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Part10 ハロウィンの供物


 昨日と同じく、正門前でミントと待ち合わせた。

 ミントは前回同様、ゆったりとした幅広のワンピースに風を受けながら、赤い金属製のロングブーツで立っていた。

 全面金属のブーツなど、まともに歩けるのだろうかと疑問に思うが、おそらくファッションの類ではなく、魔法道具という奴なのだろう。杖ではなく靴で魔法を放つとしたら、やりにくいのではないだろうか。魔術師の事はよくわからない。


「……あなた……コレット嬢……?」

「なんですの」

「いや……随分と、まぁ、雰囲気が違ったから……」


ミントは言葉を濁したが、何故かコレットは満足げに鼻を鳴らして得意顔。

……褒められたと受け取っている?


「変装ですのよ? 庶民になりきる所から始めますの。まずは形から、ですの」


楽しそうである。ミントは毒気を抜かれたような顔で肩をすくめた。


「で、どこから行くの? ハロウィンの供物……だか何だか知らないけど、要はお菓子がなくなっただけですよね? 大げさ。事件の究明と解決の協力を先輩から指示されたから、付き合ってはあげますけど……どうせ私たちの魔法なら簡単に犯人は見つかるでしょうね」


ふふん、とコレットに意味ありげな視線をミントは送っている。あぁ、またここで争いが起こってしまう。今度こそ止める人はいないと言うのに。

最悪の場合、私が仲裁する事になるのだろうかと身構えていたのだが、コレットは食料品の商店街を勢いよく指した。


「まずは実地調査ですの!」


ミントの視線など意に介さず、コレットは高らかに告げた。そして歩き出す。


「お菓子を守るには、お菓子を知る必要がありますの! そのためには、庶民が食べているお菓子を我々も把握する必要が、あるんですの!」


鼻息も荒く突き進むコレットに追従しながら、私とミントも歩き出した。ミントは半眼でコレットの背中を見つつ、私に顔を寄せてきた。


「あんたの所のボス……で良いのかな。普段はあんな感じなの?」


私は少しだけ考えたが、とりあえず訂正する所は訂正しておく。


「彼女はあんな感じの友人です」


 私はコレットの部下ではない。コレットが私のボスなら、気前よく借金などチャラにしてもらいたいものである。

 お茶もくれない奴をボスとは認められないのだ。


「ふーん……」

「早く行きますのー!」


コレットが大声で手招きしているので、私とミントは小走りで駆け寄った。ミントはブーツの音がうるさい。そのブーツは邪魔じゃないのだろうか。

と、ミントも私の格好を凝視していた。無遠慮な視線に気づかれたのだろうか。


「あんた……その棺桶、邪魔じゃないの?」

「邪魔です。そちらのブーツは?」

「邪魔」


私とミントは、二人とも走るのが遅い。




コレットは菓子類を売る屋台で、かれこれ十分は迷っていた。


「あの、コレット……」

「き、決めますの! でも、もう少し待ちますの!」


クレープ屋だった。この出店はスパイダーリリーの外からやって来たようで、その豊富なクレープの種類にコレットは目が眩んでいるらしい。私はその様子を眺めながら、手近なベンチにミントと並んで座った。


「クレープなら私も好きだけどね」

「なら、ってどういう意味ですか?」


ミントは私に対して言葉が砕けている。どうやら彼女の中で、私は目上でもないし、コレットのような立場ある人間でもないため、丁寧に接する必要がないと判断したらしい。


「この街って、まともな食べ物はないの? アレとか、誰が買うの?」


視線の先には、タランチュラのバター揚げが売っている。


「え、サクサクしておいしいですよ。砂糖をかけて食べるんです」

「っはぁ? あんた、あれ食べたの?」

「スパイダーリリーの伝統お菓子ですから……。街の人はみんな食べた事があると思いますよ……? 私が食べたのは昨日が初めてですが、マーファさんは紙袋ひとつ全部食べてました」

「うっわ、ひく……」


ミントは遠慮がない。


「二人の分も買ってきましたのー」


と、上機嫌のコレットが両手にクレープを携えてやって来た。


「ありがとう……ございます」


先日とは全く異なるコレットの態度に、複雑な表情を浮かべるミント。クレープを受け取ると、むしゃむしゃ食べ始める。私もコレットからもらって食べた。苺が入っている。


「なんだろう、これ。おかずっぽい……? いや、ちゃんとお菓子だ。ほんのり甘くてパリパリしてる」


ミントは味を確かめながら、中身を当てようとしている。ミントが食べているクレープの具は、タランチュラのバター揚げで間違いない。砕けた脚の形を見ても気付かないようだ。

もしかして砕けた蜘蛛の脚を見た事がないのだろうか?


「おいしいですのー!」


上品にクレープを召し上がったコレットは、十分に楽しんだらしい。きりっと真面目な顔を作って、私たちに告げる。


「次、行きますの!」


そして歩き出した。私とミントも一緒に行くのだが、やはり目的地は商店街の中でもお菓子が売られている辺りらしい。


「あれは何ですの?」


と、コレットが見つけたのは大量の缶ジュースを運ぶ男性である。


「自販機の補充ですね」


男性が向かう先にある物を見た私が応える。路肩に止めてあるトラックから見ても、それは明らかだろう。


「まぁ、あれがそうですの! 実に庶民的で、如何にも庶民の生活! って感じがしますのね!」


スパイダーリリーにも自販機くらいある。あるが、そう言えば歴史ある建物やコレットが行きそうな所にはなかった気がする。観光客向けのお土産店や、あとは死競場ではたくさん見かけた。


「そう言えば、コレットはスパイダーリリーが地元という訳ではありませんでしたよね。まだ観光とか、してないんですか?」


何気なく聞いてみる。コレットの名前はこの街でも知られているが、滞在している屋敷が別邸というだけあって、本邸は別の場所にあるそうだ。いわば、コレットだってこの街に実際に来るのは初めてなのかも知れない。


「当然、何度か足を運んでいますし、観光地も見てはいますの。でも……何というか、庶民の暮らしが溢れる場所には行けていませんの」


その言葉を聞いたミントが小さく舌打ちを放った。


「先ほどから庶民、庶民と……。育ちの良い方には貧しい生活が珍しいですか?」


あからさまな敵意を孕んだ視線がコレットに突き刺さった。が、コレットはそれを正面から見つめ返し、疑問符で返した。


「普段の生活と違う生活が珍しいのは当たり前ですの。あなたは本の世界に入っても、同じ事を言いますの?」


私はミントの言いたい事がわかるが、コレットならそう答えるだろうと思わず頷いた。


「ここは私にとって、本や映画の世界ですの。クレア、ここが目的地ですの」


商店街でも一際立派な建物には、ハロウィン用の装飾がこれでもかと張り巡らされていた。電飾と、おどろおどろしい人形が層になっている。恐らく、この店が商店街で最大手のお菓子店だろう。

ちらりとミントを盗み見ると、何とも言えない表情だ。


「コレット嬢って、どこまで本気なの?」

「そりゃ、全部ですよ」


それだけ答えると、私はコレットと並んで店の中へ。


「な、なんと……」


店のドアをくぐると、ファンシー極まるフェアリーテール空間が広がっていた。

単なる菓子屋と侮る事なかれ。私の地元にあった老婆が経営する駄菓子屋と比べれば泥濘と月。あらゆる子供の目を惹く工夫が成されていた。


 壁には異国情緒溢れる絵が直接描かれ、順路通りに歩くと物語になっているのがわかる。天井から下がるハロウィンの飾りつけは賑やかで、光りながら回転する玩具などもセットで浮いている。恐らく、死霊を使ったポルターガイストで浮遊させているのだろう。

 販売されているお菓子も、市販の物からこの店オリジナルのものまで揃えており、パッケージも目に鮮やかだ。


スパイダーリリーらしくないセンスの店だが、この店が一級の店だと、何も知らない私ですら即座に理解できた。


「うわ、すっご……なにこの店」


ミントも驚いている。コレットが知っているお菓子店なだけあって、すごい店である。スパイダーリリーの土地代も安くはないはずなのだが、店舗の広さも充分。というより、子供が走り回る事をある程度想定した広さと間取りに思える。

お菓子を買いに来ている子供たちも、どことなく上品な感じだ。良い生地の服を着ている子供が多い。


「クレア、ミント、こっちですのー」


奥に入って行ったコレットに呼ばれて行くと、店主の男性が会釈で迎えてくれた。恰幅の良い大男だ。


「ハロウィンの供物について、もうお話は聞いてますの?」


サングラスを外したコレットは、事務的な声で会話を続ける。


「在庫にあるお菓子の管理は厳重に。大急ぎで生産していますが、お菓子の供給が間に合わなかった時には協力をお願いしますの」


 そして、淡々と言葉を交わしたコレットは最後に、怪しい人物を見かけなかったか、お菓子について不審な情報を聞かなかったか訊ねてみたが、得に情報は得られなかった。


「ご協力に感謝致しますの。では、私はこれで」


 あっさりと話を終わらせたコレットは、それっきり店内の素敵な内装や菓子には目もくれず、私とミントを連れて店外へ。


「おや……? コレット、このお店はお気に召さないんですか? さっきまでのように上機嫌で見て回るものかと……」

「ここは別に、幼い頃に何度か来てますの。さして私が求めるものはありませんの」


 この店で満足できなかったら、あとはもうガッカリスポットしかない気がする。


「さあ! 次ですの! お買い物を続けますの!」

「お買い物……?」


 いつの間にか、視察ではなくなっているようだった。


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