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Part15 ミントの行方


 時刻は正午を回った所で、私とビスクさんは軽食だけ口に詰め込むと喫茶店を後にした。


「ミントが行きそうな所に心当たりはないんですか?」

「俺がこんな事に協力しない事は悟られていた。だからミントがどう計画しているかは知らない。ある程度、あいつの知っていた情報から予測くらいは出来るとは思ってるが……」


 私はビスクさんと一緒に、メインストリートから外れた所にあるお菓子店を巡っていた。ミントが来るのではないかとビスクさんが予想した場所を中心として、既に十数件の店舗を訪ねている。

 私は渡されてから全然使う機会のなかった携帯電話を取り出すと、コレットに連絡。


「クレアです。何か変化はありましたか? こちらはミントのミの字も見つかりません」


 マシューさんが電話帳を片手に、街のお菓子店全てに連絡をしてくれたのだ。何か異変があればすぐに連絡がもらえる事になっている。もしミントがどこかのお菓子店に現れれば、すぐさま私とビスクさんが向かう手筈となっているのだ。


「幸か不幸か、何の連絡もありませんの。あなたはそのまま、可能性の高いエリアを見て回りますの」


 コレットの声には力がない。


「嘘つきの提案で欺瞞情報まで流したのに、何の反応もないのはどういう事ですの……?」


 お菓子の個人配布は今日の夜に行われる。しかし、実は今日の午後からに時間が変更された。と、いう情報を意図的に漏らしているらしい。マシューさんの考えたこの嘘は、ミントを意識した作戦であった。

 実際に配布し始めるギリギリを狙われるとまずい、と言い出したのはマシューさんだ。昼過ぎから配布が始まる事にしてしまえば、襲撃の時間を限定できる。加えて、それが昼間なら人の目もあるし、警備体制も十全。もっとも警戒の強い時間帯にミントを迎え撃つ事ができる。

 そして、それだけの状況ならミントも諦めるのではないか、という期待もあった。


「やっぱりこの警戒態勢を見て諦めたんじゃありませんか?」

「だと良いんですの……」

「無理ですよ。ミントだって、お菓子屋さんがマークされている事くらい予想できるはです」

「わかってますの。でも、未だどのお菓子店から連絡は……」


 そこでコレットの言葉が一旦途切れた。小さく息を飲む音。


「……やっちまいましたの」

「どうかしましたか?」

「まずいかも知れませんの」


 次いで、勢いよく紙がめくられる音が電話口から聞こえる。何かの本だろうか。


「クレア! い、今から言う所に行きますの! 私も向かいますの!」


 そして早口に告げられた場所は、先日コレットやミントと一緒に行った裏路地にある駄菓子屋である。


「いくらミントでも、あんな小さなお菓子屋さんに……」

「違いますの!」


 コレットは、手元に大きな本を引き寄せるような音を立てている。


「あのお店、菓子店として登録されていませんの! ……十年以上前から更新が止まってますの。電話帳では、雑貨店になっていますの!」

「まぁ……。古いお店ですから……」


 老婆が一人でやる気なく続けているお店だ。名前が菓子店だろうが雑貨店だろうが、気にする人はいないだろう。それこそ電話帳の店名が多少違ったくらいで、問題が起きるとは思えない。


「……あれ? ちょっと待って下さいよ? 今回ばかりは話が違いませんか?」


 確かあちこちに連絡してくれたのはマシューさんである。コレットの指示があれば、他の様々な人もまた、お菓子店に連絡しているかも知れない。

 街中の菓子店に連絡しているはずだが、それはつまり、雑貨店には連絡されていない事の証拠でもある。


「もしもあのお菓子屋にミントが来た場合、その連絡はこっちに伝わりませんの!」


 それに注意喚起の類もされていないはずである。


「あと、マシューさんが確か……裏通りの方は警備が薄いって……」


 私は携帯電話をしまうと、くるりと反転。ここからメインストリートを抜けて、大きなお菓子屋さんを曲がった突き当りにあるはずだ。


「ビスクさん、行きましょう!」

「何だかわからんが、見つかったのか?」

「こればっかりは、見つからない方が良いんですが……」


 マシューさんの嘘をミントが信じたと仮定すると、もし行動するならこの時間が最後のタイミングである。

 私は足早に歩きながら、今しがたの電話でコレットから聞いた事の顛末を簡単に説明する。ビスクさんは最後まで聞くと、黙って頷いた。


「なら走った方が良い……が」


 そして私の棺桶に視線を向ける。わかっている。私は走るのが遅いし、無理に走るとバランスを崩して転びかねない。


「はいこれ。これと、これも」


 すると、ビスクさんは腰のポーチをいくつか外し、中から金属製の箱を取り出した。


「ウソ発見器ですか?」

「違う違う。あの話はあいつの見抜いた通り、本当にウソだ。これは俺の作った小型ゴーレム」


 そう言えばビスクさんはゴーレムの職人であった。具体的にどういう職人なのか知らないが、ゾンビ職人と通じるものはあるのだろうか。


「命を失った体に生を与えるのがゾンビだったか? 大雑把に言うと、ゴーレムは最初から命のない無機物に生を与えて作るんだ」


 金属の箱は至る所に溝が走ったもので、見た感じはアルミニウムのインテリアだ。しかしそれを私の棺桶にくっ付けると、溝がパカパカと開いて展開し、何かの固定器具のように貼りついた。

 ビスクさんはそれを、棺桶の上部と左右の計三つ取り付ける。


「これは? なんか蝶番みたいですけど」

「即席の平衡補助と反重力魔法アタッチメント。……で伝わる?」

「なるほど。つまり即席の平衡補助と反重力魔法のアタッチメントって事ですね」

「それ俺が言った奴だから。知ってるフリしなくて良いから」


 取りついた何か、おそらくゴーレムという奴をビスクさんが触ると、それぞれが赤く発光を始める。


「要は、軽くなってバランスも取れる魔法をかけたって事」


 あらかじめ用意しておいた魔法を、起動する事で生み出すゴーレム……らしい。


「はぁ……それってつまり……」


 言いかけた所で、私は劇的な変化を感じた。体が羽のように軽くなり、今まで苦しんでいた棺桶の重さから解放されたのである。まるで何も背負っていないかのようで、これがあれば慢性化した肩こりにも、さようならを告げる事ができるに違いない。さらには、ちょっとした石につまづいても体が見事なバランス感覚を発揮し、無意識の内に正しい姿勢をとってくれる。


「これは……!」


 感動のあまりビスクさんを見ると、親指を立ててくれた。


「魔法ってすごいです!」


 もし売ってくれと言ったら、ひとついくらするだろうか。


「行きましょう! これなら走っていけます! 今なら風のように走って見せますよ!」


 生まれて初めて自転車に乗った日の事を思い出しながら、私は矢のように走る。客観的な速度はともかく、心情的には間違いなく、矢のような疾走だった。



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