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Part12 トライリバーホール



 朝食の席で、コレットは上機嫌であった。どうやらお菓子の生産が順調らしく、カーニバルに間に合う目途が立ったらしい。肩の荷がひとつ降りた、などと言ってわざとらしく肩を回して見せた。


「では、今日も視察に行きますの」


 うきうきとした表情を隠そうともしない。


「クレア、今日も私の護衛をしますの」


 しかし、今日ばかりはコレットの笑顔に水を差さなければならない。私は同じ卓についているマシューさんの視線を受け、首を横に振った。


「ごめんなさい。今日はマシューさんに付いてお仕事です」

「おしごと……?」


 果たして嘘つきマシューに何の仕事があると言うのか。自分の護衛が最優先である。などとは言葉に出さなくても、コレットの顔を見れば伝わってくる。


「何せ、従者クレアはクロミツの弟子だからね。今日は僕の嘘に協力してもらおうと、クレアちゃんには正式に報酬も提示してお願いしています」


 コレットへの借金返済のため、私はマシューさんに協力する事にしたのだ。カーニバルまでマシューさんは街のあちこちで講演会を頼まれているそうで、今日はその手伝いである。


「演技には期待してないけど、大丈夫だよ。僕は嘘つきだからね、大根だって人参くらいには見せてみせるとも」

「うふふ、やだなぁマシューさん。それじゃあ私が大根みたいじゃないですか」

「おや? クレアちゃんは鏡って知らない?」

「馬鹿にしないで下さい。鏡くらい知ってますよ。マシューさんが覗くとクロミツさんという方が出てくるんですよね?」

「そうとも。キミだって鏡の中に住んでる丸顔には会った事があるだろ?」

「えぇもちろん毎朝会ってますよ。可憐で可愛い女の子です」


 私とマシューさんの間に、朝の爽やかな会話が交わされる様子を、コレットはげんなりとした顔で見ている。


「その辺にしますの……。クレアも報酬をもらうならきちんと演じて、嘘つきマシューも万が一にもバレないようにしますの。こんな時期にバレたら、洒落になりませんの」


 コレットの言う事ももっともである。特に、既に今日までにいくつも講演会を行っているマシューさんの正体が露見した場合、講演会のお金を返すだけでは済まないだろう。


「まぁ、そうなった時の逃げる算段も備えてこそ、だけどね」

「ちゃんと逃げる人数に私も入っているんですか?」

「面白い事を言うね?」

「おかしかったら笑っても構いませんよ? で、どうなんですか?」

「戦う前から逃げる事を考えるのは感心しないなあ」

「逃げる算段も備えてこそ、ですよ?」


 適当な会話を投げ合いながら、私たちは朝食を続けるのであった。


「じゃ、少し小奇麗な格好に着替えたらホールまでよろしく」


 シリアルと珈琲だけを流し込むと、マシューさんは立ち上がった。


「トライリバーホールの三階だからね。先に行ってるよ」

「三階ですね。わかりました。あと私はいつでも小奇麗です」

「コレット嬢。クロミツの正体が露見するのはスパイダーリリーにとって良くない事です。ご協力をお願いしても?」

「……わかりましたの。小奇麗な服を適当に見繕っておくので、任せますの」

「そんな、コレット!」


 まさかコレットが味方してくれないなんて、愕然として視線を送ってみるが、ゆるゆると首を振られてしまった。

 そして、一時間後に私は小奇麗な服装をするに至る。


「じゃ、行ってきます」


 飾り気の少ないフォーマルな女性用スーツを着せられた私は、如何にもデキる女となって出発した。首元には輝く金のブローチもある。彼岸花を模したそれが、陽光を反射する。

 パンプスで石畳を叩きながら、私はポケットから伊達眼鏡を取り出す。デキる女は眼鏡をかけているのだ。


「ふっふっふ。美人敏腕ビジネスウーマンとなった私を見たら、きっとマシューさんも驚くはずです」


 髪もそれらしく、きっちりとまとめている。確かに今までの格好も小奇麗ではあったが、今の方がクロミツの従者っぽいと言えばそうかも知れない。


 トライリバーホールは街の中心部分にあるイベントホールである。スパイダーリリーには死霊術の専門学校があるが、外部からの希望者にはこのホールで授業を行う事があるらしい。その他にも、様々なイベントが何かしら一年中あるそうだ。

 確かこの辺だったはず、と地図や立て看板を確認しながら歩く事しばらく。ホールの屋根が見えてきた辺りで、私と同じように地図を見ながら歩いている男性を発見した。

 フォーマルなビジネスマンといった様子の男性は、スーツジャケットの上からでもわかるくらい、小さなポーチバックを腰にいくつも下げていた。あれには何が入っているのだろうかと見ていると、男性も私に気が付いたらしく、片手を上げて笑顔を見せた。


「よっ、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう……?」


 ビスクさんだった。

 気さくな感じで駆け寄ってくると、辺りを見ながら前髪をかき上げた。


「トライリバーホール……ってのは、あのやたら大きな奴で良いのかな?」


 どうやら一人らしく、その上で目的地も同じようだ。


「多分、あれだと思いますよ」

「助かる。……ん? 一人なの?」

「えぇ。マ……く、クロミツさんは先に行ってます」

「ふーん」


 何も考えていないような顔で、ビスクさんは私と並んで歩き出した。隣に並ぶと、意外と背が高い。


「その……これ、言っていいのかな……」

「何ですか?」


 道すがら、ビスクさんは唐突に口ごもった。


「気を悪くしないで欲しいんだけど、まぁー、なんつーか……」


 ミント同様、どことなく砕けた感じである。やはりコレットやマシューさんと私では扱いが違うのだろう。私はビスクさんに言葉の続きを促すと、しばらくあちこちに視線を飛ばした後に私を見た。


「その……。その恰好さ」

「あぁ、私の魅力にお気づきでしたか」

「え? いや……。その服に棺桶って、邪魔じゃないのかな? って」

「え? そりゃ邪魔ですけど」

「え?」

「え?」


 何だか噛み合わない。

 ビスクさんはしげしげと、私の背にある棺桶を眺めている。


「……少し触ってみても良い?」

「んなっ! な、な、破廉恥です! もう少し段階を踏んで下さい!」

「ええっ? あ、もしかして死霊術師にとってはそういう存在なわけ?」

「死霊術師とか関係ありませんよ……。それとも魔術師ってそういう文化なんですか?」

「いや、魔術師は棺桶とかないし……ちょっとわからないな」

「どうして棺桶の話になるんですか?」

「え?」

「え?」


 魔術師はよくわからない。


 ミントはともかく、マーファさんも独特の人だったし、ビスクさんも見た目より普通ではないのかも知れない。大体、こんなスマートなスーツを着ておいて、わざわざ使い古したポーチをたくさん引っ掛けているのだ。変な人である事に間違いはない。

 私はジャケットの布地でズレた棺桶を背負い直すと、トライリバーホールと書かれた門をくぐる。


「今日はミスタークロミツの講演会に来たんだよ。キミもだろ?」

「もちろんそうです。私はクロミツさんの弟子なので」


 案内板には、でかでかとクロミツの名前が書いてある。示された矢印に沿って、三階へと向かう。


「今日の講演会って、どんな内容さ?」

「え、と……」


 そんな事を言われても私は知らない。咄嗟に視線を巡らせると、そこには内容を思わせるタイトルがあった。クロミツ氏単独講演会、と銘打ってあるので間違いない。

 ニトクリス現象と現代死霊術についての関係性。とある。


「死霊の暴走や異界との交信についてですね」


 死霊術の話など魔術師が聞いて面白いのだろうか、と疑問に思いながら答える。


「異界?」

「異界とは言っても、私たちの思う感じの世界なのかどうかは別の話なんですが……。まぁ、なんか不思議な空間って事です。便利ですよ。極端な話だと、ポケットが異界に繋がると、ポケットに入るものなら無限に荷物を保管できます」

「そりゃすげーや。運送会社がひっくり返るね。何で皆やらないの?」

「それはまぁ……。作るのめちゃくちゃ大変ですからね……。死ぬかと思いましたよ」

「なになに? キミのポケットは異界に繋がってるの?」

「まさか。そんな訳ありませんよ」

「へぇー」


 それだけのやり取りがあって、私は朗らかに笑うビスクさんと別れた。ビスクさんは会場に、私は控室に向かったのだ。


「うっわ何それ」


 控室では、開口一番。マシューさんが私を見て言った。


「服は格好いいけど、最高に棺桶が似合わないね」

「はぁ」


 思わず肩から力が抜けてしまう。


「どうやら私の魅力がわからないみたいですね……。とある男性は私を見て、思わず触れようとまでしたんですよ? マシューさんも、もう少し素直になってみては?」

「そりゃきっと棺桶を盗もうとしたんだよ。年代ものだし」

「棺桶を……? 棺桶なんて、わざわざ盗むものですか?」

「あー……まぁ、そうだなぁ……。悪いけど、今の時代にそんな大きな棺桶を持ち歩く死霊術師なんていないよ。何十年前の話だからそれ。僕が子供の頃とか、そんなレベル」

「まさかぁ。死霊術師が棺桶もなしに、どうするんですか?」

「その棺桶に対する信頼はどこから来るんだい?」


 訳のわからない事を言うマシューさんはさておき。私とマシューさんは簡単に講演会の内容を打ち合わせると、会場へと向かった。


「本当は僕だけで十分なんだけどね」


 マシューさんの言う事には、どうやら昨日行った講演で訊ねられたらしい。あの弟子はどうしたのか、と。


「まいったよね。最初に弟子だなんて街中で言ったもんだから、さすがにどこかで顔くらい見せないと」


 会場内は大勢の人が詰めかけていた。その大半が学生のようで、全員が死霊術師である。最後方にビスクさんの姿も見える。


「では、まずお手元の資料をどうぞ」


 挨拶もそこそこに、マシューさんが告げると、入口で配布されていた冊子をめくる音が響く。

 結果的に言って、マシューさんの講演会は講義と言った方が正しい内容だった。

 私は楽しそうに話すその横で、ただひたすら立っているだけで、たまに配布資料があれば配るくらいしか動く必要がなかった。


「死霊術師であれば、ニトクリス現象についても熟知していると思います。しかし、この街でのみ死霊術を学んでいる方は知識でしか把握していない場合が多く、実際に凶暴化した死霊と相対するケースは稀と言って良いでしょう」


 ハロウィンの供物が不足するかも知れない、という事でニトクリス現象について講義する事にしたらしい。マシューさんなりの注意喚起が目的だそうだ。


「死霊が暴走した場合、コントロールが効かない程度で済めば問題ありません。死霊術の行使を即座に中止するだけで事足ります。厄介なのは、呼び出してもいないのに実体化するものです。本来であればレアケースですが、この街の規模であれば頻発する事例となるでしょう。死霊の分母が違いますからね。周辺の人間を無差別に襲撃するので、その場合には下手に自衛しようとせず、身の安全を第一に避難して下さい」


 街には万が一に死霊が暴走した時のため、至る所に避難所が設けてある。霊が侵入できない結界、バリアのような物があるらしい。実物を見てないのでわからないが、余程の大悪霊でもない限りは突破できない代物だと言う。


 マシューさんの講義は私にとって、既知の内容がほとんどであった。しかし死霊術百科を執筆した時から、現在になって新たに出て来た理論や話は非常に参考になった。

 やはりこの人は死霊術の知識量においては一級品の人物である。本当に、どうしてこれだけ有能なのに名前を偽らなければならないのだろう。死霊術百科の内容に虚偽があった訳でもないので、私としては納得がいかない。


 講演会という名の講義は予定されていた時間から大幅にはみ出して、しかし私として大満足のボリュームで終了した。大勢の拍手に惜しまれながら、マシューさんは退場。私もそれに続く。


「やっぱり、先生は先生だったんですね。あとでサイン下さいよ」

「……あの本に? 勘弁してよ」


 元より、その能力を侮ってなどいなかったが、マシューさんは師事するにふさわしい知識を持っているのだ、と私は再認識した。

 そして、控室のドアを開けるとそこには先客がいた。


「おつかれー」


置いてあったパイプ椅子に腰かけた、ビスクさんである。


「……っと、魔術師の方でしたか」

「どーも」


 両者の視線が交差すると、先に動いたのはビスクさんだった。


「折り入って、相談したい事があってね」

「んー……。その相手は僕で良いのかい?」

「そりゃもう。ネクロノミコンに最も近い死霊術師とあらば、それに勝る事もありませんよ」

「さてさて……。魔術に関しては専門外だけど、大丈夫かな?」


 ビスクさんは立ち上がると、口角を持ち上げる。笑ったような表情だが、口元しか変化していない。


「とりあえず、外で待ってますよ。内緒話は人の多い所でやるもんでしょ?」


 私とマシューさんの隣を通り抜けて行く。


「スパイダーリリーの歴史資料館で待ってるよ」


 意味ありげなウインクを一つ残して、ビスクさんは去って行った。


「……ど、どうします? マシューさん……」

「そうだなぁ……」


 マシューさんは天井を見上げると、顎に手を当てて思案顔。


「このまま逃げちゃおっかな……。何だか面倒事が起きそうだ」


 てきぱきと荷物をまとめると、マシューさんは微苦笑を浮かべた。


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