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Part16 切断魔法



 風のように走った私がメインストリートに到着すると、そこには胸に彼岸花のピンバッジをつけた一団がいた。数十名ほどの人数で、その中には何故かマシューさんが混じっている。


「あ、マシューさん! 丁度良い所に!」


 彼岸花のピンバッジは街の警備隊を示すものだ。メインストリートの警戒を強化するために集まったのだろう。彼らにここは任せて、マシューさんと一緒に裏通りに向かう事を私は考える。


「裏通りの方に、まだ連絡のできてないお菓子屋さんがあるんです! ミントが来たら大変なので、すぐに行きましょう!」


 マシューさんの腕を捕まえると、私は思い切り引っ張る。しかし、何をどうしたのか動こうとしない。


「あぁ、クレアちゃん。丁度良い所に来たね」


 口元に微笑を湛えているが、額が白く、血の気が引いているのがわかった。


「百聞は一見にしかず、とはよく言ったもんだね。見ての通りの状況だ」


 その視線の先には、先日コレットやミントと訪れた、この街で最大手のお菓子屋さんがあった。その入口のやや上方。庇のあたりに、一人の少女がいた。昼でも点灯する装飾の輝きに頬を照らされ、そこに足場があるかのように空中を浮いている。


 ミントだ。


「死霊術師よ。諦めなさい」


 体の周囲に、キラキラと発光する文字が無数に浮かんでいる。ミントを囲むように、球状に回転する文字群はまるでバリアを彷彿とさせた。


「死者の魂を縛り、弄ぶような、凶悪にして邪悪な儀式は私が破壊します。命まで奪おうとは思いません。ですが、この街のお菓子は全て破壊します」


 確固たる意志が宿る、強い瞳だった。ミントは私たちを見下ろすように高度を上げると、浮遊したまま片脚を持ち上げた。両手を顔の高さまで上げて構えている様子は、何かの格闘技のようだ。

 瞬間、ミントの脚が勢いよく下方に向け、鎌のように振り下ろされる。繰り出された蹴りは空気を裂くばかりで、何を傷つける事もないように見えた。


「うおぉっ!」


 男性の悲鳴が上がった。そして、お菓子店の庇が真っ二つに切断されている事に私は気が付いた。


「ひえー……。単なるブーツじゃないとは思っていたけど、めちゃくちゃじゃないか」


 ふと、マシューさんが声を上げた。手で右目を隠して、壊れた庇ではなくミントの方を凝視している。隠していない左手の眼球からは、ゆらゆらと緑色に発光する煙のような物が上がっている。


「……それ、なんですか? 目から変なオーラみたいなのが出てますよ? 病気ですか?」

「これかい? 魔眼だよ。魔法使いが使う、魔力って奴の流れや形が見えるんだ」

「えぇっ? 魔術師だったんですか?」


 マシューさんは右目を隠したまま、発光する左目だけを動かして私を見た。


「違うよ。こういう事も覚えたの。もっとも、僕に才能はなかったから片目しか使えないけどね。使ってる間はそっちしか見えてないし」


 才能がないなどと言っているが、死霊術師のまま魔術師の技を当たり前のように扱っている。やはりこの人は、本当は凄い人なのだ。


「それより、あの子のブーツには気を付けてね。あれを単なるスーパーキックだと思って戦うと避けられないから。切断という概念そのものを放出しているみたいなんだ。間に紙切れ一枚でもあれば止まるけど、逆にどんな分厚い壁でも紙切れ同然だと思っておくれ」

「……い、今一回見ただけでそこまでわかるんですか……?」

「ま、ほとんど推測だけどね。せめてこれくらいは役に立たなきゃ」


 続けられる言葉は、だから後はよろしく、で間違いなかった。マシューさんは学者であり、ミントの魔法を分析する事は出来ても、そのミントと戦うなど言語道断である。だからこの分析を基に他の誰かが戦う必要がある。あるのだが、マシューさんは魔眼をやめて普通の目で辺りを見て、それから気付いてしまった。


「さすがクロミツさんだ!」


 誰が声を上げたのかはわからなかった。しかし、その声を皮切りに、周囲から一斉に期待を込めた視線を向けられてしまったのだ。


「あ、やば」


 のんきに呟いているが、その内心はとても穏やかではないだろう。今しがた、私に何気なく説明した内容は当然ながら周りの人間も聞いている。そして誰もが思っただろう。クロミツがその弟子に知識を教えているのだ、と。何せ私は弟子という事で紹介されているし、状況的に何も間違ってはいない。

 マシューさんに戦う気などない事を除いて、誰もがクロミツの観察眼に驚いていた。


「あー……えー……。あははは……」


 困った表情の末、マシューさんはとりあえず曖昧に笑って見せた。そして、誰よりもその事を真剣に捉えたのは、誰あろうミントだった。


「来たな……クロミツ! お前さえ、お前さえ止めれば!」


 ミントはクロミツの正体がマシューさんだと知らない。この場で知っているのは私だけである。よって、当然もっともミントが警戒しているのはマシューさんになる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕が何をしたんだい!」


 咄嗟の事に狼狽えている。しかしミントは既に脚を振り上げていた。


「お前さえ止めれば、もう壁はない! ブッた斬れろぉぉ!」

「ふざけんな風船女!」


 マシューさんは珍しく悪態を吐き出すと、懐から小さいメモ帳を取り出す。ミントの脚の動きに合わせて、それを投げつけた。


「あ、あっ、ああ危ねぇな!」


 空中で爆ぜるように切断されたメモ帳が地面に落ちる。それ以外の被害は、マシューさんの予測通り何も起きなかった。マシューさんは取り乱した自分を落ち着かせると、ミントを睨みつける。


「魔力を込め過ぎだ! 魔力酔いしてるじゃないか!」

「私が止める。私が、ここで、止める。死霊術も、悲しい事も……」


 ぶちぶちと何事か呟くと、ミントはマシューさんを睨み返した。


「私は! ミント・バブルガム! お前をブッた斬る女だ!」


 吠えるような様子は全くミントに似合わない。一体何事かとマシューさんを見ると、私の視線に気が付き教えてくれた。


「魔力に酔ってるんだ。実戦慣れしてない魔術師が陥りやすい。元々の魔力が多いような、才能とか素質のある魔術師ほどひどい事になる」

「ひ、ひどい事って……? 爆発とかですか……?」

「発想が怖い。……見たらわかるだろう? 情緒不安定と、極度の興奮状態だ。どう見ても彼女は冷静じゃない」


 そして盛大に溜め息を吐き出して、肩を落とした。


「ああなると話し合いには応じない。あの子、全然魔法を使ってないのにもうベロベロなんだぜ? そんな才能が僕の首を狙ってるんだ。期待しているよ、クレアちゃん」


 そして私の手を持ち上げ、バトンタッチとばかりに手を当ててきた。


「わ、私が戦うんですか……?」

「当たり前だろ! 僕はねぇ、あんなの……」


 と、そこで思い出して周りを見る。誰もがマシューさんを困惑した目で見ていた。それもそうだろう。マシューさんはクロミツなのだ。こんな所で戦いを拒否し、背中を向けて逃げる訳にもいかない。


「あん、なの……」


 少しだけ躊躇すると、私に言い直す。


「あんなの、僕がわざわざ相手するまでもない。キミがやりなさい」

「えぇっ! そんな!」


 言っていると、上空からミントの苛立った声が降ってきた。


「逃げるなぁぁぁ! お前が逃げたら、死霊術師は全員まとめて、ブッた斬ってやるからなぁぁ!」


 誰もが青ざめただろう。助けを求めるようにマシューさんを見る。そしてマシューさんは、今さら後には退けない事を理解したのだろう。周囲の期待に応える形でミントに言葉を投げ返してしまう。


「誰が逃げるって……?」


 マシューさんは、黒いロングコートに風を受けながらミントに人差し指を向けた。


「僕はなぁっ! 嘘はついても逃げた事なんか、ただの一度もないんだよ!」


 そして内ポケットに手を入れると、モデルガンを握っていた。


「覚えとけ! 僕はクロミツ! ネクロノミコンになる男だ!」


 その言葉に周囲は歓声を上げるのだが、私には違和感しかなかった。この人は、こういうタイプの人だったろうか。大体、逃げた事がないなんて大嘘も良い所である。


「クロミツぅぅ!」


 ミントの脚が上がる。しかしマシューさんが発砲する方が、それより早かった。

 乾いた炸裂音が数度と、モデルガンから硝煙が立ち上る。……硝煙?


「そ、それ本物じゃないですか!」

「当たり前じゃないか。オモチャ持ってきてどうするのさ」


 それはモデルガンではなく、鉛の弾丸をミントに発射していた。てっきりコレットと同じように死霊術を使うのかと思った私は、ミントの身を案じてしまう。


「クロミツぅ……やってくれたな……!」


 しかして、ミントは空中で静止したままだった。その体に届く前に、球状に発行する文字群で銃弾が止まっている。


「バリアはズルいんじゃない?」

「ブッた斬れろォ!」


 マシューさんの言葉もそこそこに、ミントの脚が閃く。


「ご冗談!」


 持っていたモデルガン……ではなく、実銃をミントへ投げつけるように捨てると、その拳銃は二つに割れる。それを確認すると、マシューさんは突如として走り出した。


「さあこっちだ! その変なブーツでついてこい!」

「クロミツううう!」


 マシューさんを追うように、ミントが空中を滑るように飛行する。背を向け走り出しながら、マシューさんは警備隊に告げる。


「こいつは僕が引きつける! 皆さんは避難と警戒を!」


 こんな恰好良い事を言って行動する人だったろうか、と実にクロミツっぽい事を言うマシューさんに私は疑問を感じる。が、その答えはすぐにわかった。


「クレアちゃん! キミも来るんだよ早く! ダッシュダッシュ!」

「それこそ、ご冗談! ですよ!」


 追従するように私は走り出した。しかしマシューさんの焦った様子から察する事ができてしまった。


「マシューさん! 私を盾にするつもりですね!」


 この人はクロミツを演じて現場を離れ、目撃者のいなくなった所で私をミントと戦わせるつもりである。


「ひ、人聞きが悪いな! 盾じゃなくて選手交代だよ!」

「言い方しか違わないじゃないですか!」

「お前らァァ! 舐めてんじゃねぇぞォ!」


 走りながら、ミントが放つ切断魔法をマシューさんは横っ飛びに跳ねて避けた。頭だけは守りながらも、近くの屋台に衝突してひっくり返る。


「ブッた!」

「斬れ、ない!」


 即座に立ち上がると、マシューさんは再び走り出す。今まで頭のあった場所が、勢いよく切断されて屋台の木片が舞う。

どうやらミントは飛行と切断キックを同時には行えないらしい。というより、飛行状態を維持したままでは脚を振り回せないようだ。

 私と並走しながら、マシューさんは道の先を指した。死競場がある方向だ。今日は日曜日なので、場内は無人のはずである。


「何か手があるんですか!」


 走りながら言うと、ちらりとミントを振り返ってから頷いた。


「軽く百通りはね!」

「え、す、すごいじゃないですか! 何でやらないんですか!」


 すると、走りながらだと言うのに半眼で私を見る。それから前を向いて、ぼそりと言うのが聴こえた。


「……なわけねーでしょ。あるか、そんなもん」


 私は聞かなかった事にした。



 死競場に二人で飛び込んだ後、マシューさんは物陰に隠れたまま、コートの汚れを払って私に教えてくれた。

 どうやらマシューさんは、実地調査のためにメインストリートにやって来たらしい。ミントが来なさそうな、最も安全な場所だと踏んで、何やら調べものをしていたそうだ。

 その道中で道を歩く警備隊に見つかり、クロミツ的な武勇伝を是非と言われ、せがまれるままに調子に乗ってある事ない事ぺらぺら喋っていた所に、まさに私とミントが現れたらしい。


「何やってるんですか、もう……」


 半ば呆れて言うと、ずるずると建物の柱を背に座り込んだ。息が荒いので、走って転がって相当疲れたのだろう。

 現在はミントの目がない。というのも死競場は完全なる屋内で、背の高い置物も多い。飛行を維持するには適さないのだ。加えて建物を支える柱も多く、何でも切断してしまう攻撃を気軽に放つとミント自身が建物の倒壊に巻き込まれてしまう。

 全てを無視して、外側から建物ごと切断してくる可能性もあったが、マシューさんはそれを否定した。


「逆に考えて、世界一の死霊術師をそれで殺せると思うか、っていう事さ。彼女は知識がある分、クロミツなら生き残ると判断するよ。加えて、建物の倒壊なんて大騒ぎの中から逃げた僕らを探すなんて無茶だ。僕が死ぬのを確認したいはず。もし彼女がまだやる気なら、建物の中を歩いて探すはずだ」


 死競場を選んだ事には、ちゃんと理由があったのだ。


「それじゃあ……ここからどうするんですか? さすがのミントもすぐにはここを見つけられないとして、それでもいつかは見つかっちゃいますよ?」


 死競場は広いが、ほとんどが競技スペースのため隠れられる場所は少ない。


「いやはや……。あとの頼みは、コレしかないね」

「何です? レシートですか?」


 マシューさんがコートの内ポケットから出したのは、何か書き込みのある紙切れだった。古い物でも何でもなく、買い物が多かった時のレシート紙みたいな代物である。


「屋台で売ってたから、さっき突っ込んだ時にもらっておいたんだ」


 その紙をしげしげ眺めてみると、何て事はない物であった。スパイダーリリーではよく見かける、子供のオモチャみたいな物である。死霊術師ではない観光客が、お土産に買っているのを何度か見かけた。


「スワッテイテネ、ですか?」


 それは端的に言うと、呪いを込めた紙である。座っていてねと呪文を唱えながら、相手の体に当てるとピタリ吸い付き、貼られた者は思わずその場に座ってしまう、という物だ。

 一見すると危険な呪物に思えるが、実は貼られた人が危険だと判断した場所には座れなかったり、数分しか効果が効かなかったり、如何にも子供のオモチャという物である。


「これを彼女に貼ってしまおう。オモチャでも役に立てば良い。座ってる間に、あの靴を脱がすんだ」


 マーファさんと違って、ミントの腕力は見た目相応である。ただ座っている状態からなら、二人がかりで押さえつけてブーツを脱がす事も難しくないだろう。


「見てわかると思うけど、あの変な靴は杖の代わりだ。彼女はまだ強力な魔法を杖なしに扱える程の腕前じゃない。あの靴さえ奪えば、あとは生活のお役立ち魔法くらいしか使えない女の子だ」

「でも、そんな呪いの札なんてどうやって貼るんですか?」


「大丈夫さ。僕の得意技を知らないのかい?」


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