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Part18 世界共通の正義


 座り込んだミントは、意外な程おとなしかった。


「魔力に酔ってる、フリをしてたんだよ」

「フリですか?」


 マシューさんは続ける。


「本当に魔力酔いを起こしていたら、支柱なんか気にせずに切断魔法を使っていたはずさ。魔力酔いを起こしていると思われた方が、僕が舐めてかかると思ったんだろう。けどそれは、僕の方が強い時にしか意味がない。さすがに僕がここまで弱いのは計算外だったかい? クレアちゃんとの会話を見て、すぐに身代わり人形を用意したよ」


 とはいえ、身代わり人形で受けた怪我の内、何割かは本当に痛かったらしい。頭を蹴られたのに腹を押さえる、といった事態を避けるため、完全に痛みを消す事はしなかったそうだ。


「それでも相当カットしてたのに、死ぬかと思ったよ。このブーツのせいだな? こんなブーツは没収だよ」


 マシューさんはミントから、その金属で作られた赤いロングブーツを無理やり脱がす。思った以上にあっさりと外れたブーツ。

 それは何故ミントがブーツなどという使いづらい物を、わざわざ魔法の杖代わりに使っていたのか。その理由を一目で明らかにした。


「あぁ、これは失礼したね。とは言え、返すわけにもいかないんだ」


 マシューさんは膝下から先を見ると、ブーツを小脇に抱えて私に告げた。


「クレアちゃん。車椅子を探してきてくれるかい?」


 ミントの足がやたら遅かった理由を理解した私は、死競場の入口に車椅子があった事を思い出した所で、ミントに呼び止められた。


「クレア。その棺桶についてるのって、×××先輩のゴーレムでしょ」

「……え? なんですか? よく聞き取れません」


 苦笑したミントは、座ったまま私の棺桶を指した。


「それ、あんたが誰にやられたのか思い出せたら外れるよ。認識阻害の特に強い魔法と、固定の魔法が連動して効果を発動してるみたい。自力じゃ外せないよ」

「そ、そんな! 一体誰がこんな物をつけたんですか? 教えて下さい!」

「だから言っても聞こえないんだって……」


 それから、ミントは両手を上げた。


「じゃ、私はここまでだね。降参。殺すなり呪うなり好きにしなよ」

「そんな物騒な事をするつもりはないけど、やけにあっさりしてるね?」

「そうだね。だって、最強の死霊術師さん二人はここに引き留めたし。充分な時間は稼いだと思うよ。あたしは目立って、強そうな奴を釣り出す囮役なの」


 そして続ける。


「大本命は今頃、とっくにパーティを始めてると思うよ」


 ミントの言葉に、私は棺桶を背負い直した。


「マシューさん。ミントをお願いします」

「拷問でもしようって? 私から何を引き出しても、もう遅いよ」

「うーん……どうにも勘違いが多いな。クレアちゃん。僕はここで、ニトクリス現象が発生したら果たして拷問とどっちがマシか、彼女に講義してから向かうよ」

「そうして下さい先生」


 私は何だかやけに軽い気がする棺桶を背負ったまま、メインストリートへと向かった。




 メインストリートに連なるお菓子店は無事だった。ミントが切断した庇はそのままだが、それ以外に店が襲われるような事はなかったらしい。一点を除いて、先ほどとは変わらない光景があった。

 しかしその一点が、日常を壊すにはあまりに致命的だった。


「一体、どうしたらこんな事に……?」


 道端には、死屍累々といった様子で、警備隊の死霊術師が倒れている。かろうじて息があるようだが、誰もが立ち上がる事すらできずに崩れ落ちていた。

 周りの店舗から、様々な人が出たり入ったりの大騒ぎである。怪我人を運ぶ者、治療する者、財産を持って逃げ出す者、様々な人が入り乱れている。共通しているのは、全員が怯えてパニックを起こしかけている事だろうか。


「あんた、クロミツさんのお弟子さんだろ……?」


 ふと話しかけられた。道に脇で、肩を押さえる男性である。彼岸花のピンバッジをつけているので、警備隊の人間だろう。


「ここにいるって事は、さっきの魔術師は倒したのか……。さすがだな。こっちは見ての通りだ。任されたのにな。情けない。情けないよ、俺たちは」


 自嘲するように、言葉が絞り出された。


「髪の長い女が来た。全員で止めにかかったんだが、足止めにもならなかった」


 悔しそうな表情だが、すぐさま痛みに顔が歪んだ。よく見れば、押さえている肩は骨折しているらしい。


「……彼女は、今どこにいますか?」


 聞いてみると、顎で指したのは裏路地の方向である。


「さる貴い姫が、あそこで食い止めてる。もう長い事誰も出てこないから、まだやりあってるんだろう」


 ここのお菓子店が無事なのは、まだ戦いが続いているから、という事だろう。つまりコレットが敗北し、マーファさんを止める人間がいなくなれば、この通りの店は破壊されてしまう。どうやるのかわからないが、マーファさんなら素手でそのまま建物を壊しかねない。というか、多分そうする。


「クロミツさんはどこだ? あんな奴が相手だと、いくら弟子のあんたでも……」


 その先の言葉を無視すると、私は足早に通りを曲がって裏路地の奥へ進む。


「コレット、無事でいて下さい」


 どうか、間に合いますようにと願いながら辿り着いた先では、まさにコレットが立っていた。例の駄菓子屋の前で、マーファさんと相対していたのだ。


「こ、コレット!」


 呼びかけると、コレットはこちらを見る。その姿は痛々しく、とても無事とは言えない姿であった。


「クレア、邪魔ですの……」


 綺麗にまとめてある髪はほどけ、高級そうなワンピースドレスは泥だらけで擦り切れている。肩で呼吸をし、拳銃を握りしめる様子は今にも倒れそうだった。よく見れば、右の肩口は血が滲んで色が変わっている。


「おあー? にーはおー」


 くるり、と私を振り向くマーファさん。相変わらず青いジャージで、ポケットに手を入れて立っている。振り向いた事で見える服の前面には、夥しい量の返り血が見えた。


「ん? クレアっちゃんはミントが止めるって聞いてたんだけど……。もしかして、ミント負けちゃった?」


 小首を傾げて、それからカラカラと笑った。


「やーっぱり、あの子にクレアっちゃんは荷が重いと思ったんだよ。無傷じゃないか。やーだねぇもう」

「私じゃなくて、ミントを倒したのはマ……クロミツさんです」


 告げると、大きな目が更に大きく、丸く開いた。ただでさえ大きいのに、まるで皿のようにすら感じる。不気味に口が開くと、マーファさんは言う。


「うそつき。あの人、そんな強くないでしょ」

「いいえ。本当です。あの人は嘘つきですが、本当にあの人がミントに勝ちました」

「ころしたの?」

「生きています。今頃は、車椅子に乗ってこっちに向かってる頃でしょう」


 そこまで言うと、マーファさんは一拍置いてから普段の表情へと戻る。


「ほえー? よく殺さないで勝てたね。でも車椅子? なんで? さすがに足くらいは潰したの?」


 おや、と私は疑問に思う。マーファさんはミントの足について何も知らないのだろうか。確かに、誰にでも話すような事ではない。特にミントならそうだろう。


「とにかく、ここから手を引いて下さい。お菓子を奪って、どうするつもりですか? この街が死霊に飲み込まれるんですよ?」


 説得を試みるが、マーファさんは長い髪を揺らすだけである。


「やだね」


 そしてコレットの方を向き直した。


「クレアっちゃんとは戦わないよ。ってより、そっちも戦えないんでしょ? だからあたしの相手は、お姫さまにしてもらうね」


 肩越しに私の棺桶に視線を送ると、マーファさんはコレットを楽しそうに見つめる。半身になって、軽く腰を落として構えると、足を石畳に叩きつけた。びりびりと地面に衝撃が伝わる。


「さーて、第二ラウンドだ! 行くよー!」


 私の事など完全に無視したマーファさんは、勢いよく飛び出した。コレットの頭部へ、その拳が伸びる。肉の当たる音が響いた。

 思わず目を背け、それからそっと様子を見る。コレットはまだ立っており、その頭も無事であった。何が起きたのかと見れば、マーファさんの拳を横から掌底で弾いていたのだ。


「うはぁー! すげー!」

「ええぇぇい!」


 コレットが気合いを込めて叫び、くるんと上半身が回ったように見えた。その動きに合わせ、マーファさんの体も動く。どうやら、マーファさんの腕は弾かれた後に絡めとられていたらしい。そのままコレットは全身を使って、マーファさんを投げ飛ばして見せた。


「うわ、ったたー!」


 勢いよく石畳に叩きつけられたにも関わらず、マーファさんは背中をさすってすぐに立ち上がる。コレットは荒い息を整えながらも、震える足で腕を構えた。


「いやー……まさかお姫さまが格闘戦士だとは思わなかった。グラップラーって言うの? めっちゃめちゃ実戦向きな動きしてるけど、その割には流派とか他の格闘技とかが色々混ざってるよね。変なの。それともあたしの知らないような、ロイヤル格闘術、みたいな技?」


 マーファさんはそんな事を言っているが、答えは全く違う。私は驚きともに、コレットの体を霊視してみる。すると私の思った通り、コレットの動きは死霊術によるものだった。


 降霊術による死霊の憑依である。コレットの全身に纏わりつくような霊気は、コレットの動きを完全に支配していた。さらに自分を中心にして、マーファさんとの間にも霊気が靄のように漂っている。この靄の中にいる限り、コレットの動作はマーファさんの動きに反応して自動的な迎撃を行う事が出来るだろう。

 そして恐らく、コレットが憑依させている死霊は歴戦の格闘家だ。それも一人二人ではない。複数の格闘技に対して、それぞれを修めた死霊がコレットの体を助けている。


「クレア、邪魔ですの……。早くみんなを連れて、逃げますの……!」


 一見してコレットが圧倒的に優位である。マーファさんは怪力を持っているが、その体術までは自前のものだ。今の一当たりからわかるように、コレットが接近戦で負ける事はない。だが、コレットの疲労困憊した様子を見ればわかる。少しでも死霊術の経験があれば、こんな事は無謀でしかないのだ。

 コレットの体は、自身から大量に垂れ流している霊気と、降霊術を行使し続ける負担。さらには未熟な体で超人の格闘技を行う肉体への負担で、とても立ってなどいられないはずである。


「庶民が逃げる時間くらい、私がどうとでもしますの! クレア!」


 血を吐くように叫ぶ声に、私の体が反応した。コレットの周辺には、大勢の人々がいるのだ。今はまだマーファさんもコレットとの戦いに集中しているが、例えばこれが人質などの手段を行わないとは言い切れない。マーファさんがその気になれば、いくらでも被害を拡大させられるのだ。


「逃げなくてもいぃーのにー……。あたしは、そこの店を壊すけど、それしかしないよ?」

「ふんっ! あれだけの警備隊を傷つけておいて、よくも言えますの!」

「ありゃりゃ? それは、あたしの邪魔をするから仕方なくだよ? んもー」


 やれやれ、とマーファさんは首を振る。だがこれではっきりした。マーファさんは少なくとも、誰かを傷つける事も、何なら殺す事も躊躇しないし、気にしていないのだ。


「こんな事をして、魔術師協会にどう報告するつもりですの……!」

「きょーかい?」


 コレットの言葉は至極真っ当な質問だと思ったが、マーファさんは何がおかしいのか、クスクスと笑っている。


「そんなのもう、意味ないよ。協会のえらい人はもういないし、スパイダーリリーは明日にはなくなっちゃうんだよ?」


 その言葉に背筋が凍る思いだった。マーファさんは、ニトクリス現象で何が起きるのかを理解した上で、それを引き起こそうとしているのだ。


「ミントは死霊術師が嫌いでさ、なんか……歴史? 過去のどーたら? 理由があるみたい。でもあたしはねぇ、面白いからやってんの」


 ぱっと両手を広げ、まるで夢を語るような口調で続ける。


「面白いってのは、長い人生を彩る唯一の華なんだよ! わかるかな? おもしろの前では、どんな事も許されるし、何があっても良いんだよ! だって、面白いんだもん! 面白いっていうのは、世界共通の大正義なんだ!」


 あはははは! と怪笑が空に放たれる。


「そんなあたしを、面白くない理由で止めようとしても無駄無駄。それよりさ、もっと楽しく、面白くしようよ! まだ隠してる必殺技とかないの? ビームとか!」

「……イカれてやがりますの」


 マーファさんを睨むコレットの目が、鋭く光った。


「あなたを言葉で説得するのは無理ですのね……。クレア! 逃げるのはやめますの!」


 先ほどの言葉を撤回すると、コレットは両足を強く踏ん張った。


「こんな奴どうせ、面白いからの一言で後から何をするかわかりませんの! ここで、確実に仕留めてやりますの!」

「あっは! やる気じゃん!」

「あなたも協力しますの! クレアの例のゾンビなら、こいつにも通じますの!」


 コレットの勝算は、どうやら私らしい。ぐるん、とマーファさんの首が回り、私を見つめている。

 私は心底申し訳ない気持ちを抱えながら、コレットに告げた。


「すみません……。なんか、棺桶の蓋が開かないんです……」

「あぁっ! これだからクレアは!」


 悲鳴混じりの声と共に、コレットは額に手を当てた。


「肝心かなめの、この時に戦えなくて何が庶民ですの! あなたも庶民なら、庶民らしくその輝きを見せるんですの! もークレアの役立たず!」


 地団太を踏むコレットは隙だらけだったが、さすがにマーファさんも攻撃を仕掛けようとはしなかった。今やる気を出したばかりのコレットが、ほんの数秒で裏切られるとはあまりに不憫すぎる。その元凶の私が強く言える事でもないが。


「じゃ、そろそろ行って良い? 今度はいちいち止まってあげないよ?」

「まったく、もう……! 構いませんの! やってやりますの! クレア! こんな時に庶民ならどんな罵倒をしますの!」

「え、えぇ……? この、くそったれ! とかでしょうか……?」

「品がなさすぎますの!」

「えぇぇっ? そんな、あんまりですよ……」


 コレットはヤケクソ気味に肩を回すと、しっかりとマーファさんを見据えた。


「かかってきますの。このクソ庶民、ですの」

「お姫さま上等!」


 二人が吠えるのを聞いた私は、急いで周辺の人に避難を促すべく行動を開始した。


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