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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
弐 人ならざる半獣(もの)
7/73

《四》花嫁の役割──白い神の獣は、治癒と再生を。

 


「──では、私はいったん、お側を離れます。

 この先はセキ様の領域内ですので問題はないかと存じますが……。もしもの際は、お呼びいただければすぐにでも咲耶様のもとに参ります」

「ありがとう、犬貴。じゃあ、帰る時、呼ぶね」


 片ひざをつき、こうべを垂れる犬の眷属の頭に、ちょん、と、手をのせてやる。応えるように巻尾を二三度振り、現れた時と同じように、犬貴は一瞬にして消え去った。


 赤虎の住まいは、森林のなかに突如として出現するようなハクコの屋敷同様、生け垣に囲まれた、書院造り風の屋敷だった。

 応対に出てきた三十代後半くらいの女性が、おそらく赤虎たちの花子の菊だろうと、咲耶は思った。


「セキコって、どんな感じの人かな?」


 会う前に多少の予備知識が欲しくて、道中、犬貴に問いかけた。


 黒虎・闘十郎には、儀式の前に一度、会っている。咲耶の印象としては、少なくともハクコよりは気安い少年に思えた。

 だが、一緒にいた百合子は、同じ花嫁でありながらどこか遠い存在に感じ、気軽に話せそうな雰囲気ではなかった。


「──あるべき良識を、お持ちの方のように、お見受けします。ですが、その……」


 犬貴は言いよどんだが、咲耶の視線に根負けしたように続けた。


「少し、風変わりな……と、いいましょうか……。ああ、いえ、私が風流を、解さないだけかもしれませんが……。その……、変わったご趣味がおありかと、存じます」


 犬貴が言葉をにごしたのが若干、気にはなったが。

 犬貴をもってして「良識をもっている」と言わしめるのなら、咲耶の知りたいこと、知っておかなければならないことを、正確に教えてくれるだろう。


 客間らしき座敷に通されて間もなく、廊下を歩く衣ずれが聞こえ近づいてきた。


「待たせたわね」


 現れたのは、赤地に銀刺しゅうの入った豪奢ごうしゃな打ち掛けに、黒いうちぎを身にまとった、ゆるやかに波打つ赤褐色の髪の、あでやかな──美青年、だった。


 気だるげに脇息きょうそくにもたれ、咲耶を見つめる瞳は、鮮やかな光を放っている。


「へぇ……年増って聞いてたけど、こうして見ると、ハクと釣り合うくらいの歳に見えるじゃないの。バカ供は、女は若けりゃいいって思ってるんだから、仕様がないったら」


 溜息をつきながら、胸もとに垂れた赤褐色の髪を払う。

 ハクコが静の美貌びぼうの持ち主なら、セキコは動の美貌の持ち主だろう。しかし──。


「うん。アンタ、なかなか可愛いじゃない。アタシ好み。ま、美穂みほに次いで、といったところだけど」


 ……この口調は、いかがなものだろうか? この立ち居振舞いも。決してごついわけではないが、男っぽい体格をしているので、似合わない気がするのだが。


(……犬貴が口ごもったわけが、解ったわ)


「ちょっと!」


 ぱちん、と、セキコが手にした扇を鳴らした。着物同様こちらも、派手な飾り緒がついた美しい檜扇ひおうぎだった。


「一方的に、アタシにばっか、しゃべらせてるんじゃないわよ。アンタ、何しにここに来たの?」


 それまでの軽口をたたいていた調子を一変させ、挑むように咲耶を見るセキコに、思わず咲耶は姿勢を正す。真意を問われてることに、気づいたからだ。


 この場合、

「お招きいただき、ありがとうございます」

 などという、型通りのあいさつが求められていないことは明らかだった。


 当初の目的の通り「遊びに来た」と言えば、咲耶の知りたいことの半分も知らされぬまま、丁重なもてなしを受けるだけで帰されてしまうことだろう。


「私に、この世界──この国の仕組みについて、教えてください」


 畳に指をついて、頭を下げる。セキコが、ふうっ……と、息を吐いたのが分かった。


「なんで、アタシにくの? そういうことはハクか、ハクの眷属に訊くのが、筋なんじゃない?」


 突き放すような物言いに、咲耶は顔を上げ、セキコを見た。


「ハクコには改めて違うことを訊く予定です。犬貴は……都合の悪いことは、教えてくれなさそうなので」


 咲耶の答えに、セキコは扇を開き口もとを隠してくくっと笑った。細めた明るいとび色の瞳で、咲耶を見返す。


「花嫁としての自覚はあるわけね。……そう。()()()()()()()は、アタシじゃない。そして、()()()()をはき違える眷属もいる。しつけ次第だけど。どうやら、ムダに歳をくってはいないようね。

 ──菊、あれ」

「承知いたしました」


 部屋の隅に控えていた菊が、心得たように立ち上がる。扇を胸もとにしまい、セキコは咲耶に向かって微笑んだ。


「じゃあ、お望み通り、アタシの知る限りのこと、教えましょ」






 セキコは、菊に持ってこさせた筆記具で、さらさらと和紙に筆を走らせ、日本地図のようなものを記した。

 ようなもの、としたのは、それが咲耶の知っている『日本の形』と微妙に違っていたからだ。


「この大きな形の世界を陽ノ元(ひのもと)といってね。これを統治するために昔の権力者が、いくつもの国に分けて、それぞれの国に国司こくし国獣こくじゅうを遣わしたの。

 で、アタシ達のいるのがココ──下総ノ国ってわけ。

 下総ノ国のいまの国司は萩原はぎはら尊臣たかおみ。国獣は白・黒・赤の三体の虎……つまり、アタシらのことね」


 地図に✕印を入れ、余白に咲耶が分かるように美麗な楷書かいしょで『陽ノ元』『下総ノ国』『国獣』……と、記していく。


「ちなみに、下総ノ国 同様、他の国にもそれぞれに国獣がいるわ。お隣の上総ノ国(かずさのくに)は、狼だそうよ。

 そして、この国獣……国のなかにあっては神獣と呼ばれるアタシ達は、民に恵みをもたらす存在で、国司と共に国を豊かにするべく尽力している。

 ……というのが、陽ノ元 全体の、建前論になるわ」


「建前……ですか」


「まぁ、よくあることよねぇ~。実際は国司と国獣は対等じゃない。特に、この下総ノ国にあっては国獣は国司の、かなり下の位に置かれてる。

 ハクの儀式を三度で打ち切るなんてしたのが、いい例よ。あれは尊臣が勝手に決めたこと。本当は、神獣には神獣に見合う花嫁を、探す機会が与えられるはずなんだから!」


 憤然と言いきり、


「ま、結果としては、三度目のアンタがハクの花嫁になれたから、良かったんだけどね」

 と、付け加えた。


「で、その上、恩恵を受けるはずの当人たちからは、

『民に恵みをもたらすどころか、結託して搾取さくしゅしてるくせに、偉っそうにしててムカつく!』……って。思われてるのよね~、やんなるわぁ」


 セキコは書いていた和紙をグシャグシャと丸め、ぽいっと放り投げる。くずかごを手にした菊が、寸分狂わず受け止めた。


 咲耶は、ここへ来る途中に出会った男の子の父親を思いだす。……確かに、セキコの言う通りだろう。


「でも……そういう恩恵って、私のいた世界じゃ『天の恵み』ってことで、人の力の及ばぬところから受けるもの、って、考え方でしたけど。

 ここでは……セキ──あかねさん達に、何か特別な力とかって、あるんですよね? 犬貴が神力がどうのって、言ってたくらいだから」


「ん~……まぁ、あるといえばあるし、ないといえばないのよねぇ、()()()()()()


 筆を手にしたまま、セキコこと茜は、脇息に頬づえをつく。


「……ないんですか? 変な──じゃない、人語を話す猿を配下にしたり、綺麗な虎に変わったりする力は、あるのに?」


 咲耶が「綺麗な虎」と言った瞬間だけ、わずかに眉を上げた茜だが、おどけるように肩をすくめた。


「残念ながら遣えないのよね~、民が期待するような神力は。咲耶のいう通り、『変な猿』や犬やきじを配下にすることは可能だけど。

 ──だから、アンタたち花嫁が必要になるってワケ」


「えっ……」


 ぴたりと咲耶に筆の先を合わせ、茜が真顔になる。ふたたび、和紙を取り上げ、すずりに筆をつける。


「アタシ達にはそれぞれ、司る役割がある。

『赤い神の獣』は、懐胎と生を。

『黒い神の獣』は、破壊と死を。

『白い神の獣』は、治癒と再生を。

 民が望めば、それぞれが与えることになっているわ。


 だけど」


 茜は、口にした言葉を短く記していく。咲耶は耳で聞きながら、目で確認した。


「役割は、アタシ達が行えるものじゃない。行うのは、『神の獣の伴侶』……つまり、花嫁が代行することになっているの。

 正確には、花嫁(・・)の意思でしか(・・・・・・)扱ってはいけない力──咲耶が言ってた意味の神力は、これに相当すると思うわ。だからアタシ達には(・・・・・・・)遣えないって、言ったのよ」


「えーと……」


 頭のなかで、いままで得た情報を整理しながら、ふと疑問に思ったことを言おうとした瞬間。室内に、第三者の可愛いらしい声が、響く。


「あんた、もうハクとヤッたの?」


 ……不つり合いな、内容と共に。


「あらヤダ。美穂ってば、第一声からお下品ねぇ。しかも、もう昼前よ? いつまで寝てるつもりだったの?」

「うっさいなー。そもそも、お前が寝かせてくれなかったんじゃんか!」

「なによぉ、そっちがムダに可愛いのがいけないんじゃない。そんなとこに突っ立ってないで、こっち来なさいよ、こっち!」


 パンパンと、自分の側の畳を叩いて言う茜の視線の先にいるのは、栗色の髪を少年のように短くした十七八歳の少女だった。赤生地の甚平じんべえを着ている。


 声の可愛いらしさから、容姿もさぞかし……と、思ったが、咲耶の目に映ったのは、ごく普通の顔立ちだ。


「あ、美穂さん……だよね? 私は、咲耶。よろしくね」

「…………言っとくけど、あたしあんたより年上だかんね? 敬語くらい使いなさいよ?」


 つかつかと咲耶の側までやって来て、座る。美穂の言葉に、咲耶はあたふたしてしまう。


「え? えっ? そうなの……ですか? すみません!」

「──な~んてね、冗談だよ、冗談。あ、実年齢があんたより上っつーのは、ホント。敬語は、むしろナシの方向で」


 咲耶の反応を楽しむためだったようで、美穂は笑いながら咲耶の肩をパシッと叩いてきた。


「ゴメンねぇ。アタシの仔猫ちゃん、性格悪くってぇ」


 と、茜が悪びれもせずに、言い添える。……どっちもどっちのようだ。


「あたしは、こっちに来てから二十年以上 経つんだけど、こいつと契ってからは歳とってないから。あ、外見が、ってコトだけどね」

「花嫁は、契りの儀を終えると神籍しんせきに入るから、肉体の成長が止まるのよ。だから咲耶も殺されない限り(・・・・・・・)永遠の二十八歳ってワケ」


 美穂の言葉を補足するように、茜がいたずらっぽく片目をつむる。


(永遠の二十八歳……コレ、喜ぶところなのかな?)


 何やら複雑な心境にならなくもない。と同時に、咲耶は、茜の『殺されない限り』などという物騒な言いぐさを気にかけた。


「それって、老化はしないけど、ケガしたり病気になったりは、するってことですよね?」


 果たして、茜は大きくうなずいた。


「そうよ。ただし、厳密にいえば傷の治りは早いし、病にもかかりにくいの。自然治癒力も免疫力も、高くなるってことね。

 つまり、アンタたち花嫁を確実に仕留めるには、心の臓をひと突きにするか、首をり落とすかしか、ないってこと」


「……そう、です、か」


 なんだか嫌な話を聞いてしまったと、咲耶は思った。

 裏を返せば、なかなか死ねない身体(・・・・・・・・・・)は、拷問ごうもんなどの苦痛にも堪え生き長らえてしまう(・・・・・・・・・)のではないだろうか?


「──で? ハクとは、ゆうべ寝たの?」


 ふたたびの美穂のあけすけない問いかけに、咲耶は頭を抱えそうになった。


(それ、いま話さなきゃならない?)


「そりゃあモチロン、一緒に寝たでしょうよぉ。……まぁ、寝ただけ(・・・・)なんだろうけど」

「なにソレ。ハクって変わってはいるけど、別にアッチは普通じゃなかったの? お前とは逆に、ソッチの趣味だったわけか?」

「イヤぁねぇ。性的指向を言ってんじゃないわよ。単純に、あの子が性成熟してないんじゃないかって、思っただけ。

 だってハク、まだ生まれてから、二年と四ヶ月しか経ってないワケだし」

「────え?」


 咲耶は、言葉を失いそうになった。それは……今日聞いた、どんな話のなかでも、一番に驚かされる事実だった……。







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