう。走馬灯よりも早い素手の一撃は、音すら置き去りにして肉に突き刺さった。


「うっは、すっげ」


 嬉しそうな声が聞こえた。視線を向けると、私とマーファさんのわずかな隙間に灰色の腕が侵入し、その一撃を受け止めていたのだった。


「マジかこいつ。やるじゃん!」


 たった一歩で大きく距離をとると、マーファさんは構え直す。私はどうするか悩んだが、仕方ないので棺桶の蓋を半分だけ開いたままにした。腕がするすると中に戻っていくが、わざわざ閉めたりはしない。


「どうなっても知りませんからね!」

「んー? いーよぉ? このために誘ったんだから」


 マーファさんは明らかに魔法的な何かをしているのだが、周りには死霊術の一種だと何とか説明する必要があるだろう。格闘家の死霊を憑依させて戦っていた、とかどうだろうか。その場合は人外じみた肉体の強度についての説明も必要になってしまうが。


「ずっと戦い見てたよクレアっちゃん。他人の術式をワンタッチで書き換えたり、くそキモい人形けしかけたり、やっぱり普通の死霊術師とは違うね?」

「そんな事ありません。どの戦いも、勝てたのは幸運でした。あとキャリーは可愛いので、くそキモくないです」


 それだけのやり取りをすると、またマーファさんが消えた。足を床に叩きつけるような動作の後、高速で移動するのだが、果たして魔法なのか段々自信がなくなってきた。多分、魔法だと思うのだが。まさか肉体強度と技術だけでやっている訳では、恐らくないと思う。

 短距離ワープと言った方が説得力のある動きで、ジグザグに私を翻弄する。私の目が追いきれなくなった所で、再び拳が襲ってきた。


「ひゃあ!」


 悲鳴を上げる事ができたのは、棺桶から飛び出した腕が私を守ってくれた後になってからだった。


「ははぁなるほど」


 マーファさんは灰色の巨腕と組みあったまま、頷いた。


「やっぱりこれ、クレアっちゃんの意思と無関係なんだね。自動防御? すっごいパワー」

「いやあの……。これに腕力で対抗できるマーファさんの方が……」

「へーえ? なにそれ。これ、そんなにすごいの? もしかして、腕の他に体もあるとか……?」

「い、いやいやまさかそんな……」


 次の瞬間、マーファさんの膝が私の側頭部に飛んできた。非常に危険な攻撃だし、何よりマーファさんのパワーでそんな事をされると冗談抜きで死んでしまう。


「きゃああっ!」


 情けない声しか出てこなかったが、がたんと棺桶の蓋が大きくズレる音が聴こえた。そして現れたのは、もう一本の腕。


「あらら……やっぱり片腕だけって事はなかったか」


 マーファさんの膝蹴りを捕まえた腕は、そのままミチミチと脚を締め上げている。


「い、いたた」

「あ、だめ! だめだめ!」


 嫌な予感のした私は、慌てて灰色の腕を引き剥がそうと試みる。しかし万力のような力でガッチリと固定され、動こうとしない。


「いってぇ! な、なんだ、この……!」

「この人は大丈夫だから! やめなさい!」


 マーファさんが殴りつけるが、締め付ける力はどんどん強くなっている。私は声の限り怒鳴ったのだが、言う事を聞く様子がない。


「ぐ、う……ぎゃああっ!」


 最後に、硬い物が砕ける音が響いた。マーファさんが痛みに吼える。妙な方向に足がねじくれてしまっていた。

 マーファさんの脚が折れてしまった。それによって、脅威が去ったと捉えたのだろう。灰色の巨腕は、両腕とも棺桶の中に戻って行った。


「ま、マーファさん!」


 急いで治療しなければ、と脚に視線を送る。と、マーファさんは尻餅をついて両腕を上げていた。


「こーさーん! もーやだー! いっったぁーい!」


 そうして競技は終了した。が、それどころではない。私は近くにいたスタッフに早口で次の試合を辞退すると告げ、マーファさんを運ぶためにやってきた救護班に駆け寄った。


「呪いも精神汚染もありません! 物理的な骨折です! あぁ、どうか早く治して下さい!」


 余計な検査を受けないよう伝えると、担架に乗せられたマーファさんが上体を起こした。


「あーちょいちょい」


 救護班の肩を叩くと、痛みに冷や汗を浮かべたまま笑顔を作った。


「見て見て」


 そして自らのねじくれてしまった脚を指す。ひどい大けがだと言うのに、何を笑っているのだろう。救護班の誰もが、私すらも、マーファさんの意図がわからなかった。

 しかし、その直後に疑問は氷解する。


「バケモノなのはねぇ、あたしも同じなのよね」


 ぺきぺき、と細かくて硬い何かがたくさん砕ける音。次いで、勢いよくマーファさんの脚が蠢き始めた。内部から、骨と肉が自ら動いているのだ。それは徐々に速度を増し、骨肉の動き回る音があたりに響く。何が起きて、どうなるのか、と考えるまでもない。

 一分も経たずに、マーファさんの脚は元通りになったのだ。


「えへへぇー……」


 照れ笑いのようなものを浮かべているが、これではっきりした。

 恐らくマーファさんは人間ではない。

 魔法を使った様子もないし、かと言ってもちろんゾンビでもない。生命を持つ、人間以外の何かだろう。怪物の類にも見えないが、マーファさんの言うバケモノとは比喩でも何でもないはずだ。


「治ったから、またそのうちやろうね」

「え、嫌ですけど……」

「ぅえー? バケモノ同士で仲良くしよーよー?」

「え、いやいや私は人間ですけど」

「あっはっはっは!」

「は? 笑うポイントじゃありませんけど」


 念のため医務室まで担架で運ばれていくマーファさんを見送った私は、競技の事を思い出した。


「マーファさん全然平気そうじゃん……」


 これならそのまま次の試合に出ても良かった。あと何人かに勝てば賞金がもらえるのだ。


「お願いします!」


 懇願してみたのだが、やはり一度自ら辞退を申し出ている上、今から参加し直しても十人抜く頃には閉場の時間だと言う。


「ぐ、な、なんてこと……」


 せめて、と半ば自棄になりながらも財布の中身を突っ込んだ所、ゾンビレースでは運の良さも強さも発揮できなかった。コレットの借金を返すどころか、更に金銭を失った私はどうやって死競場を出たのかもよく覚えていなかった。


 帰り道、マーファさんが屋台で食べ物を奢ってくれた事だけが救いであり、財布が痩せた分だけでもお腹を膨らませる事はできたのだった。


 カーニバルまで、残り四日。



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