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Part5 迎賓館


 迎賓館は歴史ある雰囲気の石造りだが、見方と言い方を間違えると古臭いという言葉が先に立つ。果たしていつの時代から建っているのだろうか。


 大きな門が開くと、私たちは魔術師の待つ館へと足を踏み入れた。


「彼らは先に待ってるのかい?」

「えぇ。どうして私が木端魔法使いなどを待たなくてはなりませんの?」


高慢ちきな表情を隠そうともせず、コレットは鼻を鳴らした。


「なるほど。さすがはケーキ家のご令嬢だ。頼もしいね」


 マシューさんは肩をすくめて見せた。

 廊下には毛足の長いカーペットが敷かれていて、ふわふわと歩き進める。一階の一番奥に、その部屋はあった。


「お待たせしましたの」


 何の遠慮も挨拶もなく、自宅のドアを開けるようにコレットは扉を開けた。中は暖色の照明が灯る部屋で、柔らかそうなソファと硝子細工で装飾されたテーブルが並んでいる。シャンデリアも含め、骨や肉を素材にはしていないし、装飾のテーマも悪魔や死神ではない。

 正直、私の趣味ではない。スパイダーリリーらしくないセンスの部屋だ。


「お会い出来て光栄ですよ。コレット・ケーキ嬢。お父様はお元気で?」

「あら……。お父様と面識が? あなたとは初対面のはずですの」


 他愛ないやり取りから始まった会話を聞き流しながら、私は目の前の人物を眺める。

 第一印象では特徴のない男性だと思っていたが、やはり意図したものだったらしい。上等なスーツを着て、髪を上品にまとめた姿は実に有能そうに見える。若くて将来性のある、と言った感じだ。

覗き見した時の感じとも違うので、このいかにも紳士然とした様子もまた、意図して作っているのだろう。


「失礼、名乗るのが遅れました。ビスク・クラッカーと申します。ゴーレム職人を生業としております」


 ビスクと名乗った男性は、ちらりと背後を振り返る。視線の先には、まだ座ったままの二人がのんびりとくつろいでいた。


「あー……」


 コレットの入室と同時に立ち上がるくらいの礼儀を持ち合わせているビスクさんは、何かを察して欲しそうに視線を彷徨わせて、そして諦めて言葉を発する。


「二人とも。自己紹介を」


 そこまで言われて、あぁ、とわざとらしく反応したのは少女の方。恐らくわざとそうしているのだろう。彼女は椅子から立ち上がらず、金属製のブーツをガチャつかせながら脚を組んで言う。


「公認魔術師のミント・バブルガムです」


 少女はミントというらしい。長い髪を指で弄んで、さも無関心である事を装っている。どうやらビスクさんと違って演技の類は苦手らしい。周囲を警戒し、敵対心に染まった目を隠せていない。


「マーファだよー!」


 最後の一人は青いジャージを着たままである。ミントもビスクさんも着飾っているが、この女性だけはそのままだ。私たちを待っている時間に出されたであろう茶菓子を置きもせず、にこにこと微笑んでいる。

 このマーファさんは入室してから私の方をずっと見ている。数秒に一度の割合で目が合っているが、向こうから話しかけてくる様子はない。昨日の事はあくまでも、公的にはなかった事にしているのだろう。


 マシューさんがクロミツの名で挨拶をしたので、私も名乗る。最後にコレットが改めて名乗った事で全員の自己紹介が終わった。


「で。お連れの方と同様に、お掛けになったらどうですの? 椅子はまだ空いてますの」

「あー……。何とも失礼を。私の連れは二人とも、このような場には不慣れでして。無礼は承知ですが、緊張のあまり……」

「そちらの事情に興味はありませんの。さぁクロミツ様、クレア。適当にお掛けになって」


 ふい、と首を振ってビスクから離れたコレットは、私たちに座るよう指示。コレットとビスクさんも着席し、死霊術師と魔術師が互いにセットで対面に座る形だ。

 ずっと背負っていた棺桶をソファの背もたれの裏に立て掛けるように置く。何かあっても手が届く位置だ。


「では、挨拶も済んだ所で。今回スパイダーリリーに来たのは、どういった要件ですの?」


 口調は柔らかいが、いきなり喧嘩腰で言葉を発するコレット。苦笑いで受け止めたビスクさんが返答しようと口を開きかけ、そこでミントが先に答えた。


「死霊術なんて外道な事をしている街がどんな所か見に来ました」

「ミント!」


 今度ばかりは強い口調でビスクさんが声を上げた。さすがに私でもわかる失言である。だがコレットは涼しい顔をしている。


「構いませんの。どうやら無礼なのではなく、単に無知なだけの様子。知らない者に腹を立てる事もありませんの」

「無知……? 魔術師より死霊術師なんかの知識の方が深いなんて、それこそ知りませんね。どこの世界の話ですか?」


 早速険悪な空気である。恐らくコレットは、そもそも最初から魔術師と穏便に済まそうとしていない。魔術師が何をしようとどうでも良いと考えているのだろう。果たしてその根拠はわからないが、とにかくそうした様子だ。

 そして、どうやらコレットが強気に出られる理由をマシューさんとビスクさんだけは理解しているらしい。マシューさんは我関せずと言った表情でのんびり微笑んでいるし、対照的にビスクさんは焦ったような表情でミントを見ている。


「死者を弄び、傷つけ、尊厳を踏みつけにする。邪悪で外道な術だと、そう死霊術の事は聞いていますが?」

「……本気で言っていますの……?」


 ミントの言葉を受け、コレットは目を丸くしていた。


「では、あなたの大切な人が死んだとして。あなたはそこに何も感じませんの?」

「いいえ。とても悲しいでしょう。もちろんそれは、死なないよう最大の手を尽くす前提ですが。……死者を冒涜する死霊術師に共感は求めませんよ」

「わかりませんの……」


 コレットは頭痛をこらえるように額を指で押さえた。


「どうして、死なないように最善を尽くす事までしておいて、死んだら諦めるんですの? あまりに薄情ですの。死せども想いは不滅である、とは死霊術の最初に覚える決まり文句ですのよ?」

「死後にどう扱われるか、故人の了解も得ずして行われて良い所業ではありません。生者の都合で死者を弄ぶなんて、許されざる邪悪です」


 互いに平行線、と言った様子のやり取りである。コレットはこれ以上語った所で無駄と考えたのか、軽く肩をすくめると口を閉じた。

 死霊術を死者への救済と捉えるか、愚弄と捉えるか。それぞれ譲れないらしい。……実は私個人の意見は二人のどちらとも違うのだが、今それは関係ないので黙っておく。


「さぁもう良いだろうミント。コレット嬢、失礼をお許し下されば……」

「気にする必要はありませんの。たかが魔法使いが一人、いちいち咎めていてはキリがないですの。……もっとも。今後の事を考えての謝罪でしたら受け取っておきますの」

「大変失礼致しました。彼女にはよく言い聞かせておきます」

「あなたも大変ですのね」


 それからは険悪な空気になるような会話はせず、というよりも意図的にビスクさんだけがコレットと会話するような形で会談は進行した。マーファさんは出されたお茶請けの菓子を食べるだけで、ミントはじっと黙っている。マシューさんは微笑んで座っているだけなので、私も曖昧な笑みを浮かべて乗り切る事を決めた。


「……と、そういう訳ですから、魔術師にとって死霊術の街というのは非常に興味深い事ばかりですよ。見えるもの全てが珍しい」


 話題は徐々に、スパイダーリリーの街並みを持ち上げるものへと変わって行った。


「特に、死霊術に使う道具でしょうか? そうした器具などは個人的にも面白いですね。流石のマーファやミントも、見識を広める機会を得られた事ばかりは本当に感謝しています」

「あら、それでしたら……」


 コレットは微笑を浮かべたまま、口元に手を添えて言った。


「明日からは私たちで街並みをご案内しますのよ?」


 意外な言葉は意外にも、一番嫌そうな顔を一瞬でもしたのはビスクさんだった。


「せっかくですが、そこまでお世話になるわけには……」


 言葉を選びながらも、ビスクさんがコレットの申し出を断るべく口を開いた。しかし、今まで会話に加わる事のなかった所から声が上がった。


「じゃあ、あたし案内してほしいなあー」


 マーファさんだ。ビスクさんの言葉を遮るように、茶菓子を持っていない方の手を上げている。


「えぇ。構いませんの」

「マーファ……お前、何を……」


 しかし、その大きな目が向けられたのはコレットでも、ビスクさんでもなかった。


「明日、一緒にお出かけしようよ。ね」


 がっちりと目を合わせてきたマーファさんは、私に笑顔を向けている。


「え、私ですか?」

「構いませんの。では明日、クレアを迎えに行かせますの」

「え、コレットが決めるんですか?」

「よろしくねクレアちゃん」

「え、そんな私……」


 有無を言わせぬコレットの視線を受けた私は、マシューさんに助けを求める。しかしマシューさんはちらりと私を見て、それからマーファさんに視線を向ける。それっきり、意図的に私の視線を無視し始めたので、何の役にも立たなかった。この人はさっきから何もしていない。


 カーニバルの開催まで、残り五日である。



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