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Part11 本の中にある世界



「次の菓子店は前々からブラウニーに調べさせてあった場所で、きっと素敵なお店ですの。期待できますの!」

「この店でダメなら、次はどんな店になる事やら……」


 金持ちはわからない、などと溜め息を吐き出すミント。しかし私は、何となくどんな店なのか想像ができた。

 やはり、ガッカリスポットで間違いないだろう。


「この路地を曲がって……」


 期待に胸を弾ませたコレットは、すたすたと早歩きで進む。そして曲がった所に、その店はあった。


「まぁ! なんて素敵!」


 メインストリートから外れに外れ、日当たり最悪の場所に建っているその店は、良く言えばフォトジェニックでノスタルジックな店構え。悪く言えば、というか率直な感想で言うならば、単なる昔からあるボロい駄菓子屋である。


 店先には今の時代にレコード盤が野ざらしで積んであり、しかも売り物らしい。小汚い、という言葉がぴったりな煤けたガラス窓と、べたついた床。ごちゃごちゃと山積みになっていて、どこに何の菓子があるのかもわからない陳列に、一山いくらで量り売りされるキャンディーやチョコレート。店員の姿は見えない。どうせ奥で老婆が昼寝でもしている。


「……なんか、むしろ落ち着くよ」

「奇遇ですね。私もです」


 素敵、だなんて言っているのはコレットだけである。私とミントは顔を見合わせた。

 店の前では、小汚い裏路地にやってきた小奇麗な珍客に驚いた子供たちがいる。先ほどの店にいた子供と違って、何だか親近感の湧く感じの子供たちだ。


「行きますの……!」


 気合いを入れた様子のコレットに手を引かれ、私とミントも店内へ。狭い。


「えぇと……。クレア、さすがの私もこういった所でのマナーには自信がないの。どう振る舞うべきなのか、教えて下さる?」

「とりあえず、ドレスコードはありませんから安心して良いですよ」


 さっきのお菓子店なら、軽く数時間は眺めていられたかも知れないが、この店には何の興味も持てない。ミントはカウンター近くに置いてあったガムを一つ掴むと、ポケットから小銭を取り出してレジ台に叩きつけて外に出て行ってしまった。


「あら! 店員がいないのはそういうシステムですのね!」

「あ、違います。ミントのは上級者向けなのでマネしないで下さい」


 呼び鈴があるのに、小銭を叩きつける音で店員を呼ぶ必要はないのだ。しかもミントは店員を待つつもりすらない。


「こんなにたくさんあると、目移りしてしまいますの……」

「まぁ……ゆっくり選んだら良いと思いますよ」


 店主だろう老婆が、奥から杖をつきながらやってきた。コレットを見て驚くかと思ったのだが、薄っすらと開いたまぶたからは何の感情も読み取れなかった。


「く、クレア!」


 驚いた様子のコレットに視線を向ける。ゼリービーンズの入った袋を持っている。


「この値札はどうなってますの……? ゼロが足りないのか、通貨単位が違うのか……」

「あぁ、いっぱい入ってて安いんですよ」

「こっちの商品は値札がついてませんの!」

「どうせ小銭何枚かですよ」

「このお菓子はこんな風に置いて大丈夫ですの……?」

「駄菓子屋で衛生なんて言葉を気にしたらダメですよ」

「カートはどこですの? 両手に持ちきれませんの」

「食べる分買って、食べたらまた買って下さい」

「食べるって……テーブルはどこですの?」

「何言ってんですか。あそこに小さい先輩がいっぱいいますよ」


 店の表では、子供たちがお菓子を片手に遊んでいる。


「なんてこと……! そういうマナーは最初に言いますの!」

「え、私怒られてるんですか?」


 見ていると、ミントは路地の壁に背を預け、近寄る子供たちを追い払いながら私とコレットを待っていた。


「買いましたの!」


 老婆が紙袋をくれたので、コレットは両腕いっぱいに菓子を詰め込んでいた。そして店の外に出ると、待っていたかのように子供たちがコレットに寄ってくる。


「な、なんですの? どういうルールですの?」

「頼めば分けてくれると思ってるんですよ」


 最初は数人だけだった子供たちは、コレットが買い物をしている間に増えたらしい。十数名にもなる子供たちが、金持ちの気まぐれを期待してわらわらと集まってきたのだ。


「いやぁー……なんか、恥ずかしいですね」


 コレットを子供たちの中に置き去りにして、ミントの隣へ。


「貧民の浅ましい姿を見て笑おうってわけね。良い趣味をお持ちだこと」

「またまた。何となく私、あなたの事がわかってきましたよ。さてはコレットと同じタイプですね?」

「は?」


 気分を害した様子だったが、そんな様子もまたコレットと似ていると思った。


「素直じゃないって事です。大義名分や建前がないとダメって事です。コレットを見たらわかるじゃないですか。あなたの言うような悪趣味な考えがあると思います? あれ、本気でやってるんですよ?」


 コレットの方を目で示すと、ミントはうつむいて溜め息。

 コレットはとっくに紙袋を失っており、しかし子供たちから引っ張りだこの人気を得ていた。あちらこちらから服の裾や腕を引っ張られている。


「違いますの! 遊びに来たのではなく、視察ですの!」


 わずらわしくなったのか、サングラスを外して頭にかけている。


「あ、あなた達! 全てあげるとは言ってませんの! 私も食べますの!」


 子供に翻弄されながらも、購入した菓子を食べようとしている。そうまでして食べたい物とは思えないが、コレットは袋菓子をいくつか死守している。


「これは……どうやって食べますの……?」


 食べ方のわからない菓子もあるらしい。

 どうやらコレットは、お菓子をあげる代わりに子供たちの仲間に入れてもらったらしい。本人が言う事には、視察における情報収集のための事前報酬、という事だそうだ。子供にタダで菓子を強奪されたなど恰好がつかない事を許容するコレットではない。

 私はミントとコレットを見比べてから、ふと言ってみる。


「それにですね。ミントだってコレットを馬鹿にしてるじゃありませんか」

「……それはどういう意味?」

「どうせお金持ちだから、だなんて決めつけ。コレットが庶民だ庶民だと言うのと同じじゃないですか」


 告げると、ミントは少しだけ驚いた表情を浮かべて、それから苦笑した。


「そうかもね」


 そうしていると、コレットが私たちの様子に気が付いて手招き。


「あなたたちも加わりますの。私一人に働かせるなんて、どういうつもりですの?」

「いやぁ、楽しそうじゃないですか。お邪魔するのも、と思ったんですよ」


 ミントは動かなかったが、私は適当な事を言いながらコレットの元へ。とりあえず、コレットの髪の毛を掴んでいる子供だけでも引き剥がしてやろうかと考えていると、駄菓子屋と同じ通りにある肉屋から、女性がやってきた。


「あら。構いませんの、お気になさらず」


 どうやらコレットに纏わりついている子供の母親らしい。一人、やけにしつこい女の子がいると思ったが、その母親も店番の傍らで気になっていたそうだ。

 謝罪して子供を連れて行こうとするが、コレットは手早く乱れた髪を直して声をかける。


「別に、これもまた仕事ですの。……こちらこそ、得難い経験に感謝していますの」


 すると、女性はちょっと待っていてくれとだけ告げて、一度肉屋へ引っ込む。数分して戻ってくると、紙袋を持ってきた。中にはハムと腸詰、それからチーズも詰めてある。

 お友達とどうぞ、と女性は言った。子供の面倒を見てくれるお礼代わりだそうだ。


「え、いや、そんな、こんな、頂けませんの! それに……」


 何事か、口の中でもぐもぐと言いかねていると、そんなコレットにミントから声がかかる。


「コレット嬢、断るのも失礼な話ですよ」


 その通りだ、と私が肯定すると、コレットは何かを飲み込むような表情で紙袋を受け取った。すると、通りの端に腰かけていた老人がこちらを見て口を開いた。


「観光客か? 珍しいね、こんな通りに」


 低く、唸るような声で言うと、ゆっくりと立ち上がって歩み寄ってくる。コレットの体が強張り、ミントがじりじりと片足を地面から離すのが見えた。


「こんな所、見る所なんてないだろ」


 ぶっきらぼうに言うと、鼻を鳴らした。


「でも来てくれてありがとうな。ここはスパイダーリリー、死霊術の都。歓迎するよ」


 それから、腰かけていた所の店の店主に声をかける。店の奥からまたも紙袋を持ってくると、コレットに渡した。


「肉だけじゃ足りないだろ? わかってねえんだ、あの店は」


 紙袋には、これでもかとパンが詰まっていた。


「おい、これも持っていきな」


 目の前の老人ではなく、今度は別の方から声がかかる。いかつい男性が、通り過ぎざまにワインボトルをコレットの紙袋に突き挿したのだ。


「肉とパンだけじゃ足りないだろ? ボケてんだその爺」


 言うと、鼻歌混じりに歩き去って行く。

 その後は、子供たちと遊びながら次々と声をかけてくれる商店街の方と言葉を交わす事になった。その度にコレットの手には荷物が増える様子は、いっそコミカルですらあった。


「コレットって、お姫さまと同じ名前だ」


 そう言ったのは幼い少年である。コレットは少し考えてから、曖昧な微笑みで返す。


「お姫さまではありませんの」

「え、コレットってお姫さまなんですか?」


 コレットならさもありなん。しかし、呆れたような顔で返された。


「今時お姫さまって……。そんな訳ありませんの」


 それから少年に伝える。


「私はコレット。た、だ、の、コレットですの。よろしくて?」


 そんな様子を見ながら、ミントがつまらなそうに腕を組む。


「そりゃそうです。裏路地で子供に菓子とられるお姫さまなんていませんよ」

「……え、何ですかその感じ。本当にお姫さまなんですか?」

「あんた……。何でコレット嬢の事知らないの? いや、本当にお姫さまではないから安心して」

「あぁ良かった……」


 本当の王族だったらどうしようかと、本気で少し考えてしまった。


「ここじゃコレット・ケーキって言えば、お姫さまみたいなものなんでしょ。部外者でもわかるって」


 ミントのそんな言葉に納得した私は、沈みゆく夕日に目を細めた。それから、何かを口実にしなければ遊びに出かけられないコレットの事情を考える。


「……あれ。そう言えば、ミントは犯人がすぐ見つけられるって言ってましたよね? どうですか?」

「あぁ、今思い出した?」


 今日の目的は、奪われたハロウィンの供物についてだった。何とか生産が間に合うような事を言っていたが、それにしたって誰かが大変な思いをしている事には変わりない。犯人が見つかるならば、隠したであろうお菓子の場所もわかるのではないだろうか。


「冗談でしょ? こんな感じの日に、そんな気はもう起きないよ。探知系は苦手だし。舐められないように力を見せつける気でいたけど、もうそれも……なんか、どうでも良いかな……」


 ミントは、ひっそりと見え始めた月を眺めていた。

 私は相槌を打ちながら、コレットの紙袋を半分だけ持ってあげる事にした。



 カーニバルまで、残り三日。



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