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Part7 死霊術



「何故こんな事に」


 呆然と立ち尽くす私は、さて困った事になったと眉間にしわを寄せてみる。

 案の定、マーファさんは勝手に私を選手として申請したらしい。


 本来は一般の飛び入りなど参加できない。当たり前である。しかしカーニバルに行われるハロウィンカップは、その例外にある。数年前から観光客を呼び込むために始めたらしいが、これがとにかく好評で、今は恒例行事としてカーニバルの前後期間だけは一般から飛び入りで参加できる事になったらしい。


当然、これは一般人のみでプロの人間が参加する事はないそうだ。しかしここはスパイダーリリー。世界中の死霊術師が集まる都だ。生半可な選手などいないだろう。

それも、マーファさんが申請しやがったのはゾンビの競走ではない。何を思ったのか、闘技部門に申請したらしい。普通に、ガチガチの格闘技である。


安全のためのルールはもちろんあるが、私のような小娘が参加する競技ではない。あの人は頭がおかしいかも知れないと思っていたが、頭がおかしかったようだ。


「とはいえ……」


 闘技と聞いた時には、よほど断ろうと思った。が、賞金の額を聞いて顎を引っ込めてしまったのだ。なるほど、これは参加者も集まるし、そりゃ好評だろう。


「不人気ゾンビで一発当てるよりも、こっちの方がまだ可能性はあります……。これならコレットに借金を返して、お釣りまでくるかも知れません。あのお上品なカップに、今度は白湯ではなく紅茶を注がせてやりますよ」


 そういう訳で、私は控室でチタン製のガントレットを借りると左手にだけ嵌めたのだった。何やら武器や道具が色々とあったのだが、振り回した事もない剣や斧など使えない。


「あ、刃は潰してあるんですね。短剣くらいなら使えるかも知れないと思いましたが……これは……なるほど……」


 あくまで剣術に使うのではなく、死霊術の道具として使用する事を前提としているようだ。コレットがモデルガンの拳銃で死霊術を使うような、そういう人に向けての武器らしい。


「では、このガントレットも無駄かも知れませんね……」


 控室には、見るからに強そうな男性ばかりがいるため、私は完全に浮いている。

 持っている道具や装備はそのまま使って良いとの事だったが、棺桶を背負っているのは私だけだ。他の人は棺桶もなしにどうするのだろう。それとも、たまたまゾンビ職人は私だけなのだろうか。


「まぁ良いです。そろそろ私ですね。トイレとか行っておいた方が良いんでしょうか……?」


 そんな事を言いながら、ガントレットを握ったり開いたりしていると名前が呼ばれた。


「どんとこい」


 周囲を見ると、誰もが私を舐めきっていた。しかし、成り行きとはいえ私には借金を返す目的がある。今日ばかりは空気を読んであげないのだ。

 競技場は真四角で、バレーボールのコートくらいだろうか。板の上に白いマットを張っている。ロープがない大きなプロレスリング、とでも言えば近いだろう。


「さぁ、どこからでも!」


 棺桶を立てるように置くと、私はぐるりと辺りを見る。囲むような観客席に人はまばらだ。小娘の競技など見る気も、という事なのだろう。ちらりと見えたオッズの様子では、ほとんど誰も私に賭けていない。


「むむっ」


 私と相対するように現れたのは、如何にも強そうな男性であった。ジーンズとシャツのラフな格好だが、鉄製のロングソードを勢いよく振り回している。盛り上がった腕をしているが、筋肉で鉄の棒をあそこまで扱っているわけではない。何かしている。


「さては、降霊武器ですねっ!」


 ロングソードに死霊を宿し、その死霊を操る事でロングソードを動かしている。あれは手で動かしているのではなく、自ら動く剣を握っているのだ。


「すごいです! 使い込んだ道具でもないのに、今借りた物でそんな事が出来るなんて驚きました! それも、そんな重い物を動かすとなると……並の死霊ではありませんね?」


 さすがスパイダーリリーである。レベルが高い。

 どういう仕組みになっているのだろうか、と観察している内にゴングが鳴っていたらしい。男性がロングソードをくるくると操り、私に迫ってきた事で私は我にかえった。


「あ、あわわ……」


 もう始まっていたなんて、と言いかけた辺りで男性の手からロングソードがすっぽ抜けた。否、そうではない。意図的に手を離したのだ。元々ロングソードは自ら動いているため、男性が握っている必要すら本来はない。

 もしこれがルールのない実戦なら、遠く離れた所から武器だけを自在に飛ばして戦うのだろう。


「なんてこと……!」


 私の胴体目がけて飛来するロングソード。こんな物に当たってはタダですまない。私は慌ててガントレットでロングソードを弾いた。


「えい!」


 鉄とチタンの擦過音が響き、私の左手にロングソードの衝撃が伝わる。刀身の表面をなぞるように触ると、ロングソードはあっけなく方向を変え、私の脇を通り抜けて後方に飛んで行った。


「びっくりしました……」


 飛んで行ったロングソードは、ブーメランのように弧を描いて一旦男性の手元に戻る。もう一度私に投擲しようと振り上げ、そこで私はガントレットの指を男性に向けた。


「ほい!」


 ぷち、と細い糸のちぎれる感覚が私の中に生まれた。私が引きちぎったのだ。

 何を、と言えばそれはロングソードとそれに宿った死霊の繋がりである。瞬間、男性は振り上げた鉄の塊に耐え切れずバランスを崩して転倒。もうあのロングソードが動く事はない。


「さ、さぁ! 次の武器をどうぞ!」


 次はもう少し上手く武器を叩きたい。そう思って左手を手刀のように構えると、男性は両手を上げて降参のポーズ。


「……え?」


 てっきり、次から次へと武器を入れ替えながら戦うとばかり思っていた私は、苦笑いを浮かべる男性に目を丸くしてしまった。

 戦いに勝った私は、観客からブーイングを浴びるとばかり思っていた。私が勝ってしまったがために、ほとんどの人が損をしているのだ。それも仕方ない事だろう、と観客席に目を向けた。


 だが、観客から向けられたのは健闘を讃える拍手だった。次も見るぞ、と大声でかけられた言葉が何となく嬉しくて、控室に戻る足取りはスキップに近かった。

 こうなれば俄然、負けるわけには行かない。おそらくマーファさんはどこかで私に賭けてこの様子を眺めているのだろう。私にゾンビを選ばせるのではなく、私を選手にしてしまうとは。何て人だろう。


「二回戦ですか? すぐやりますよ。まかせて下さい!」


 控室で競技を続けるか聞かれたので、私は両こぶしを握って頷いた。


「さあ! どこからでも!」


 十数分の後、またも私の試合が組まれたので、私は白いマットに立っていた。

 ハロウィンカップの闘技では勝ち抜き戦らしく、十人抜きで王者の称号と賞金が出るそうだ。あと九人である。

 私が棺桶を置いてマットの反対側を睨みつけると、眼鏡をかけた青年が鋭い目つきでやってきた。黒い法衣と、その上からいくつものアクセサリーを下げている。


「んー……?」


 一見して武器の類を持っていない。だが、そのゆったりと広がった法衣の下に何を隠し持っているともわからない。


「むむむ……!」


 私は霊視を試みる。死霊術を修めていない人にはピンと来ないらしいが、ぽちんとスイッチを押したように視界にフィルターがかかる。ゆっくりと青年の体から立ち上る霊力の流れを確認した私は、なるほどと思わず手を打った。


「可愛い! ワンちゃんですね!」


 ゴングと共に、青年が振った手を合図に飛び出したのは犬の形をした呪いだ。

 その呪いの名は、犬神。イヌ科の動物の死霊を用いた呪術で、幸運と不幸を溜め込み、まき散らすものだ。そして彼の扱う犬神の犬種はゴールデンレトリバーらしい。わふわふ、と犬の興奮した鳴き声が私に向かって一直線。


「か、可愛い……」


 霊体なので触れる事はできないが、私の胸に飛び込んでくる様子は見える。一応、犬の形をしているが中身は凶悪な呪いそのもの。さすがに避けなくてはまずい。


「くっ……! こんな可愛いものを避けるなんて……そんな……!」


 それとも、わざと可愛い犬を使う事で避けづらくしているのだろうか。何ならちょっとくらいなら呪われても良いかも知れないとすら思えてしまう。そういう作戦に違いない。


「そ、その手には乗りません!」


 呪われたとしても、競技が終われば救護班もいるし、青年も呪いを解くだろう。しかしこの戦いは負けてしまう。


「かわいそうですが……。ていや!」


 私は懐から鬼火を詰めた手榴弾を取り出す。スケルトンを衝撃で吹き飛ばしたりもしたが、鬼火の良い所は霊体にも干渉できる事だ。

 ぼむ! と青い焔が爆裂する。レトリバーの鼻先で爆裂させた結果、呪いは犬の形を保てずに霧散して空気に溶ける。

 青年に目をやると、胸のアクセサリーが一つ、音を立てて割れ落ちた。


「と、すると……。もしかして、そのじゃらじゃらしたネックレスやペンダントは全て……?」


 さすがに全てではない、と前置きした青年の背後から、何頭もの犬神が現れた。影から染み出すように、どろりと呪いが溢れ、それらが次々と犬の形をとっていく。

 チワワ、コーギー、パピヨン、トイプードル、ポメラニアンの順番で現れた。全て小型の室内犬だ。今しがたのゴールデンレトリバーと生前どういう関係だったのだろうか。一頭だけ大型犬だなんて、何か事情があったのだろうか。


「可愛いとは思いますが……」


 私は悲しみと共に、棺桶の蓋を少しだけ開いた。


「さすがに一頭ずつ吹き飛ばすのは鬼火がもったいないので、これでやっつけてしまいましょう」


 うっすらと開いた棺桶の中に、私は手を入れる。手は何にも触れず、空間を泳ぐばかりである。しかし、私の手に合わせてチャプチャプと水音だけが聴こえた。そこに存在しない水に波紋を立てて、私の手は空間をさまよう。

 もちろん、コレットやマーファさんの見た灰色の腕など棺桶の中にはいない。今は、だが。


「えーとえーと……。たしか……」


 くるくると手を回していると、何かに指が当たる。どうやら見つかったらしい。ぎゅっと捕まえると、えいやっと私は引き抜いた。


「じゃーん! 可愛さなら負けていません!」


 アメリカの片田舎でバザーに出されていたカントリー人形である。パッチワーク風の服が可愛い。

 しかし、どうにも観客の、主に観光客のウケが悪い。さっきまで私を応援してくれていた人たちも、渋い顔をしている。戦いの場にカントリー人形は場違いという事だろうか。


「可愛いと思ったんですが……」


 手の中で体をくねらせるカントリー人形。名前はキャリー。布と綿の体だったので、肉と骨で再構成している。女児向けの人形を参考にして、お腹を押すと血涙や悲鳴を上げる仕組みを入れている。ほんの遊び心だ。


「しかし、見た目と違ってお役立ちゾンビなのです! さぁその力を見せてやりなさい!」


 私が命じると、キャリーはもがいた末に手から床に落下する。そのまま悲鳴を口から噴き上げると、犬に囲まれた青年に向かって走り出した。


「うふふ、女の子と子犬なんてメルヘンですね」


 戦いの途中だったが、のんきな感想を抱いてしまう。キャリーは二本の脚だけでは足りなかったのか、両手も使って四つん這いになって青年に迫る。子犬を見てマネたのかも知れない。キャリーの能力を見抜いて敗北を悟ったのか、青年は背中を向けて逃げ出そうとしている。


「そっちは場外ですよ……?」


 などと私が言うまでもなく、キャリーの方が速い。青年の背に飛び乗ったキャリーは、最後にけたたましい笑い声を上げ、爆散した。

 キャリーは爆発したが、人を傷つけるようなものではない。キャリーの内臓部分には、聖銀と聖水の粉末による化合物が仕込んであり、肉体が弾け飛ぶと同時に強力な解呪効果を発生させる。よくよく目を凝らせば、血と肉にまぎれて、キラキラした粉が舞っているのがわかるだろう。


「さあ! それで犬神の呪いは弱体化、あるいは無力化しました! 次は一体どん……な……?」


 ここからがゾンビ職人の見せ所、とばかりに棺桶に手をかけていたのだが、青年は甲高い声でギブアップを宣言していた。



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